上 下
4 / 78

3

しおりを挟む
俺は知らなかったのだが、兄と弟は王宮に喚ばれているらしい。
とはいえ一年半後の話なのだが、それまでに兄や弟に何かしらの危害が加えられては大変だからと、王宮の騎士団の方が護衛という形で本宅の方に来ているらしい。
ならば殆ど兄達の傍に居るのだろうなと思ったのだが、何故かディクセル様は俺の納屋の片付けを頻繁に手伝ってくれた。

「実は私の場合は護衛任務と言う名の休暇なんだよ。帰省ついでにってね。」

一度俺が失礼を承知でお仕事はどうしたのかと聞けば、口の端だけを上げてニヒルに笑ってそう言った。
なんでも、すごく活躍出来たことがあってそのご褒美らしい。
だとしたら、ますます片付けなんて手伝ってる場合じゃないんじゃないだろうか。
ゆっくり身体を休めるべきでは?

「休ませてるよ?」
「働いてるのに?」
「うん。ミリと一緒に居るだけで、私は癒されるんだよ。」

そう言われたけど、未だに言われた言葉の意味は良く分からなかった。
誰かと一緒に居ることで癒されるのならば、愛らしい弟や美しい兄と共に過ごした方が百倍良いと思うから。
でもそう言えば、ディクセル様は静かに首を横に振った。

「オルフェは癒しとは程遠いし、カミラはその………うるさい………」

オルフェは兄、カミラは弟の名前だ。
確かに兄はプライドが高く癒しという訳ではなかったし、カミラは可愛らしい見た目をしているのだが………うるさい。
癇癪持ちで、気に食わないことがあるとキンキンとした声で喚き散らして暴力を奮う。
俺はもう慣れっこだったけれど、ディクセル様慣れてない人には辛いだろう。

「その点、ミリと一緒の時間はいつだって癒されるんだ。」

先程のいたずらっ子のような笑みとは打って変わって、ふわりとした笑顔を浮かべた。
ディクセル様は、いつもそんな顔をして俺を見る。
そんな目で見られる理由なんて、何もないのに。

「運ぶよ。」
「あ、でも………」
「良いから。私も役に立たせて。」

洗い終わったガラス容器が沢山入った籠を、ディクセル様は軽々と持ち上げる。
俺だったら顔を真っ赤にして必死に運んでいるというのに。
凄いなぁと思う。
俺も、鍛えてみようかな。

「何してるの?」
「あっ、えっと、俺も鍛えた方が良いのかなって………思って………」

力こぶを作りたくて腕を曲げて力を入れていた瞬間、外の干場に運び終わったディクセル様が戻って来たものだから恥ずかしくて仕方なかった。
調子に乗ってしまったと悔しさと羞恥で俯く俺の頬を、ディクセル様は優しく撫でてくれた。

「しなくて良いよ。私が、護るから。」

いつもそうだ。
彼は優しい。
俺みたいな奴にも優しいのだから、きっと皆に平等に優しいのだろう。
だって彼は騎士様なのだから。

勘違いしては、いけない。

この時にはもう、俺はそう自分自身に言い聞かせないといけない程にディクセル様を好きになっていた。
だって、仕方ないだろう?
こんな風に俺の近くに居て、俺に優しくしてくれた人は今まで誰も居なかった。
丁稚の人達は俺に優しいけど、雇い主である兄の機嫌を損ねられない。
だから精々出来るのは、俺にこっそりとご飯を押し付けることくらいだ。

それに、俺もディクセル様も男だ。
子を成せる訳じゃない。
ディクセル様は貴族ではないみたいだけど、お世継ぎは必須だろう。
まぁ、俺が女の子だったとしても、ディクセル様から選ばれないだろうけど。

俺は今まで、自分が寂しいと思ってなかった。
俺は今まで、自分が恥ずかしいと思ってなかった。
俺は今まで、自分の生き方が虚しいなんて思ってなかった。

でも今は、ディクセル様と会えなくなると思うと寂しい。
でも今は、こんなドブネズミみたいな生き方をしている自分が恥ずかしい。
でも今は、こんな生き方しか出来ない自分が虚しくて仕方なかった。

ディクセル様が居なくなった後、どうすれば良いんだろうか………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

婚約破棄が始まる前に、割と早急にざまぁが始まって終わる話(番外編あり)

雷尾
BL
魅了ダメ。ゼッタイ。という小話。 悪役令息もちゃんと悪役らしいところは悪役しています多分。 ※番外編追加。前作の悪役があんまりにも気の毒だという人向け

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

処理中です...