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第5話

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「……ノヴァ」

 小声でノヴァに耳打ちをした。
 気配のする方向を見ておくように、と。

 私はバルコニーの屋根部分に飛び乗り、様子を伺う。
 魔法とこの暗闇のおかげで私には気付かれていないはず。
 だけど暗闇に紛れてるのは向こうも同じね。気配だけでは何をしようとしてるのか分からない。
 人様のお誕生日に厄介事を持ってこないで欲しいわね。そういうプレゼントはお断りなんだから。

 シャルは来年の誕生日に素敵な人に出会って王位を継いで、この国の女王となるのよ。
 それを邪魔する奴は、このヴァネッサベルが排除する。

「……――っ、ノヴァ!」

 ノヴァを気配がした方向へと向かわせる。そこそこ遠いけどノヴァならすぐ辿り着くはずだわ。

「……?」

 殺気のする方向から小さな光が見えた。
 何か魔法を使われた。何が起きた。
 見ろ。見ろ。見ろ。山暮らしで培った夜目で、見極めろ。
 私は目を見開いて、その光の正体を見抜く。
 弾丸だ。魔法で強化された弾丸がシャルを狙ってる。ご丁寧にサイレンサーで音を消して、魔力も感知されないような仕掛けも施している。
 準備万端だこと。でも残念。ここには私がいる。

 私はフードを深く被り、大きな窓ガラスを割ってホールの中に飛び込んでシャンデリアを蹴り落とした。
 破裂音のように窓ガラスが割れる音と、シャンデリアの落下。大きな物音に周りはザワつく。
 シャルの周りの警護も強まる。それでいい。
 私は尚も襲い来る弾丸をカーテンで防ぎ、相手の目からシャルを隠す。

「な、何事だ!」
「誰だ貴様は!」

 さすがにここまで大事にしたら私の魔法でも姿を隠しきれないわね。
 とりあえず正体だけバレなければいい。
 これだけ騒ぎになれば向こうもこれ以上は手を出せないはず。それにノヴァが見つけて捕まえてるだろうし。
 どうにか皆の視線を逸らしてこの場から逃げないと。

「っ!」

 後ろに一歩下がると、さっきの弾丸が撃たれた気配を感じた。
 ノヴァ、まだ捕まえてないの。それほど向こうは身を隠すのが上手いのかしら。
 この場にいる者はまだ誰も気付いていない。
 私は地面を蹴るように走り出し、テーブルのクロスを引っ張ってシャルの姿を隠した。

「きゃああ!!」

 頭上でテーブルクロスに無数の穴が空く。シャルの頭を庇うように抱え込み、攻撃が止むのを待った。

 周囲が静かになり、それ以降の攻撃はない。ノヴァが捕らえたかしら。
 私は周りがざわついてる隙に、その場から逃げようと立ち上がった。

「ま、待ってください!」
「っ!」
「あの、お礼を……」

 シャルの手が私のローブを掴んだ。
 マズイ。ここで捕まる訳にはいかないのよ。特に貴女にだけはバレたくないの。
 私はシャルの手に自分の手を重ね、ローブから手を離すように促した。

「……その手を離せ。私の邪魔をするな」

 ああ、そんなことを言いたいんじゃないのに。無事で良かったねって、危ないから誰かが来るまでここで大人しくしててねって言いたかったのに。
 でもあまり喋りすぎて私だってバレても嫌だし、これくらいがいいのかしら。
 誕生日にこんな怖い思いをしてる妹をこれ以上傷つけたくないわ。
 私は警備兵に見つからないように魔法で姿を晦まして、急いで逃げた。

「ノヴァ、お疲れ様」
「がうっ!」

 外でノヴァと合流して、遠く離れた場所でシャルを狙っていた暗殺者のところに案内してもらった。
 一体どこの誰が私の可愛い妹を狙っているのか聞き出したかったけど、残念ながら雇われた暗殺者は依頼主のことを何も知らないみたい。
 その辺は上手くやってるわね。そう簡単に足はつかないか。
 私は溜息をつき、ノヴァの背中を撫でた。

「もういいわ。ノヴァ、食べていいわよ」
「がう!」

 ノヴァが暗殺者を燃やして、その炎を食らう。
 こうして見ると人間を食らっているように見えるけど、体に外傷はないのよ。
 ノヴァの、聖獣の餌は人間の魔力。身体には興味ないみたい。さすがの私も目の前でそんなグロいことをされると困る。私、ホラーとかゾンビ系の映画やゲームは苦手なのよ。
 それに、こうすればこの人も魔法を使えなくなる。もう仕事は出来なくなるだろう。

 それにしても、シャルへの攻撃がこうも過激化するなんて思わなかった。
 城の警備も強化されるだろうけど、私も今まで以上に注意しておかないとね。

――



「ふう。お疲れ様、ノヴァ」
「がうう」

 誰にも見つからずに山へと戻ってこれた。
 もう少し近くに隠れた方が良かったのかな。でも見つかったら意味ないし、この山って土がとても良いから作物も育ちやすいし麓には川もあるから魚も取れるし。
 こんな日を夢見て勉強しておいて良かった。異世界でも農業の知識は役に立って助かったわ。

「ノヴァも疲れたでしょう。今日はもうおやすみなさい」
「がうがう」

 ノヴァが私の顔に鼻を摺り寄せて、森の中へと消えていった。
 あの子がどこを根城にしてるのかは知らないけど、別にそこを聞き出そうとは思わない。あの子にはあの子の生活がある。
 私は学んだのよ。他人に必要以上に干渉しない、期待しないと。一人が一番楽なんだから。

 私は家に入り、ローブを脱いだ。
 外が暗くて気付かなかったけど、結構汚れちゃったわね。あれだけ派手に立ち回ったんだから無理もないか。それに裾も少し焦げちゃってる。これはもう捨てないと駄目かな。
 一応、この魔力痕から後を付けられても面倒だから燃やして捨てておこう。あ、ノヴァに食わせればいいか。
 仮に誰かが追ってきてもノヴァがいる限り、この山には入れない。
 昔は小さかったから力も弱かったけど、今はもう立派な聖獣。この山はあの子の縄張りだもの。

「さて、と。さっさと寝ましょう」

 私は寝間着に着替えてベッドに横になった。
 誰に遠慮することもないから、ベッドもキングサイズで作ったわ。これだけ大きな布を作るのも羊の毛を集めるのも大変だったけどね。

 うとうとしながら、さっきのことを思い出す。
 シャル、大丈夫かしら。怖がっていないかしら。あと一年と言わず、さっさと攻略キャラが現れたらいいんだけど。




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