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5(令息視点)

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あれからほんの少し、俺自身も変わろうと思った。
今更な話だとは分かっている。
けれども少なくとも傍に居ても不快じゃない程度の存在にはなりたい。
夫婦になるのだから、彼女がどれ程嫌がっても俺は彼女に触れなければならない。
その時にせめて、仕方ないと思ってもらえるように。

だから俺は本当に今更だが、後数か月で卒業ではあるけどもキルミアとは別れることにした。
終わりにしたいと口にした俺に、キルミアは罵倒する訳でも怒る訳でもなく今更かと呆れた顔を浮かべてみせた。
そう思われて当然ではあるが、キルミアが呆れた理由はそれだけではなかったらしい。

『ここ最近アレだけミリアがミリアがって言っておきながら、今更好きだなんて気付いたの?呆れちゃうわ、ホント。』

―――す、き?
すきって好きってことか?
誰が?誰を?

『やだ。そこにすら気付いてなかったの?馬鹿なんじゃない?』

更に呆れを募らせたキルミアが懇々と何かを言っているが、俺は衝撃的過ぎて右から左だった。
多分、文脈的に【俺】が【彼女】を好きだと言っているのだろう。
というか俺はそんなに彼女の話題を出していたのか?
それすら気付いてなかった。

でもどうすれば良い?
彼女はもう俺なんて多分顔も見たくない程に嫌っているだろう。
それにここから挽回しようにも俺は彼女の好むものを何も知らない。
聞いたとしても、きっと教えてなんてくれないだろう。
会話すらやんわりと拒否されているのだから。
きっとあの男の方が彼女のことを良く分かっていると思う。
その事実が悔しくても、どうしようもない。

「………色がいっぱい。」
「そうだよ。染料に使う材料によって、同じような色でもこんなにもたくさん種類があるんだ。好きな色ある?」

結局俺ができることなんて、迎えに行く時に靴音を立てないようにそっと二人の会話が聞こえるギリギリの位置に座り込み、楽しそうな二人の会話を盗み聞きする位だ。
でも所詮は盗み聞き。
彼女の表情も動きも見えないから、音でしか情報が入ってこない。

「んー………この色とか好きです。夕日の色に一番近いですよね。」
「そうだね。こっちは朝焼けに近い。黄みが強いのか赤みが強いのかでこうも違いがでるのもすごいよね。」
「これ全部覚えるのですか?」

俺に対してよりもずっとずっと砕けた口調で、彼女はあの男と会話をする。
そこにあるのは友情だけなのだろうとは、思う。
恋だの愛だのというには、あまりにもキレイすぎるから。
だってそうだろう?
好きな人と二人きりで、それが想い合ってる同士ならばもっと甘やかにある筈だ。
でも二人にはそんな雰囲気どこにもない。

「うん。師匠はどうせ新しい色がそのうち増えるんだから覚えなくても良いって言ってたけど師匠は覚えてるし、何より覚えてた方が鮮明にイメージできるしね。」
「確かに。具体的ではなく抽象的なイメージを依頼された際は、知識も重要ですものね。」
「邪魔になる時もあるけどね。」

何の話をしているのか、すごく気になる。
彼女がひどく弾んだ声を出しているのも気になる。
俺は一度だって、そんな声聞いたことないのに。
彼女は笑っているのだろうか。
俺は一度たりとも笑いかけてもらったことはないけれど、あの男はそれを間近で見ているのだろうか。

「ですがきっと、フィルナンド様なら素敵なドレスに仕上げてしまうのでしょうね。」
「期待しすぎだよ、ミリア嬢。でも、そうありたいね。」

柔らかい声色。
俺だって期待されたい、頼られたい。
でも彼女は多分、俺に期待することはないし、俺を頼ることなんて絶対にないだろう。
それでも良いと諦めることができたらどんなに楽か。

「早く見てみたい。」
「うん、僕も早く見て欲しい。」

ゆっくりと、音を立てないように蹲る。
楽しそうな会話の中を今すぐにでも割って入って、彼女の腕を引いて連れ出したい。
二度と会わないでくれと懇願したい。
けれどそんなことをしたら、もうその瞬間に俺は彼女からの信用を永遠に失うだろう。
下手をしたら愛想を尽かされて婚約解消も視野に入れられてしまうかもしれない。
だから俺は立てた膝に、顔を埋めてそっと耐える。
彼女も俺とキルミアが一緒に居る時にこんな感情を抱いていたのだろうか。
………否、もしかしたらそんな価値すら無かったのかもしれない。

「お菓子みたいなドレス作りたいな。」
「お菓子、ですか?」
「そう。チョコレートとかマカロンとか、そんなイメージ。」

さらさらと、鉛筆の滑る音が聞こえる。
きっと、あの男がいつも持っているスケッチブックに何かを描いているのだろう。
かたん、と椅子の動く音が聞こえる。
きっと、彼女がそれをよく見ようと動いたのだろう。

「こんな感じ。」
「すごい、本当にお菓子みたい。ふわふわで、可愛い。」
「ふふっ。気に入った?」

とろりと、あの男の声に熱が籠る。
その瞬間、あの男が彼女に対してどういう感情を抱いているのか分かってしまって。
彼女の声は変わってないから、尚更浮き彫りになる熱。
近付かないで欲しい。
彼女は、俺の婚約者だ。

そう声を大にして言いたいのに、今までの行いがそんなことは許されないと嘲笑ってくる。
俺は彼女の婚約者だ。
でも、俺にはそれしかない。
無くなってしまう確率の方が高いその位置に、俺は縋り付き続ける。

「ええ。とっても、素敵です。」

それはきっと、紙の上のドレスに向けた言葉なんだろう。
けれどもその言葉は、俺が一番欲しかった言葉だった。
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