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「ミリ!」
「ぴぇっ!」
そんな日々を送っていたある日、洗い終わった道具を干していると久しぶりに誰かから名前を呼ばれた。
俺の名前を呼ぶ人なんて、そう居ない。
兄や弟、亡き父ですら呼んでくれなかった。
………一体誰だ?
恐る恐る振り向くと、そこに居たのは太陽の光を反射してキラキラしたプラチナブロンドの髪と、まるで御伽噺で見たエメラルドの宝石みたいな瞳をした人が居た。
高い鼻に、力強い眉毛。逞しい身体付きをした男性。
重厚な白銀のプレートを身に纏って帯刀しているから騎士様なんだとは思うけど、俺に騎士様の知り合いなんて居ない。
キラキラした目で俺を見るけど、誰だろうか………初めて見る………でも名前を知ってるということは、知り合い?
「ああ、ミリ!おじさんの葬儀以降見ないから心配したんだよ!」
葬儀の時に居たらしい、俺の知らない人はそう言いながら一気に距離を詰めて来た。
素早い身のこなしに、恐怖が込み上げて来る。
後ろは扉。
逃げ場は無い。
伸びてきた腕は、まるで丸太のように太くて立派だ。
殴りつけるだけで、俺のような痩せっぽちの男は吹っ飛んでしまうだろう。
なんなら、触れられただけで骨が折れてしまうだろう。
「ひっ!」
「こんなにも痩せてしまって………一体どこに行っていったんだい?」
しかし騎士様は、そんな俺の恐怖を裏切るような優しい力加減で俺を抱き締めた。
その優しさが、逆に恐ろしい。
思わず身体に力を入れて固まる俺を、騎士様はこれまた優しい手付きで頭を撫でてきた。
味わったことのないその感触は、嬉しさよりも恐怖ばかりを与えてくる。
どう反応するのが正解なんだ?
反応を間違えば怒られてしまう。
それが普通だ。
どうしたら良いのか………それが分からず、俺はギュッと唇を噛んだ。
「………ミリ?」
「あの、えっと………」
しかし、やはり無言の時間が続くというのは不審がらせてしまう。
俺を抱き締め撫でていた騎士様は、口を開かない俺に対して訝しげな表情を見せる。
嗚呼、もうダメだ。
俺はそう直感した。
怒られてしまう。
殴られてしまう。
それならばいっそ、知りたかったことを聞いても構わないのではないのか?
「………申し訳ございません、俺、貴方様のことを存じ上げなくて………」
殴られるのを覚悟で、俺はそう聞いた。
下手したら死んでしまうだろうけど、仕方ない。
グッと身体を固くして衝撃に備える俺を見て、騎士様は怒る所かその整った顔をみるみる悲しみに染めてしまっていた。
「………私の事、覚えてないのか?」
「ご、ごめんなさい………」
本当に失望したような声で言われたけど、知らないから謝ることしか出来ない。
名前聞いたら分かるかな?
でも、こんな綺麗な人、父や兄弟以外に見た事ない………。
「いや、それならこっちこそすまない………知らない男に抱き締められて、怖かっただろう?」
「あの、その………」
騎士様はそう言ってそっと身体を離してくれたけど、頭を撫でる掌は置かれたままだ。
どうやら殴られる訳ではないようだが、それでも怒ってるのかもしれない。
口から出そうになるのは言い訳以下の言葉ばかりで、それを我慢しようとした結果、何の意味も成さない言葉しか漏れ出て来なかった。
「良いんだよ。その代わり………と言ってはなんだが、自己紹介させて欲しい。」
「は、はい。」
頭に置かれたままだった掌が、今度は俺の掌をそっと握ってきた。
手を握ってもらったことなんて、覚えている範囲では一度だってない。
どうしたら良いのか分からなくて困惑する俺に、騎士様は優しい眼差しで俺を見詰めた。
「俺の名前は、ディクセル。君のお兄さんの学友だ。」
騎士様はそう言って、俺の手の甲にキスをした。
言葉にすればまるで御伽噺のワンシーンようなこの日が、俺がディクセルを認識した日。
全ての間違いが、始まった日だった。
「ぴぇっ!」
そんな日々を送っていたある日、洗い終わった道具を干していると久しぶりに誰かから名前を呼ばれた。
俺の名前を呼ぶ人なんて、そう居ない。
兄や弟、亡き父ですら呼んでくれなかった。
………一体誰だ?
恐る恐る振り向くと、そこに居たのは太陽の光を反射してキラキラしたプラチナブロンドの髪と、まるで御伽噺で見たエメラルドの宝石みたいな瞳をした人が居た。
高い鼻に、力強い眉毛。逞しい身体付きをした男性。
重厚な白銀のプレートを身に纏って帯刀しているから騎士様なんだとは思うけど、俺に騎士様の知り合いなんて居ない。
キラキラした目で俺を見るけど、誰だろうか………初めて見る………でも名前を知ってるということは、知り合い?
「ああ、ミリ!おじさんの葬儀以降見ないから心配したんだよ!」
葬儀の時に居たらしい、俺の知らない人はそう言いながら一気に距離を詰めて来た。
素早い身のこなしに、恐怖が込み上げて来る。
後ろは扉。
逃げ場は無い。
伸びてきた腕は、まるで丸太のように太くて立派だ。
殴りつけるだけで、俺のような痩せっぽちの男は吹っ飛んでしまうだろう。
なんなら、触れられただけで骨が折れてしまうだろう。
「ひっ!」
「こんなにも痩せてしまって………一体どこに行っていったんだい?」
しかし騎士様は、そんな俺の恐怖を裏切るような優しい力加減で俺を抱き締めた。
その優しさが、逆に恐ろしい。
思わず身体に力を入れて固まる俺を、騎士様はこれまた優しい手付きで頭を撫でてきた。
味わったことのないその感触は、嬉しさよりも恐怖ばかりを与えてくる。
どう反応するのが正解なんだ?
反応を間違えば怒られてしまう。
それが普通だ。
どうしたら良いのか………それが分からず、俺はギュッと唇を噛んだ。
「………ミリ?」
「あの、えっと………」
しかし、やはり無言の時間が続くというのは不審がらせてしまう。
俺を抱き締め撫でていた騎士様は、口を開かない俺に対して訝しげな表情を見せる。
嗚呼、もうダメだ。
俺はそう直感した。
怒られてしまう。
殴られてしまう。
それならばいっそ、知りたかったことを聞いても構わないのではないのか?
「………申し訳ございません、俺、貴方様のことを存じ上げなくて………」
殴られるのを覚悟で、俺はそう聞いた。
下手したら死んでしまうだろうけど、仕方ない。
グッと身体を固くして衝撃に備える俺を見て、騎士様は怒る所かその整った顔をみるみる悲しみに染めてしまっていた。
「………私の事、覚えてないのか?」
「ご、ごめんなさい………」
本当に失望したような声で言われたけど、知らないから謝ることしか出来ない。
名前聞いたら分かるかな?
でも、こんな綺麗な人、父や兄弟以外に見た事ない………。
「いや、それならこっちこそすまない………知らない男に抱き締められて、怖かっただろう?」
「あの、その………」
騎士様はそう言ってそっと身体を離してくれたけど、頭を撫でる掌は置かれたままだ。
どうやら殴られる訳ではないようだが、それでも怒ってるのかもしれない。
口から出そうになるのは言い訳以下の言葉ばかりで、それを我慢しようとした結果、何の意味も成さない言葉しか漏れ出て来なかった。
「良いんだよ。その代わり………と言ってはなんだが、自己紹介させて欲しい。」
「は、はい。」
頭に置かれたままだった掌が、今度は俺の掌をそっと握ってきた。
手を握ってもらったことなんて、覚えている範囲では一度だってない。
どうしたら良いのか分からなくて困惑する俺に、騎士様は優しい眼差しで俺を見詰めた。
「俺の名前は、ディクセル。君のお兄さんの学友だ。」
騎士様はそう言って、俺の手の甲にキスをした。
言葉にすればまるで御伽噺のワンシーンようなこの日が、俺がディクセルを認識した日。
全ての間違いが、始まった日だった。
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