付与術師の異世界ライフ

畑の神様

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魔人襲来編

天から降ちし裁きの槍

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「……遊び、ですって……?」


 マリナは敵意を伴う視線でアドラメレクを強く睨みつけて言う。しかし、対するアドラメレクはその敵意を正面から受けてなお愉快だとでも言わんばかりに笑い続ける。


「ああ、そうだとも!! これを遊びと言わずになんという!! 逃げまどう人間おもちゃに聞こえて来る悲劇の声。これほど心躍るものは無いであろうに!! ははは、愉快、実に愉快よ!!」
「―――――ッ!!」
「まて、マリナ。落ち着いて―――」


 エリックが何かを言っている。だが、最早それすらも聞こえない。
 奴は、これを遊びと言った。
 悍ましい魔物の大群により蹂躙され、既に村には楽しかったあの頃の風景は存在しない。
 ただ無残に破壊の限りを尽くされた、そんな惨状があるのみ。
 そんな惨劇をただの遊びだと言ったのだ。
 であれば、村の皆、自分達、そしてエマはこの魔族の酔狂でこんな目に合わされているということになる。
 それはとても黙っていられるようなことではない。

 馬鹿げている。ふざけている。壊れている。

 それは明らかな暴挙だ。
 そんな横暴が許されていいはずがない。

―――ブチッ

 何かが切れる音がした。

 
「我、求むるは魔を滅する電撃―――≪雷光ライトニング≫ッ!!」
「マリナッ!!」


 放たれる電撃。しかし、≪雷撃の豪雨サンダーレイン≫ですら傷一つ与えられなかったのだ。それより下級の魔法である≪雷光ライトニング≫ではダメージを与えられるはずもなく、案の定電撃はアドラメレクが軽く腕を振るっただけで霧散してしまった。


「ほう、話の途中で突然攻撃を仕掛けて来るとは、少々無粋ではないか?」
「黙れ、その薄汚い口を閉じなさい。あなたの言葉を聞いていると反吐が出るわ」
「ああ、全くマリナ、君ってやつは……」


 エリックはアドラメレクの挑発に、正面から挑発でもって対抗するマリナに呆れ顔で溜息を吐く。だが、エリックとしても、マリナと思うことは同じだ。むしろ口では止めていても、アドラメレクの言葉を止めてくれたマリナの電撃には感謝しているくらいである。

 確かに、眼前の存在は凶悪だ。奴が本気になれば自分達など瞬く間に肉塊にされてしまうだろう。否、もしかすると肉塊が残ればいい方なのかもしれない。むしろ跡形もなく消される可能性の方が高いとすら言えるくらいだ。

 だが、ここで戦おうが戦うまいがどうせ自分達は……。

 であれば、せめて……せめて挑むだけ挑まなければ。

 そもそも、もしここで逃げてしまっては、自分達が何のためにここまで戻ってきたのかわからない。自分達は時間を稼ぐために戻ったのだ。命を次の世代に、エマに繋ぐために残ったのだ。最初から戦う以外の選択肢を持つことができないというのであれば、問題なのはいかに時間を稼ぐかということ、いかに長く奴らの足止めをできるかというただその一点のみだ。


「ああ、マリナ。そうだ、そうだったね。相手がどんな奴だろうと、私達にはもうやるしかないんだったね」
「そうよあなた、そんな事忘れてたの? 先手必勝よ、ふふ」
「ああ、そうだね。先手あるのみだ。立ち止まってる場合じゃない、それじゃあ行こうか?」
「ええ、望むところよ」
「相談は終わったのかな? まあいいさ、何を話したところで無駄なのだから、お前たちは黙って我を楽しませればそれでいい」
「―――黙ってくれないかな?」


 直後、エリックはアドラメレクの懐に一足でもって侵入する。
 そこから流れるように彼の右下段から繰り出された一閃はしかし、アドラメレクの左腕に阻まれた。
 アドラメレクは特に何をしたというわけでもない。エリックが振るった剣の先、そこに左腕をただ翳しただけ・・・・・・・。それだけでエリックの決死の一閃は止められてしまっていた。


―――――【我、求むるは求むるは雷禍。その雷撃は我が障害その全てを薙ぎ払うものなり】


 しかし、そんなことは関係ない。はなからエリックもこの程度の斬撃があっさり通るなどとは思っていない。エリックは自身の剣がアドラメレクの左腕に防がれるのと同時に無理矢理剣閃の方向を捻じ曲げ、アドラメレクの胴体を狙う。

 最早暴力的とすら言える筋肉への過負荷により、体中が悲鳴を上げているがそんなことは気にも留めずエリックは剣を振るった。


「はアぁぁあああああ―――!!」


 だが……


「ふむ、なるほど、今のは中々悪くない動きだったな。剣筋を途中で捻じ曲げるとは大したものだ。しかし……それでも我には届かんよッ!!」
「……なっ!?」


 確かに、エリックの剣の軌道はアドラメレクの胴体を捉えてはいた。しかし、その刃は奴の皮膚を通らなかったである。
 エリックの剣はアドラメレクの皮膚に止められていた。つまり、奴には最初からエリックの剣を止める必要などなかったのだ。
 それはつまり、このやり取りも所詮、奴の退屈凌ぎにすぎないということであり、同時に、彼我の圧倒的な戦力差を現していた。


―――――【その雷撃は悪を貫き、その雷撃は邪を穿ち、その雷撃は魔を滅殺する】


 直後、エリックの腹部にアドラメレクの拳がめり込んだ。体が軋み、エリックの身体がミシミシッと音をたてる。

 
「―――かはッ」


 吹っ飛ぶ。弾丸のように殴り飛ばされたエリックはそのまま数メートルほど後ろにあった木にぶつかり、そのまま数本の木をへし折ってようやく止まった。


―――化物だ。

 
 今の一撃だけで既にいくつもの骨が持ってかれた。意識だけは何とか保っているものの、それも風前の灯と言える。もしも一瞬でも気を抜いてしまえば、そのまま自分は二度と目覚めないだろう。
 エリックにはその確信があった。マリナは今も叫び声を上げたいのを堪え、涙を流しながら必死に詠唱を続けている。
 であれば、ここで自分だけ先に倒れられない。否、倒れるわけにはいかないのだ。



―――――【それは正に天の裁き、降り注ぐ雷撃は神の審判、その前に万物は跪き、頭を垂れん】



「ぐふッがはッ!!」


 立っただけで口から血反吐が大量に流れ出て来た。足元が血で真っ赤に染まる。それは既にエリックの身体が終わっているということを示していた。

 
「ほう、我の一撃をその身に受けて、人間如き脆弱な存在がまだ立つとは見事ッ!! そうだ、その調子で我を楽しませたまえ!!」
「……君、に…褒められて、も…嬉しく、ないな……」


 息も耐え耐えに言葉を綴るエリック。その姿を前にマリナがさらに涙を流し、顔を歪める。

 その姿は既に満身創痍。本来であれば生きていることすら奇跡と言えるこの状況で、エリックは立ち上がり、それどころか剣を握ってすらいた。
 もはや、眼には何も見えていない。だが、それでも揺らがない意志がある。譲れない決意がある。守るべき人がいる。
 今やそれのみがかろうじでエリックを立ち上がらせていた。

「さあ次は何をしてくれる? どのように我を楽しませる? どのように現実に抗う? さあ、見せてみるがいいッ!!」


―――――【時は満ち、判決は出た。雷撃よ、今こそ収束し、奴の絶殺のために放たれよッ!!】


 直後、アドラメレクが凶悪な速度でもってエリックへと接近する。その光景は正に絶望。しかし、エリックは迫りくる死の権化に対し……ただ不敵に笑った。


「―――待ってたよ、マリナ。かましてやれ」
「―――なっ!?」


 そこでようやくマリナの魔法の詠唱が終わっていたことに気づくアドラメレク。だが、もう遅い。アドラメレクはエリックにとどめを刺そうと向かっていた。僅かとはいえまだマリナとは距離がある。今から向かったとしても数秒はかかる。そして……それだけあれば事足りる。


「うぉぉぉぉ―――!!!!!!」
「もう、遅いわ!! 喰らいなさい―――≪天から降ちし裁きの槍ジャッジメント・ジャベリン≫」


 それはマリナの残り全魔力と引き換えに放たれた一撃。
 ≪雷撃の豪雨サンダーレイン≫の応用技であるそれは、本来分散して降り注ぐはずの雷撃を一撃のみに集約させる大魔法。

 その一撃一撃が強大な力を持つ≪雷撃の豪雨サンダーレイン≫を一撃に集約させることで完成するそれはしかし、諸刃の剣と言える。

 この魔法を使えば、術者は尋常ではない魔力を使う。つまり、この先は無い。

 それはすなわち、これで倒せなければ、最早術はないということで、

 しかし同時に、そこまでするだけの威力をこの一撃が内包しているということでもある。


―――そして、天を震わすような轟音が一帯に鳴り響いたその直後。天空から飛来した巨大な雷撃の槍がアドラメレクを貫いた。

 
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