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1章

母、気づく

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「ただいま~母さん! いま帰ったよっ!!」
「…………」
「……母さん?」


 俺が森での訓練を終えて、帰宅すると、明らかに母さんの様子がおかしい。

 いつもなら俺が帰ると『あら、ヴァン! 帰ったのね!! もう夕飯できてるわよ?』というように迎えてくれるはずなのに、今日はなぜか俺の前で黙ってうつむいている。
 これは……いや、まさか……。


「ヴァン、お母さんに何か言う事はない?」
「……わからないよ、何の事を言ってるの、母さん?」
「そう、分かったわ。
 なら質問を変えましょう。
 ヴァン、あなた、ここ最近一体どこに行ってるの?」


 なッ!? やっぱり俺が森に入ってることに気づいてるのか!?

 いや、だがどうしてばれたんだ?
 侵入の際には細心の注意を払い、魔術まで使った。
 母さんには申し訳ないけど少しだが魔術による暗示も掛けた。
 弟子三人には俺のことは口外しないよう言ってあったはずだ。

 ……だめだ。
 原因が分からない。
 恐らく俺のかけた暗示が時間とともに効果が薄まっていたのが大きな要因だとは思うが、母さんがどこまで気づいてるのかもわからない以上、まずはそれを探る必要があるか。

 こんなことなら定期的に暗示をかけなおしておくべきだったか?
 でも流石に母さんに何度も魔術をかけるってのも抵抗があったんだよな……。

 過ぎたことは仕方がない。
 俺は思考を切り替え、現状の把握に努める。


「どこって、僕はただ村の散策に……」
「散策ね、じゃあどうして村の誰もあなたの姿を見ていないのかしら?」


 ああ、そういうことか、母さんは買い出しでよく街に出ている。
 そこで村の人と話をしたときに俺の姿を見ている人がほとんどいないことに気付いたってわけか。
 それもこれまでは暗示で気なっていなかったんだろうが、一年たって暗示が弱くなったことで俺の様子を探られてしまった……ってとこか?
 ふむ、今まで森に入るところを誰かに見られないようにすることに最善を尽くしてきたが、もう少し姿を村の皆に見せておくべきだったかな?
 だが、それなら……


「それはね、お母さん、僕の秘密の遊び場で遊んでたんだからなんだ。
 外に出るといつもそこに行って遊んでたから、ごめんなさい」


 さぁ、これどうだ?
 一応村の皆が俺の姿を見ていないこととの整合性はとれているはず。
 秘密の場所など普段人が訪れないような場所を探せばいくらでも捏造できる。

 だが、しかし、母の表情は未だ晴れない。
 どうやら母はまだ他にも情報を持っているらしい。
 だとすればもしかすると今のは悪手だったかもしれない。
 この分だと母さんは俺が森に入っているという事まで至っている可能性がある。

 俺は黙って様子を窺っていると、母さんが少し角度を変えた質問を出してきた。


「……そう、ところでヴァン、友達はもうできたかしら?」
「え? 友達?」
「そう、友達よ。あなたが村を散策するようになってもう一年くらいかしら?
 そろそろ友達の一人や二人出来てもおかしくないころだと思うの」


 ……まずいな。
 これはどう答えたものか……。
 いや、別に友達の名前が出せないという事ではない。
 だが、この状況であいつら三人との繋がりが俺にあるという事を明言してしまうのはいささか危険な気もする。
 だが、名前を一人も出さないというのもおかしな話だと疑われてしまう。
 とはいっても、俺が名前を出せるのは正直、ノア、エリス、レオの三人以外にいない。
 何しろずっと森に引きこもって修行していたからな。
 友達ができないのも当然だ。

 繋がりを秘匿する際のリスクと公開した際のリスク。
 どちらの方がリスクが大きいか……、それを天秤にかける。

 ……仕方がないか、リスクはあるがいないと言って母さんを心配させるのもあれだしな。

 
「いるよ!
 ノアお姉ちゃんにエリスお姉ちゃん、それからレオお兄ちゃん、みんな頼りになるんだよ!」
「そう、それはよかった、私もヴァンに友達ができて嬉しいわ。
 じゃあヴァンはその三人と一緒に遊んでるのね?」
「そうだよ、秘密の遊び場で一緒にね!」


 問題はないはずだ。
 これなら三人も最近村の中であまり姿が見えないという話があったとしても整合性が取れる。
 だが、母さんの表情、これはまだ何か腹に一物抱えてる感じがするな……。

 もし……もしも母さんがあの情報を握っているとすれば、俺は積んだかもしれん。
 そう―――


「その三人、最近森に入っていくところを見た人がいるって話を八百屋のおじさんがから聞いたのだけれどヴァン、これは一体どういう事かしら?」


―――っていう情報を握られてるなら、俺は積んでるんだよな……。

 やられた、考えうる最悪の事態だ。
 ったくあいつら、森に入る際には人目に注意しろとあれほど言った言うのに、こりゃ次の修行の時にお仕置きだな。
 まぁそれも次の修行ができればなんだが……。

 この村は基本的に王都などとは少々距離がある故に、自給自足により村内の食糧関係を賄っている節がある。
 すると必然的に八百屋の元には村内からたくさんのお客がやってくるのだ。
 そして、集まってくるのはお客だけではない。
 村中のお客が来るということは即ち、村中の噂など、細かな情報も集まってくる場でもあるのである。

 そんな八百屋の店主からそういった話が出て来ることはなにもあり得ない話ではない。
 寧ろこの大きくはない村で、あの三人がここまでばれずに来たことをほめるべきなのかもしれない。

 さて、どうしたものか……。
 まだうまく煙に巻くことは可能だろうか?
 まずはやってみるしかあるまい。


「そんなの見間違いかもしれないよ?」
「あんな特徴的で目立つ三人を誰が見間違えるのかしら?
 ただでも二人は優秀な子供として村の中でも一目置かれているのよ?
 見たらすぐにわかるわ」


 ……いや、これは返す言葉もない……。
 確かに俺から見てもあいつらは才能豊かだしな。
 こりゃいよいよ積んだかもしれん。だが、ただで転ぶわけにはいかない。
 このままだと最悪外出権どころか庭にすら出してもらえないといった事態になり兼ねん。


「……流石に母さんには隠し通せないな。
 ごめんなさい、確かに僕お兄ちゃんとお姉ちゃん達に頼み込んで森の中に連れて行ってもらってたよ……」
「やっぱりそうだったのね……。
 ヴァン、何か理由でもあるの?」


 ここで一方的に怒るのではなく、事情を聴いてくれるとは……。
 こういう所は流石だと思う。
 本当に俺はいい母を持った。
 であればこの機会、存分に使わせてもらおう。


「うん、あのね。僕、どうしても強くなりたかったんだ」
「え……どうして……」


 母さんは困惑した表情を見せる。
 まあ確かに無理もないか、何しろ母さんにとって俺はあくまで非力な保護対象、それが無属性という欠点を抱えているならばなおさらだ。
 でもすまないな母さん。
 俺はこのまま何もせずに甘んじているわけにはいかないんだよ。
 もう、間違えて、後悔するのはまっぴらなんだ。


「母さん、僕は確かに無属性だ。
 でも、それでも、守られるだけのものでいたくない。
 僕は母さんが時折悲しそうな表情を見せることを知っているよ。
 それはきっと一度も姿を見たことがない僕の父さんに関係しているんだと思う。
 そして、母さんはこれから先、非力な僕に何かが起これば、きっと同じような表情かおをするんだろう。
 僕は僕のことで母さんにそんな顔をさせたくはないんだ」
「ッ!?……ヴァン、あなたって子は……」


 母さん、これこそが俺の答え、確かに多少の偽りはある。
 だが、それでもこの思いに偽りはない。
 俺はこの世界において、守られる側ではなく、守る側に立たなければいけないんだ。

 驚きとともに涙を目に浮かべる母さん。
 それは喜びによるものか、それとも勝手に自分の息子を矮小な枠に留めてしまった後悔によるものか……。
 傍から見ているだけでは判断がつきそうもない。
 だが、それが悲しみによるものでない事だけは確かだった。
 何しろそこには幾分かの温かさが内在している。

 母さんはいつまでそうしていただろうか、そんなに長くはなかったかもしれない。
 そして、涙を拭いた母さんは真剣な表情で俺を見つめ、会話を再開した。


「ヴァン、パパのこと、いつから気づいていたの?」
「えーと、おかしいなって思ったのは結構前かな?
 色んな事がはっきりとわかるようになってきた辺りで父さんがいないのは変だなって思ってた」
「そう、そんなに前から……。
 今思えば魔法を使いたいって言い出したのもそれに関係してたのかもしれないわね」


 ごめん母さん、それに関しては単純に俺の願望だ。

 俺は内心を若干の罪悪感に苛まれながらも母さんにが俺の聞きたかったことを話してくれるように会話を誘導する。


「母さん、父さんにはいったい何があったの?」
「……そうね、ヴァンにもそろそろ話してもいいのかもしれないわね……」


 そういうと、母さんは懐かしそうな、しかし同時に悲しそうな面持ちでゆっくりと父さんのことを語りだした。

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