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◆直木莉奈の場合

第1話

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 しょうがないじゃない。
 だって、私にとっての男は兄貴だけだったのよ。

 それだけのことなの。

 だから、しょうがないじゃない!

———

——

「おい、莉奈。おーきーろー」
「ん、んん……」

 布団の上から体を揺すられてる。まだ眠いし、もう少しこうしていたい。だから私は寝たふりをするの。

「莉奈、起きろっての。遅刻するぞ」
「もうちょっとだけ……」
「ったく。俺、もう出るからな。あとは自分で起きろよ」

 え、ちょっと。待ってよ、まだそんな時間じゃなくない?
 待って、待って待って。起きる起きる!

「兄貴、今日は早くない? いつもこんなに早くないでしょう」
「おお。今日からちょっと早く出ることにしたんだ」
「なんで?」
「彼女と待ち合わせ」

 そう言って、兄貴は家を出ていった。
 なにそれ。彼女?
 なに、彼女って。なに、急に。彼女って、誰ですか。私、信じませんけど!?

 私は直木莉奈《なおきりな》、中学三年生。
 そして兄の名前は直木理生、高校二年生だ。兄は昔からカッコよくて、クラスメイトも羨ましがるほど。私もそんな兄が自慢で、大好きだった。
 兄として?
 家族として?
 違う。私は昔から、兄貴を男としてしか見ていない。生まれた時からずっと、私にとっての男は兄貴だけ。本気で、兄貴のことが好き。
 でも私と兄貴は正真正銘血の繋がった兄妹。これが叶わない想いであることも知っている。だから兄貴に彼女が出来ないように色々邪魔してきた。
 小学校のときは同じ学校に通っていたからあの手この手で妨害出来たけど、今は学校が違うからそれが出来ない。でも高1のときは彼女の話とか聞かなかったから安心してたけど、何でいま急に彼女!? 嘘でしょう?

「信じらんない!」
「お前、本当にキモいな」

 そう言ってきたのは、同じクラスの芦原透哉《あわらとうや》。幼稚園の時から一緒にいる腐れ縁だ。幼なじみともいう。
 こいつは何でか私が兄貴を好きなことに気付いてる。ただのブラコンってだけではない。性的な意味で好きであることに。なんで気付いたのか聞いても「知らねーよ」としか言わない訳のわかんない奴だ。

「先輩に彼女が出来たんなら、お前もブラコン卒業したらどうだ。兄が相手なんて不毛だろ」
「うっさいな、芦原には関係ないでしょ。ほっといてくれる?」
「また先輩の恋路を邪魔する気か? いい加減にしないと嫌われるぞ」
「だから、ほっといてって言ってるでしょ! あんたにとやかく言われる筋合いはないんだって!」
「俺はお前が兄に嫌われないように注意してるだけだ。大体、あれだけ先輩の邪魔しておいて悪いとは思わないのかよ。先輩、毎回彼女とか好きな子にフラれて傷ついてたぞ」
「う、うるさい! いいのよ、あんな女たち、兄貴には相応しくないんだから!」
「じゃあ自分なら相応しいとでも思ってるのか? お前が一番相応しくないだろ。嫉妬乙」
「うるさいうるさい! バーカ!」

 なんなの、あいつ。毎回毎回同じこと繰り返してきて。ものっそい腹立ってきた。
 そりゃあ兄貴に彼女が出来る度に、その彼女に嘘教えて兄貴を嫌うようにしたり、デートに付いていったりしたけどさ。それもこれも兄貴のためなの。兄貴に彼女なんていらないのよ。
 そうだよ。これは家族として、妹として、兄貴に変な女が寄り付かないようにしてるだけなんだから。何もおかしいことなんてないの。
 これでいいに決まってる。そうよ、私は間違ってない。
 だって、兄貴はカッコよくて頼りになるけど、ちょっとバカっていうか抜けてるところがあるから。だから私が兄貴を守ってあげてるんだよ。妹としての義務を果たしてるだけなんだから。

「そんな妹、聞いたことねーよ」
「家族のこと心配して何が悪いっていうの」
「お前のは心配じゃないだろ。いつ先輩が困ってたんだよ。自己満足もいいところだな」
「そんなんじゃないって言ってば! 何なの? あんた、いつもいつも私に文句言ってきて!」
「俺は先輩の身を案じてるんだ。理生先輩には世話になったし」

 そういえば、こいつも陸上部だっけ。よくうちに遊びに来て兄貴とゲームとかしてた記憶がある。
 だからって私のやることに口出ししないでほしいわね。他人には関係ないんだから。

「とにかく、先輩を困らせるようなことはもう止めとけ。お前のやってること、マジで無駄だから」

 芦原はそう言って友達の所に行った。昔からムカつく奴だけど、言ってることは間違ってないから余計にムカつくのよ。
 でも、そう簡単に納得できるわけないじゃない。
 私は、兄貴が好きなんだもん。兄貴には彼女も作ってほしくないし、結婚だってしてほしくない。ワガママでもなんでもいい。兄貴は、誰にも渡したくないの。

———

——

 放課後。私はいつもより早く帰宅した。なんか部活する気分でもなかったから仮病使っちゃったけど、別にいいよね。
 家に帰っていつものように玄関で靴を脱ごうとした。そしたら、兄貴の靴意外に別の靴があった。これはお母さんのものでもない。でも、大きさからして女性のものだ。ということは、今朝言ってた彼女のものってことになる。
 嘘でしょ、家に呼んだの?
 信じられない。ここは私たち家族の家なのに他人を入れるなんて。
 それにしても、家の中が静かすぎる。本当に誰かいるの?
 それに、何か嫌な予感がする。私は足音を立てないようにソッとリビングを覗いた。そして、その瞬間に後悔した。
 隙間から見えたのは、私が一番見たくなかった光景。
 誰か見知らぬ女性と、兄貴が一緒にいる姿。兄貴が、私たち家族がいつも座ってるソファーでその女性に覆い被さってる。
 何、してるの。
 ううん。聞かなくても解る。ヤダ、やめてよ。そこは、私と兄貴がいつも座ってるソファーじゃん。そこで、なんで、そんなこと。

 ヤダ。ヤダヤダ。

 気付いたら家を飛び出していた。
 どうしよう。帰りたくない。兄貴の顔、見たくない。あのソファーにも座りたくないし、あの家にも居たくない!

 兄貴のバカ! バカバカバカ!!


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