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ようこそ、ここは―――

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それから早いもので、五年の月日が流れた。

俺はあの後、今や危険過ぎて誰も通っていないルートを使って二つ先にある街に行き、ある商家の事務をしていた。
この商家は変わり者で、従業員に対しては完全に実力主義を貫いていた。
貴族、商家、平民、孤児賤民関係無く、才能のある奴だけを伸ばし才能の無い奴は捨て置かれる。
俺も捨て置かれる側かもしれないと思ったが、紹介状もなく身元保証も無い俺が受けれる場所なんてそこしかなかった。
そうして必死にしがみついた結果、俺は事務員として雇ってもらえるという幸運にありつけた。
時々店先に立たされて接客対応させられるのはちょっと苦痛だが、それでも俺なりに一生懸命対応してきた。

「シューヤ。」
「はい、今行きます!」

前の街で【シュー】と名乗っていたが、逆にここでは【シューヤ】と名乗ることにしていた。
万が一、聖女の黒歴史として【シュー】を排除しよういう動きが活発化してしまった時に、ちょっとでも誤魔化せたり時間稼ぎ出来るようにという部分も………あるが、単純に【柊弥】という本名にだけは、やっぱり未練もあった。

「いや、急ぎの話じゃねぇのよ。あのさ、今日の新人歓迎会、来るか?」
「今日の、ですか?一応伺う予定ですが………」

【シュー】は街の人達との交流を避け続けたが、【シューヤ】は可能な限り交流をしていくことにして違いを付けてみた。
あと単純に、俺だって仕事帰りにアルコールを嗜みたい。
万が一アンナが口に入れたらと思うと、家に持ち帰ることも出来なかったし………。

「シューヤ呑むの?じゃあ俺も行く。」
「うわっ!」

そう思っているとガシッと肩に予期せぬ重りが加わる。
思わず傾いた俺の身体だったが、完全にもんどりうってしまう前に、肩に乗った重みと同じようにガッシリとした腕が優しく腰を支えてくれた。
うーん、そうするなら最初からしないで欲しかった。
ちろりと恨めしそうな視線のまま視線だけ上げれば、そのには予想通りな顔がちょっとだけ申し訳なさそうな表情を見せていた。

「アレックス………」
「ごめんね、シューヤ。許して。」

呆れたように名前を呼べば、愛しそうに俺の額にキスをするソイツ、アレックスは、この商会の次男坊だ。
腕も足も鍛え抜かれて丸太のように太く、頼りがいがある。
それでいて蜂蜜がけのヘーゼルナッツみたいな甘い色合いをしたタレ目がちの瞳と、薄く形のいい唇にスっと通った鼻筋。
マッシュルームヘアとかいう選ばれしイケメンにしか許されない髪型を平然として、しかも似合っているとかいう罪深いイケメンさ。
甘えたで、でも次男坊でよくあるイメージのちゃらんぽらんな感じじゃなくて、仕事には真摯に向き合う姿は正直に格好良い。
事務をさせても、店頭に立たせても営業させても天下一品級。
そんなアレックスが何で俺に対してこんなクッッソ甘いことしてるかといえば、なんとなんと、俺の【婚約者】だからだ。

とはいえど、そこにアレックスの意思はないようにも思う。

俺は自分で言うのはなんだが真面目だけが取り柄で、毎日必死にコツコツとやって気が付けばこの商家の女将が俺を気に入ってくれるようになった。
よくある話だ。
だから俺は気に入ってくれてるのは分かってはいたが、当然俺は調子に乗ることもなく寧ろ一歩引いてそれを受け入れた。
そうしたらますます女将は俺のことを気に入ってくれて、あれやこれやとアレックスとの婚約まで至った。

………うん、思い返せばする程、アレックスの意思なんて微塵もないな。

これはきっと、アンナが主人公の物語が終わって新しい恋愛物語が始まったんじゃないかと俺はある日気付いたんだ。
家から望まない婚約を強いられたヒーローを慰める、めちゃくちゃ可愛いヒロインが現れてその子と結婚する。
その子も真面目な子で、女将さんはなんやかんや言いながらも俺よりも仕事できるし可愛いそのヒロインちゃんを認めていくんだ。
そう思うと納得できたし、今後の行動目標が出来た。

「許すけど、びっくりするから手加減して欲しい。てかアレックスは俺が行かなくても新人歓迎会行かなくちゃダメだよ。」

正直アレックスの腕の中は好きだ。
なんだかんだで初カレってやつだし、表向きとしてこうも愛情を注がれると嬉しいと感じてしまう。
でもアレックスは最初から俺のモノではない。
だから最初から適度に距離を取るべきなんだと、最近はアレックスから接触されない限りはアレックスの方に行かないようにしていた。

「なんで?」
「なんでって………」

アレックスには当然言えてないが、今回歓迎会の対象にある新人の中に【ヒロイン候補の一人】が居る。
ちょっと爪が盛りすぎなんであまり女将さんから好かれてないが、ちょっと釣り目がちの大きな猫目が可愛いし、仕事に対しても真面目だ。
ちょっと間延びした喋り方が気にならないこともないが、恋愛モノのヒロインってそういうものなんじゃないかって偏見が俺にはある。

「アレックスもここで働いてる一員なんだから、新しい仲間は歓迎しないと。俺もそういうつもり出席する訳だしさ。」
「じゃあ呑まない?」
「そりゃあ、呑むさ。」

俺がそう言うと、アレックスは俺を抱き締めたまま唇を尖らせる。
そういう表情もキュートに見えるんだから、イケメンってホント得だよな。
俺はそう思いながら、やんわりとアレックスの巨体を押し退けた。

というかこの世界の人達、総じてデカい。
俺は173cmとそう小さくないのだが、この世界では男性の平均身長は185cmからだ。
つまり、以前俺が会ったあのフルプレートの騎士は190以上あったように見えたが身長よりちょい上位なんだろうし、俺を子供のように抱き締めているアレックスは188cmらしいので平均身長位という訳だ。
デカい。
いっそ泣きたくなるほどにデカい。

「呑むなら尚更、傍に居る。」
「えー。」

俺はアルコールに弱い訳ではないが、俺が元居た世界よりもこの世界のアルコールそのものが強い。
だから強い訳でもない俺は一杯吞んだだけでぐらぐらしてしまうので、それこそ慣れない最初の内はよく先輩にしなだれかかっていたものだ。
アレ、先輩も相当迷惑だったろうな。
そういえば気が付けば前後不覚一歩手前な俺の世話はアレックスになってたけど、一体いつからだったんだろうか。

「なにそれ。嫌なの?」
「………だって途中で酒取り上げるじゃん。俺は放っておいて、新人達と交流してきてよ。」

思わず出た不満の声を、アレックスが不審に思いきる前にそれっぽいことを言って誤魔化す。
頼むから新人と………俺の目の付けていた新人と一緒に仲良くして欲しいんだよ。
俺がこの腕から抜け出せなくなる前に。
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