花盗人に罪は無し

かかし

文字の大きさ
上 下
2 / 9

しおりを挟む
―――それから早いもので五年の歳月が経った。
シルファ………名を改めジルは美しい朝日に目を刺激されながら、のんびりと伸びをした。
今ジルが住んでいる場所は隣国の小さな田舎町だ。
そこにある小さなオモチャ屋の事務員として、ジルは働いていた。
金も戸籍も無い異邦人の自分を、まるで犬猫を拾うようなノリで拾ってくれた親方には感謝しかない。

「さて、今日も一日頑張るか。」

頑張るという言葉は変わらないのに、貴族時代よりもやる気があるように感じてしまうのは何故だろうか。
あの人に相応しい人間になれるように努力して努力して、それでも足りなくて、苦しくて………。

「(今は、息ができる。)」

頑張るという言葉が重荷だった。
愛が俺の呼吸を塞いだ。
嫉妬が俺の手足を腐らせた。
結局の所、俺は本当にあの人を愛していたのかすら定かではなくなる程に穏やかに暮らせている。
もっと未練で死にたくなるかと思っていたのに、なんて。
苦笑しながらさて仕事に向かおうかと家を出て、ジルは視界に入ったものに小さく息を飲んだ。

「また………」

ドアを開けてすぐに置いてある鉢植え。
邪魔にはならないように………けれども確かに存在感を出すように置かれたそれはけして俺が置いた物ではない。
ではそれなのに何故こんな所に置いてあるのかといえば、ここ数ヶ月、もう半年近くになるんだが、誰かが分からないがここに鉢植えや花束………とにかく花を置くようになったのだ。

最初は誰かが間違えて捨てたのかと思った。
置いてあった花は赤い薔薇が一本だけで、今みたいに花束でも鉢植えでもなかったから。
綺麗にラッピングされてるから流石に落とした訳ではなさそうだけど、振られちゃって捨てたか貰った人が捨てたのかとのんびり考えて職場に持って行って事情を話した上で奥さんにあげた。
めちゃくちゃ喜ばれたけど照れ隠しに背中を一発打たれた。
痛くなかったけどめちゃくちゃ良い音がしたので、俺達の中では奥さん実は女王様でスパンキングのプロなのでは説が出た。

でも次の日は花束だった。
花にそんなに詳しくないから何の花なのか分からなかったし覚えてすらないけれど、なんとなく、気持ちが悪かったのだけは覚えている。
それが一週間、二週間と毎日続けば流石に嫌がらせか何かなのでは思った。
もう五年経っているといえ、俺がどこから来たのか分からない異邦人であることは変わらない。
この街の人達は親切だけれど、もしかしたら俺が気付いてないだけでやっぱり不満に思ってる人達も居るんじゃないかと。

そして今日は、なかなかに大きな白い花の鉢植えが一つ。
良い匂いだけれど、置く場所もないし困る………。
俺はそっと溜息を吐いて、その花を見なかったことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

王弟転生

焼きたてメロンパン
BL
※主人公および他の男性キャラが、女性キャラに恋愛感情を抱いている描写があります。 性描写はありませんが男性同士がセックスについて語ってる描写があります。 復讐・ざまあの要素は薄めです。 クランドル王国の王太子の弟アズラオはあるとき前世の記憶を思い出す。 それによって今いる世界が乙女ゲームの世界であること、自分がヒロインに攻略される存在であること、今ヒロインが辿っているのが自分と兄を籠絡した兄弟丼エンドであることを知った。 大嫌いな兄と裏切者のヒロインに飼い殺されるくらいなら、破滅した方が遙かにマシだ! そんな結末を迎えるくらいなら、自分からこの国を出て行ってやる! こうしてアズラオは恋愛フラグ撲滅のために立ち上がるのだった。

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...