上 下
1 / 36
ようこそ、ここは―――

1

しおりを挟む
―――俺はよくある異世界転移者だ。

とはいえ別にトラックに轢かれたとかじゃないし、すっごいチートを持ってる訳じゃない。
誰かの転移に巻き込まれた訳じゃないし、異世界転移した先にあったのは煌びやかな王宮でもなかった。
じゃあ真っ暗な森の中で、魔獣に襲われそうになったのかと言われるとそうでもない。

普通に出勤中に歩いてたら街外れの、でも人通りのそこそこ多い森の中に転移させられた訳だ。
誰からも事情を説明されておらず、軽くパニックを起こす俺を拾ったのは優しい老夫婦………でもなく、目が不自由で街の人達から忌避されている少女だった。
何もかも普通じゃない環境に放り出された俺は、それでも少女………アンナと寄り添い懸命に生きることを決めた。
それしか選択肢はなかったとも言える。

初めのうちは厄介者である少女が得体の知れない人間を連れて来たと警戒していた街の人達も、俺が毎日毎日必死に仕事を請うては低賃金でもこなすことでその警戒をなんとか和らげることが出来た。

警戒すること、忌避すること、憎むこと、怒ること。

それらは想像以上にエネルギーを使い、やがて疲れ果ててしまう。
街の人達も警戒を無くした訳では無いけれど、俺達を常に見張ることはしなくなっていった。
仕事と言っても、俺は基本的に雇い主の店には行かないという姿勢を貫いてるのも警戒を弛める理由にはなってると思う。
俺自身が窃盗等の濡れ衣を着せられないようにする為のものだが、俺みたいなのが何時間も傍に居ない、でも仕事は仕上がってるというのは住民たちにとっても楽なことなんだろう。
雑務ばかりだから、店内の効率も上がるのかもしれない。
俺としては濡れ衣を着せられる可能性も減らせるし、アンナの傍に居れる。
一石二鳥だった。

アンナは盲目だが、きっと誰よりも自立した人だ。
俺の手なんて借りなくても、生きていける。
寧ろ俺という世間知らずこそ、アンナの足でまといになっていた。
けれどもアンナは其れで良いのだと笑う。
傍に居て、話し相手になってくれるだけで良いのだと。
その言葉は俺が常に願っていた言葉で、アンナはただ寂しかっただけだからそう言ったのかもしれないが、俺にとっては救いの言葉のように聞こえていた。

「シュー、ご飯にしましょう。」

仕事を淡々と処理する俺に、アンナがそう声を掛ける。
俺の名前は柊弥しゅうやだが、この世界の人達的には発音しにくいらしく俺は【シュー】と名乗ることにした。

別の世界、別の名前。

なんだか元の世界を捨てたような気分になったが、不思議と悲しみや寂しさは出てこなかった。
俺はどこにでも居る普通の陰キャで、どこにでも居る普通の非モテで、どこにでも居る子供に関心のない両親の下で育った男だったからかもしれない。
元の世界に、そこまでの未練は思い付かなかった。

特別なことなんて何一つ無い。
もしあるとすれば、性自認がゲイであることか。
でも言い方は悪いけどゲイなんてどこにでも居る。
オープンにしてるか隠してるかの違いなだけで。
そう考えると、隠れゲイの俺なんてそんなに珍しいものじゃないだろうから、やっぱり俺なんかに特別なことなんて何一つ無いのだろう。

この世界は、同性愛は至って普通な話らしい。
まぁ、異性愛が主流ではあるが、同性愛者もざらにいる。
そういった意味ではこの世界もよくある異世界ではないのかもしれないけれど、それでもだからって何か生きやすくなった訳でもない。

「ありがとう。今行くよ。」

元の世界でもこの世界でも、自分からは動かない精神的ナマケモノ特有の息苦しさは変わらない。
それにアンナがもしも誰かと結ばれた時は、俺は用済みとなるだろう。
アンナは良い子だから、いつか盲目であることを気にしない王子様が迎えに来る筈。
その時が来たら、俺はこの街を離れようと思う。
もしかしたらあっさりと魔獣に食われてしまうかもしれないが、どうせ俺みたいなモブが死んだところで、誰の何にも影響を及ぼさないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

王弟転生

焼きたてメロンパン
BL
※主人公および他の男性キャラが、女性キャラに恋愛感情を抱いている描写があります。 性描写はありませんが男性同士がセックスについて語ってる描写があります。 復讐・ざまあの要素は薄めです。 クランドル王国の王太子の弟アズラオはあるとき前世の記憶を思い出す。 それによって今いる世界が乙女ゲームの世界であること、自分がヒロインに攻略される存在であること、今ヒロインが辿っているのが自分と兄を籠絡した兄弟丼エンドであることを知った。 大嫌いな兄と裏切者のヒロインに飼い殺されるくらいなら、破滅した方が遙かにマシだ! そんな結末を迎えるくらいなら、自分からこの国を出て行ってやる! こうしてアズラオは恋愛フラグ撲滅のために立ち上がるのだった。

【完結】スイートハニーと魔法使い

福の島
BL
兵士アグネスは幼い頃から空に思い憧れた。 それはアグネスの両親が魔法使いであった事が大きく関係している、両親と空高く飛び上がると空に浮かんでいた鳥も雲も太陽ですら届く様な気がしたのだ。 そんな両親が他界して早10年、アグネスの前に現れたのは甘いという言葉が似合う魔法使いだった。 とっても甘い訳あり魔法使い✖️あまり目立たない幸薄兵士 愛や恋を知らなかった2人が切なく脆い運命に立ち向かうお話。 約8000文字でサクッと…では無いかもしれませんが短めに読めます。

【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!

白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。 それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。 転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。 令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。 以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。 時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、 オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。 ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___  異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

太陽に恋する花は口から出すには大きすぎる

きよひ
BL
片想い拗らせDK×親友を救おうと必死のDK 高校三年生の蒼井(あおい)は花吐き病を患っている。 花吐き病とは、片想いを拗らせると発症するという奇病だ。 親友の日向(ひゅうが)は蒼井の片想いの相手が自分だと知って、恋人ごっこを提案した。 両思いになるのを諦めている蒼井と、なんとしても両思いになりたい日向の行末は……。

処理中です...