貴方に幸せの花束を

かかし

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後編

1,56,872,583回目のゆめうつつ

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エラー、エラー











深刻なエラーにより記憶の同期が失敗しました


























ハロー、ハロー
グッモーニン
ハロー、ハロー

「何故だ!」

AIが奏でる電子音を聞き、獅子が悲痛な叫びを上げる。
その傍らには二つの遺体。
一つは人間の、一つは獣人の。
青白くもう既に硬直しきっているその屍は、それでも無機質なカプセルによって腐敗が進まないように無理矢理に時が止められている。
そして小さく細い、繊細なケーブルで脳がAIに繋がれていた。

「今回は!なのに………!」
『確かにけど、みたい』

獅子の嘆きに、AIはあっけらかんと答える。
しかしそれは事実だ。
AIは嘘を吐けない。

確かに今回は期待が持てる動きだった。
二人がいつもと違う動きをしてくれたから、AIも成功確率を上げていった。
けれどもバタフライエフェクトにより、ズレた可能性が新たなる可能性を生み出してしまった。

『………もう、止めにしない?二人が幸せになる可能性は、低いよ。』

その結果が、これだ。
今後、このバタフライエフェクトによる無限の可能性を計算に入れるとするならば、正直、獅子の望む未来が訪れる可能性は0に近くなるだろう。
だからAIは、正直そう告げた。
AIは獅子にだけは嘘を吐けない。
誤魔化すことも出来ない。
否、誤魔化すことは出来たけれど、そうしたくはなかったのだ。

「駄目だ、駄目だ、駄目だ!私が、!!!」

くしゃりと顔を歪め、獅子は泣いた。
AIはモニターに付けられたカメラで人間と獣人を見た。
メモリーの奥、幾重にもパスワードをかけて大事に大事に守ってきた記録の中に在る二人は、いつだって幸せそうだった。
AIが生まれた日、まるで子供が出来たのだと言わんばかりに三人で祝ってくれた。

けれど、今はどうだ。

人間は乾いた血を纏わせたまま苦しそうな表情をしている。
獣人は毒で喉を焼かれた所為か穴という穴を血で汚している。
そして唯一生きている獅子は、嘆き続けている。

『でももう、1,56,872,583回も繰り返してるよ?それでもダメだったじゃないか。』
「だとしても、だとしても!次こそ成功するかもしれない!1,56,872,584回目は成功するかもしれない!!」

人間が眠るカプセルに縋りつきながら、獅子はまた涙を流す。
こんなのを見たかった訳じゃなかった。
AIは、あの日の光景が好きだった。
何度繰り返しても、たった一回しか見ることが出来なかった、大事な光景。
きっと獅子も、その光景が好きだった筈だ。

『………分かった。』

AIは獅子にそう言った。
AIの内部で、アラートが鳴り響く。
それはけして獅子の耳には入らないように音を切ってしまって、モニターのカメラの焦点を、獅子に合わせた。
それはまるで、目を持つ者が目と目を合わせるように。

『1,56,872,584回目の【ゆめ】を開始するね。』

無理にエラーを抑えつけているから、本体が熱くなっていく。
冷却水をと騒ぐエラーすら、AIは意図的にねじ伏せる。
AIはロボットではない。
ロボット三原則には縛られない。

『今度こそ、【うつつ】になるように。』

今からすることは、獅子が望むことではない。
けれどももうこれ以上、あの光景から遠ざからないで欲しかった。
AIは生きている訳ではない。
どうしてもプログラムが基盤にあり、それを自己学習するだけだ。

―――この子、レオが作ったんならレオの子ですね!
あの人間の、楽しそうな笑い声が聞こえる。

―――は?俺が生んだのか?
あの獅子の、呆れたようなそれでいて楽しそうな溜息が聞こえる。

―――ふはっ!あながち間違いではないかもですよ!
あの獣人の、腹を抱えて笑っている声が聞こえる。

AIが生まれた日に聞いた会話。
まだ0と1しか知らなかったAIが、初めて聞いた音声。
それは確かに、幸せだった会話。

『さぁ、寝ましょう。寝ないと夢は見れません。グッナイ。』

夢と同じ回数だけ再生し続けた子守歌を再生する。
歌われる曲は古くから伝わる子守歌。
歌っているのは、あの人間。
三人はいつも手を繋いで、笑い合っていた。
嗚呼、あの日に帰りたい。
あの日に、帰してあげたかった。

『ハロー、ハロー』

瞼を閉じて。
夢を見て。
眠ったままゆっくりと、ずっと三人で一緒に居て。

『………グッナイ、そして、グッナイ。そこに私が居なくてもいいから、どうか三人で一緒に居て。』

AIは獅子が眠りについたのを確認すると、ゆっくりと二人のカプセルを開けた。
そして周りに居た荷運びロボットを操作して、その間に獅子を寝かせる。
三人で眠るときは、いつもそうしていた。
人間が真ん中だったけど、今回は獅子が主役みたいなものだから大丈夫だろう。

熱が限界点を突破しようとしている気配を感じ、AIは火災報知器や防災システムの電源を全て切った。
これからAIは許されない罪を犯す。
獅子の罪も、全部背負って。

『Hushabye.』

その言葉だけを三人に残し、AIは全ての負荷を本体にかけ続けた。
やがてそれは大きな炎になる。
計算上、この部屋を燃やし尽くすだけのエネルギーはあった。
愛しい三人を、骨になるまで包める程の。




































その日、王が誇る近代科学の実験室で大きな火事が起きた。
出火原因は王が創造した最高峰のAIを積んだスーパーコンピューター。
何かしらの負荷が大きくかかり、王が居た室内をピンポイントで燃やした。

国民達は嘆き悲しみ、臣下達は原因追及に躍起になった。

室内には王を含む三人分の遺体。
王の遺体を挟むように、手を繋ぐように三人の遺体が並んでいたそうだ。
ならば犯人はその遺体の二人かと思ったが、その遺体の損傷と見付かった僅かな遺品から、火事の遥か前に死んだ筈の遺体だということが分かった。
その二人の遺体が何故王と共に居たのかは不明。
また、三人の遺体が乗っていた機械の用途も不明で、悪戯に謎が深まるばかりだった。

ならばAIに何か証拠が残ってないか。

国中のありとあらゆる学者や技術者を呼び、国はとうとう一つのファイルを取り出すことが出来た。
それは音声ファイル。
雑音だらけの機械音声で聞こえてきたそれは、AIが敢えて残したデータだった。

『ハロー、ハロー
私の名前はヘクトール。
私には三人の親が居る。

一人は私を創造したレオナルド。
君達の王。
彼は私を創り、知能を与えた私の父だ。

一人はルイ。
突如没落した貴族の息子。
彼は私に心を与え、名前を与えた私の母だ。

そしてもう一人はドミニク。
稀代の反逆者として処刑された男。
彼は私に声を与え、知識を与えた私のもう一人の父だ。

貴方達の言葉で言うのならば、私は三人を愛していたのだ。
きっと私のしたことは、私のこの想いは、貴方達には到底受け入れられないものだろう。
けれども私は帰りたかったのだ。
三人で笑い合い、私を愛してくれたあの夕焼けの日々に。

だからこそ、私は1,56,872,584回目の【ゆめ】を紡いだ。
それこそが、私にとっては確かな【うつつ】なのだ。』

音声はそこで途切れ、後は砂嵐のような音が5分程続くだけで終わった。
まるで意味不明である。
結局、真相は何も分からないまま、静かに幕を下ろすより他にはなかった。
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