上 下
88 / 108

第88話

しおりを挟む


 ――お願い。私はもう立ち上がれない。だけど、あの子だけは助けてあげてほしい。
 ――あの子に、私のためだけに生きないでと伝えてほしい。

 暗闇の中で声が聞こえて、私は目を覚ました。
 ここ、どこかしら。ゆっくりと顔を動かすと、つい最近見た景色が広がっていた。

「……私の、部屋」

 ハドレー城の私の部屋だ。うわ言のようにそう呟くと、周りにいたみんなが反応した。

「お姉様! ご無事ですか!?」
「ベル。良かった、目を覚まして……」

 心配そうに声を掛けてくれたレベッカとツヴェル。その後ろにナイトとグランも顔を覗かせていた。

「ベル。また、無茶した」
「ゴメン、ノヴァ」

 ベッドの上に腰を下ろしていたノヴァが呆れた顔で言った。
 しょうがないじゃない。あの状況で魔術師の存在に気付けたのは私だけだったんだもん。
 そうだ。あの子。魔術師、いいえ、あの少年はどうなったの。

「あの子は?」
「魔術師……のことですか? 彼なら医務室です。本来なら独房に入れるのですが、物凄く衰弱していて、今は意識を失っています」
「……そう」
「ベル。アイツの名前、呼んでた。なんで」
「名前?」
「ルシエル、言ってた」

 ルシエル。確かにそんなことを言ったような気もするけど、私には全く記憶にない名前だ。それにあの子の顔も、何となく知っているような知らないような。どうにも記憶があいまいなのよね。

 それに、さっきの夢。聞き覚えのある声だったような気がする。
 私のために生きないで。それをあの子に伝えろってことなのかしら。あの子、ルシエルに。

「そうだ。シャルは?」
「シャル姫は国王と共に国民に現状の説明していますよ。貴女のことは、まだヴァネッサベルだとは気付かれていません。すぐにこの部屋に運んだので」
「じゃあ、怪我の治療はノヴァが?」

 ノヴァを見ると、黙ったまま頷いた。
 でも、時間の問題かしらね。このまま私を帰す訳にもいかないだろうし、私もあの少年に話が聞きたい。
 魔術師の正体があの子だって言うなら、とりあえずシャルの命が狙われる心配もない。私はもう仮面の男に変装する理由もなくなるんだ。私がベルだってバレるのは面倒だけど良いか。

「その少年に話は聞ける?」
「どうでしょう。目を覚ませば、あるいは……」
「そう。じゃあ、顔を見るだけでもいいから案内してもらえないかしら」
「……わかりました」

 ツヴェルは少し悩んだ後に、頷いてくれた。
 ちゃんと顔を見れば思い出すかもしれない。あの子が言った言葉もそうだけど、夢で聞いた声のことも気になる。

 シャルのせいで私が死んだ。
 あの子はゲームでのヴァネッサベルのこと、君100のハッピーエンドのことを知っているのかしら。
 それとも、私と同じ転生者?
 それとも、未来を予知する力を持っているとか?
 じゃなかったら、この世界でベルが死んだなんて言葉が出てくるはずがない。

 一体、何者なの?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

やがて最強になる結界師、規格外の魔印を持って生まれたので無双します

菊池 快晴
ファンタジー
報われない人生を歩んできた少年と愛猫。 来世は幸せになりたいと願いながら目を覚ますと異世界に転生した。 「ぐぅ」 「お前、もしかして、おもちなのか?」 これは、魔印を持って生まれた少年が死ぬほどの努力をして、元猫の竜と幸せになっていく無双物語です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...