人参のグラッセを一個

かかし

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「ねぇねぇ、ちぃちゃん。」
「はい?」

ちょこまかと片付けの為に動く俺の後ろを、渡邊さんもちょこまかとついてくる。
とは言え手伝う訳でもないからぶっちゃげ邪魔だ。
どうせ何もしないんだったら、どーんと座っていて欲しい。
邪魔なのは変わらないけれど、鬱陶しさは減る。

「ちぃちゃんはまた日曜日になるとどっか行っちゃうの?」
「言い方。」

まるで渡邊さんを置いて行くみたいな言い方止めて欲しい。
正直渡邊さんの傍はとても居心地は良いけれど、俺はあくまでも他人だ。
しかも未成年。
親権者に庇護されなければならない年齢だ。
まあ、その親権者に精神的被害を加えられているが、それでも親は親。
俺はあの二人の傍に居なければならない。

「どっか行っちゃう、っ、じゃ、じゃなくて、家に帰るんです。」

あの家に俺の心の居場所はなくても、体の居場所はある。
だから帰らなければならない。
あの息苦しいだけの場所に。

「ちぃちゃんのお家はここでしょ?」

ついてまわるだけだった渡邊さんが、急に俺の前に回り込んだ。
掃除の邪魔だなと言おうと思ったけれど、じっと俺の目を見詰めてくる渡邊さんの瞳に吃りとは違う理由で言葉が詰まる。
いつものヘラヘラとした瞳とは違う。
薄茶色の瞳が、まるで俺を射抜くように見詰めていて―――

「俺だっ、だって帰りたくないです、よ。でも………」

嘘は許されないと、瞬時に判断して言葉を紡ぐ。
渡邊さんが居て、俺も居る場所。
そこがもしも俺の【家】になるのであれば、俺はきっとその瞬間殺されることすら厭わないだろう。
でも現実は違う。

「法律が、許してくれない。」

もしも俺が本当にこの家に居続けた場合、俺が成人になるまで渡邊さんは犯罪者になってしまう。
二十五歳の男が、十八歳を親の了承無しに匿うのも立派な未成年略取だ。
俺の言葉に渡邊さんはその形の良い眉を顰めて、悲しそうに俯いた。
きっと渡邊さんも、分かっているのだろう。
すっかりとしゅんとなってしまった歳上の、しかも俺よりも背の高い男の頭をゆっくりと撫でてやる。
子供扱いのようで流石に気分を損ねるかもと不安になったが、渡邊さんは甘えるように俺に抱きついてきた。

「ちぃちゃんの鼻ぺちゃ」
「おい。」

人のコンプレックスを貶すのは止めなさい。
そりゃあ俺は弟や渡邊さんみたいに鼻筋通ってませんけど、俺のお鼻だって立派にお仕事してるんですよ。

「ちぃちゃんがオーナーの子供だったら良かったのに」
「何て?」
「そしたら俺と親戚になるから、ちぃちゃんの傍に居ても誰も文句言わないのに。」

なんで急にオーナー?と思ったが、理由を聞いてなるほど納得。
そういえばオーナーの甥っ子だったなと納得。
年の離れた姉弟なせいで同じ歳の甥っ子なんて最悪だが、オーナーの鉄板ネタだった。
なんならずーっと同じ学校だったらしい。
オーナーが可哀想だなと思ったのは、ここだけの話。

「てか兄弟だったら良かったのにじゃないんですね。」
「何言ってるのちぃちゃん。」

きっと渡邊さんが兄だったら、俺はもう少し年相応の心でいられたのかもしれない。
少なくとも、心の傷はずっとずっと少なかったのかもしれない。
全部ifだけど、でも夢見てしまう。
けれど渡邊さんは俺のそんな夢を砕くような言葉を吐いたかと思うと、がぶりと、とても素敵な歯並びをしたその歯で俺のぺちゃんこな鼻を噛んだ。
え?
なに?

「ちぃちゃんが弟だったら、俺はちぃちゃんの傍に居られなくなっちゃう。」

親戚だったら傍に居れて、兄弟だったら居られない。
まるでナゾナゾのようなその言葉の意味を分からない程、俺は純粋ではなかった。

「俺とちぃちゃんが兄弟だったら、他でもないちぃちゃんが俺を傍に置いてくれないでしょ?」
「そう………ですね。」
「だから親戚が良いの。そうしたらちぃちゃんは、俺の傍に居てくれて、俺もちぃちゃんの傍に居れる。」

ギュッと俺を抱きしめる腕に力を込めて、渡邊さんはそう言った。
でも渡邊さんは面食いだから、俺と親戚だったらきっと弟の方を選ぶよ。
弟に会ったことないから言えるんだって言葉は言えなかった。
ただ言葉の代わりに、渡邊さんの頭を優しく撫で続けた。
今だけは、俺だけの渡邊さんで居て欲しかった。
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