付与術師の異世界ライフ

畑の神様

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闘技大会編

暴走、そして決着

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「ガハハハハハ!! やった、やったぞ!! これで我輩の勝ちだ!!」


――――斬った、自分の剣は確実に奴の体を切り裂いた。

 イーヴィディルはそう確信し、自分の勝利という事実と憎らしかった男を切り裂く感覚を味わえたことへの喜びに浸っていた。
 だが、それ故に、会場の誰もがその状況に気づいている中でなお、イーヴィディルのみはそれに気づくことが出来ない。

――――そう、彰の体から雷電が迸り、否、彰の体そのものが雷電へと変化している・・・・・・・・・・ということに。


「おいおい、まだ勝った気になるのは早いんじゃないか?」
「―――なッ!?」


 あり得ない筈の言葉に驚愕し、動きの止まるイーヴィディル。
 彰はそんな隙だらけのイーヴィディルへと雷速の拳を叩き込む。
 驚愕からできた一瞬の間、その無防備なとこへと攻撃をくらったイーヴィディルは為す術もなく後方へと吹き飛ばされる。
 そして、ここに来てようやく、自分の体が痺れていることに気づいた。


「がはッ!! いったい……なにが……」


(何故だ……何故我輩の体は痺れているのだ……いや、そこじゃない。
 そもそも我輩は何に吹き飛ばされた?)



 そう思い、自分がいったい何によって殴られたのかを確認したイーヴィディルは再びの混乱に包まれる。

――――あり得ない、そんなことはあり得ない、あり得るはずがない。

 何故なら彼、イーヴィディルには確かにその手で彰を切った感触が存在していたのだから。
 しかし、彼には分らない、否、わかるはずもない。
 必ずしも斬られたことと敗北がイコールで結ばれる関係ではないということが。
 例え斬られても、死なず、負けないものがいるということが。
 そんな現象が自身の辞書の中に存在しないイーヴィディルにはわかるはずがない。


「何故だ……なぜお前は魔法を使えているのだッ!! 今の我輩の前では誰も魔法を維持できるはずがないというのに!!」


 自身の理解の範疇を超える出来事を前に喚き散らすイーヴィディルとは対照的に、彰は冷ややかに言葉を返す。


「言っただろ、お前が俺に負ける理由は三つある、と。
 これがその二つ目、お前が俺の術を魔法だと思いこんだ・・・・・・・・・ってことだよ」
「何を……なにを言っている!! お前のそれが魔法でないというのなら、一体何だというのだ!!」
「そんなことは自分で考えろよ、まぁ、たぶん考えても理解するなんてーのは土台無理な話だとは思うけどな。
 それでもただ一つ、お前でも理解できることがあるとしたら、それはお前にはこの術を無効化出来ないってこと、それだけだよ」
「そんな……そんな馬鹿な話が……あってたまるものかぁぁぁぁああぁぁッ!!」


 イーヴィディルはそう叫びいや、喚きながら彰へと剣を構え、向かって行く。
 彼はまるで見たくないものを振り払うかのように、剣を横薙ぎに振るう。
 しかし、すでにそこに彰はいない。
 その時にはすでに彰は彼の背後に移動している。
 その速度はさっきまでのように、ただ身体能力と技術で生み出した速さとはモノが違った。
 それは最早、ただの高速移動という次元を超越している。
 人間の限界、それをあざ笑うかのような速度。
 そんな動きをされては、当然、人間の限界ギリギリ、あるいはその少し上程度まで高めた程度の身体能力では追いつけるはずもない。
 必然、イーヴィディルの剣はただ空しく虚空を切った。


「どこ斬ってんだよ、ほら、俺はこっちだぞ?」
「くうぅぅぅ!! おのれちょこまかと!!」


 そう叫びながら、イーヴィディルは再び、今度は背後に剣を袈裟懸けに振り下ろすがしかし、当たらない。
 そこからイーヴィディルは≪鮮血石ブラッドストーン≫により強化された身体能力を駆使し、剣を振るい続けるが、そのどれもが空を切るばかり。
 それは傍から見れば滑稽な舞踊のようにも見えた。


(ほんとは避けなくてもいいんだが、それじゃあ早すぎるしな……こいつにはもう少し恥もかいてもらわねえと)
 
 
 彰はそう考えながら、ただひたすらにイーヴィディルの背後へと回り続ける。
 しかし、雷化のままではいくら彰でもすぐに限界が来てしまうので、彼は単調になって来たイーヴィディルの動きを見て、全身を“雷化”し続けるのではなく、すでに要所で“瞬間雷化”を細かく使う戦法に切り替えていた。
 結果、一人で全力を持って滑稽な踊りを続けるイーヴィディルは効率的に戦う彰とは対照的に、ものすごいスピードで体力を消耗していく。
 気がつけば、イーヴィディルには滝のように汗が流れていた。
 対する彰にはまだまだ余裕が見て取れる。
 最早、誰の目にも勝敗は明らかであった。
 
 
「こんな……こんなことがあっていいはずが……あっていいはずがない!!
 我輩は最強、そう最強なのだ!! そのために≪鮮血石ブラッドストーン≫も手に入れ、限界まで能力を底上げしたのだ……ここまでした我輩が負けるなど…あるわけが無いっ!!」
「俺にはその≪鮮血石ブラッドストーン≫ってものがなんだかはよくわからねぇ、でもよ、道具に頼りきりの、それこそその道具が無きゃ勝てないってんなら、それはお前が弱いと言っていた魔法に頼り過ぎな戦法、それと何も変わらないんじゃないか?」
「うるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ、黙れぇぇぇえええぇぇぇッ―――!!!」

 
 彰の的を射た発言に対し、イーヴィディルはそれをまるで拒むかのように声を張り上げる。
 それはまるで駄々をこねる子供のようでもあった。
 そしてこの瞬間、怒りに支配されたイーヴィディルが遂に≪鮮血石ブラッドストーン≫の力の制御を失い、その結果、主導権が交代し、彰に対する怒り、そして殺意がイーヴィディルを完全に支配した。


「グぁぁぁぁああああアアぁぁぁッ――――!!」

 
 断末魔のような叫び声を上げるイーヴィディル。
 しかし、意識を完全に≪鮮血石ブラッドストーン≫に引き渡すことと引き換えに、≪鮮血石ブラッドストーン≫はさらにイーヴィディルを強化、否、凶化させた。
 目は血走り、真っ赤になっていき、肌は徐々に浅黒く変色していく。
 全身の筋肉は肥大化し、結果体全体が膨張したかのように巨大化。
 その姿は最早ただの化け物、先程のレオンの≪魔獣化≫よりもおぞましく、肉体の変化が終わるころには、そこには言葉通りの≪殺人鬼≫が顕現していた。


「殺ス……アキ、アキラ…ヲコろスぅぅぅぅぅ――――!!」


 彼の言葉からは最早はっきりとした人間の意志らしきものは感じられず、ただ殺すという本能のみを持って彼は存在していた。
 その人から外れてしまった姿は実に醜悪で、滑稽。
 そこに居たのはただの一体の化け物であった。


「なるほど……それが道具に依存しちまった者の末路って訳か。
 よくもまぁその体たらくで俺とリンのことをあんな風に侮れたもんだな……俺からしたらお前のがよっぽどモノに頼りきりに見えるよって言っても、聞こえてねぇか……」


 彰は変わり果てたイーヴィディルの姿を見ながら、まるで哀れなものを見るかのように告げる。
 しかし、その発言に逐一憤慨するイーヴィディルはすでにそこにはおらず、そこに居たのは、圧倒的殺意を持ちながら、それが最早誰に対するものであったのか、はたまた誰に向けたものでもなかったのかすらわからずに、ただ無差別な殺意をまき散らす、≪殺人鬼≫のみであった。


「こ、コロスこロスころス……殺スッ!!」


 理性を持たない彼が最初に狙ったのは、必然的に試合中で最も近くに居た彰であった。
 これは≪殺人鬼≫にとっては不幸、その他の人においては幸運である。
 なぜなら、今の彼は彰よりも近くに他の者がいれば攻撃を加えていたに違いないからだ。
 そして、今彼はその意思を殺意一色に染め上げ、彰へと向かう。
 ≪鮮血石ブラッドストーン≫の効果により、人ならざるものと化した彼の動きは最早人間などとうに超越している。
 彼の一歩は大地を揺らし、会場を揺らし、そして対じするものの心も揺らす。
 多くの者はその光景を前にすれば、そこに自身の死を予感し、逃げに徹してしまうことだろう。
 事実、観衆達の中にも何人か、怯えて退場してしまった者すらいる。
 だが、しかし、それは彼の目の前にいる男には当てはまらなかった。
 彰は迫りくる化け物に動ずることなく、化け物を正面から睨みつける。

 
「――――来いよ、終わらせてやる」


 直後、彰を≪殺人鬼≫の剛腕が襲う。
 しかし、彰はそれを避けず、自身に“怪力化”をかけると、その剛腕と正面からぶつかり合った。

 
「ぐウォぁぁあぁァァァ―――!!」
「はァァァァァァァァッ――――!!」


 傍から見ればこの勝負は誰もが≪殺人鬼≫の勝利を疑わないだろう。
 事実観衆達もここに来ての彰の判断ミスに嘆いていた。
 『さっきみたいに避けてしまえばよかったのに……』会場の誰もがそう思う中、しかし、状況が誰もが予想しなかった方向に動く。

 
「うぉぉぉりゃあぁぁぁぁ―――!!」
「――――グ、がぁ!!」


 このパワー勝負を彰が制したのだ。
 結果、≪殺人鬼≫は後ろによろめき、大きな隙ができる。
 そして、それは彰の前では致命的な隙。


「≪属性拳闘術エレメンタルアーツ≫奥義、“属性連撃エレメントコンボ”!!」


 彰は“瞬間雷化”を使い、隙だらけの懐に軽々と入り込む。


「行くぞ!! まずは一撃目、部分属性付与――――“水”」

 
 瞬間、彰の両腕が流水を纏った。
 そして彰は流水を纏った両腕で、強烈な張り手をかつてイーヴィディルであったものの腹部に繰り出す。
 そのあまりの威力に、≪殺人鬼≫と化し、凶悪化したはずの彼の体ですら耐え切ることはできず、身体はくの字に折れ曲がった。


「―――カハッ!!」


 だが、彰はそのまま流れるように次の打撃に移る。


「まだまだ、お次は部分属性付与――――“雷”!!」


 続いて彰は左腕に雷電を纏い、水の属性付与攻撃をくらったことにより、身体が濡れ、電気が通りやすくなっている≪殺人鬼≫の鳩尾に相手へと力強く一歩踏み込むと、強烈な肘を入れた。
 斜め上方向に力が向くように調節されたその肘は、軽々と≪殺人鬼≫の体を上空に浮かび上がらせる。
 強烈な打撃の連続にうめき声すらも出ない≪殺人鬼≫。
 彰はそこにとどめを刺すかのように、さらに追撃、≪殺人鬼≫に反撃の隙を与えさせない。


「悪いがこれで決めさせてもらう、部分属性付与――――“炎”“風”」


 直後、彰の右腕と右足がそれぞれ業炎と疾風を纏う。
 そして彰はそこから踏み込まずに炎を纏った正拳突きを空中で身動きできない≪殺人鬼≫の顔面にお見舞いし、体勢が少し後ろに逸れたその瞬間に風を纏った右足の全力の蹴りを叩き込んだ。
 絶妙なタイミングで繰り出された風を纏った右蹴りは≪殺人鬼≫を遥か彼方のフィールド側面の壁まで吹きとばす!!
 そして、強烈な衝撃で立ち昇った土煙が晴れた頃、そこには壁にできた特大のクレーター、ぐったりとした≪殺人鬼≫の姿ではないイーヴィディルの姿、そしてイーヴィディルの腕から外れ、カランと音をたてながら転がる腕輪が存在していた。

 
「そういやまだお前に、三つめの理由を教えてなかったな」


 彰はそう言ってすでに気を失っているイーヴィディルの方に向き直り、続ける。


 「お前が俺に負ける三つめの理由……それは、俺の仲間に手を出して俺を本気で怒らせたこと、だよ……」


 彰がそれだけを意識の無いイーヴィディルに告げ、そのまま彼に背を向けて歩き出したその直後、司会の決着のコールと、闘技大会の優勝者をたたえる歓声がその背後で鳴り響いた。
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