上 下
7 / 54
第二章

第6話 狂う者、狂わせる者

しおりを挟む



「ディゼル! ま、待った?」
「いいえ、今来たところですよ」

 夕暮れ時。リュウガが再び広間に戻ってくると、ディゼルが噴水の前で待っていた。
 まるで恋人同士にでもなったかのようなやり取りに、リュウガは口元が緩んでいく。周囲からヒソヒソと何か話している声が聞こえるが、そんなもの気にならないほど今のリュウガは有頂天になっている。

「お、お気に入りのお店があって……気に入ってもらえると嬉しいんだけど……」
「それは楽しみですね」
「あの、近くの山で採れたキノコを使ったハンバーグがオススメで……季節の野菜を使ったスープとかも美味しいんだ」
「ふふ。聞いてるだけで食べたくなりますね」

 いつものように笑顔を浮かべるディゼルに対して、緊張して上手く喋れないリュウガ。
 こんなにも心臓が高鳴ったことはない。彼女の優しい笑顔。一つ一つの仕草に目を奪われっぱなしだ。こんなに誰かを想ったことがないリュウガは浮かれる心を止めることが出来なかった。

「ディ、ディゼル。一つ聞いてもいいかな」
「なんですか?」
「ど、どうして俺の誘いを受けてくれたんだ?」
「どうして、とは?」

 リュウガは足を止め、ディゼルと向き合った。
 答えが欲しい。この気持ちに、二人の関係に名前が欲しい。誰からの誘いも受けなかった彼女が、今ここにいる理由が知りたい。
 きっと彼女も自分と同じ気持ちを持っているんじゃないか。そんな希望を、リュウガは抱いていた。

「おい、リュウガ!」

 彼の背後から、怒声が聞こえた。
 リュウガが驚いて振り向くと、そこには鬼のような形相を浮かべたソウエイだった。

「ソ、ソウエイさん……」
「リュウガ、なんでお前が彼女と一緒にいるんだ!」

 ソウエイはリュウガの胸倉を掴み、食いかかった。
 彼の剣幕に圧倒されるが、リュウガも黙ってはいない。

「か、彼女が俺の思いに応えてくれたからだ……じゃなかったら一緒にいない!」
「何だと……お前みたいに何もない地味な男なんかにディゼルが振り向くわけないだろ!」
「自分が相手にされなかったからって俺に当たるなよ!」

 その言葉がソウエイの逆鱗に触れたのか、彼は感情のままに拳を振り上げてリョウガの頬を殴った。
 リョウガも負けじと自身の拳をソウエイに向けた。
 目の前で繰り広げられる喧嘩に、周囲が集まり出す。どうしてリュウガとソウエイが争っているのか、訳が分からない。
 二人の目は焦点も合っていない。ただただ殴り合っているだけ。吐き出す言葉も何を言っているのか分からない。

「リュウガ、落ち着け! 何してるんだ!」
「ソウエイさん。これ以上殴ったらリュウガが死んじゃうぞ!」

 村民が集まり、彼らを止めようとするが二人は止まらない。
 気が狂ったかのように、喧嘩し続ける。

「俺のだ……おれの、おれのでぃぜる……おれに、こたえてくれたんだ……」
「おれのものに、おれのものにするんだ……おれにこそ、ふさわしいんだ……」

 いつもと様子が違う二人に、皆は困惑する。何が彼らをこんな風にしてしまったのか。その原因は何なのか。
 暴れる二人を羽交い絞めにする中年の男たちに、涙を浮かべた女たち数人が集まった。

「助けて! 彼が、彼が急に苦しみだして……とにかく様子がおかしいの!」
「な、なんだって……!?」
「うちの息子も急に暴れ出したのよ! 一体何が起こっているの?」

 どうやら二人が狂ったように喧嘩を始めた頃、他の若い男たちも苦しみ出したらしい。
 無事なのは女たちと子供、中年の男たち。簡単に言えば若い男以外だ。

 つまり、ディゼルと関わらなかった者たちだけ。

「あの女よ……あの女のせいでこうなったのよ!」
「あの花売りの女はどこに行ったの!?」

 女たちは血眼になって村中を探すが、ディゼルの姿はどこにもない。彼女に貸していた屋敷の部屋も、もぬけの殻になっていた。
 小さな村には老医者が一人。全員を診て回るには時間がかかる。何が彼らをこうさせたのか、原因を突き止める方法も見つからない。
 原因不明の奇病として扱い、村長は遠い街に助けを求めたという。


 二人が喧嘩をし始めたときから姿を消したディゼル。
 遠い場所から村民たちが慌てふためく様子を見届けた。
 一人の女を巡って争い、傷つけ合う男たち。そんな様子を見て、悲しむ人たち。小さな歪みが村中を狂わせた。
 そして花の香りによって男たちは苦しんだ。

「この花、物凄い効果ですね。あのままだと死んでしまうのですか?」
「この花だとそう簡単には死なない。血を与える量を増やせば即効性も出てくるがな。まぁ苦しむ時間が増えるのは良いことだ」
「あなたが喜んでくれるなら、私も嬉しいです」

 ディゼルは微笑み、その場を離れた。
 村を離れ、街道を進んでいく。空はもう暗く、周りに人もいない。悪魔はその姿を現し、ディゼルの横に並んだ。
 上手くいった。こんな簡単に不幸をまき散らすことが出来るなんて思わなかった。ディゼルは少し顔を上げて悪魔の顔を覗き見た。

「私、ちゃんと出来ましたか?」
「ああ、上々だな。それにお前も、この状況に胸を痛めている。ツラいか?」
「……覚悟を決めたつもりですが、いざ目のあたりにすると複雑ですね。貴方が喜んでくださるなら、トワを苦しませることが出来るのなら、どんなことでもやるつもりですが……」
「ククク……その心、良いぞ。お前の苦しみ、悲しみ、憎しみ、全てが俺の腹を満たす」
「悪魔様……」

 ディゼルは悪魔の胸に寄り添い、そっと目を閉じた。
 苦しいのも悲しいのも、慣れている。不幸であることが当たり前だったのだから。

「さぁ、次の場所へ行きましょうか」
「ああ。その前に、もう少し俺の腹を満たせ」
「はい、悪魔様……」

 二人は街道から少し離れ、森の中へと入っていった。
 月明かりもない。誰もいない。木々の揺れる音しかしない。
 ディゼルは着ている服を脱ぎ、冷たい風に素肌を晒す。悪魔の赤い眼だけが、彼女の全てを見つめている。

「……あ」

 悪魔の手が肌に触れる。
 冷たくてゴツゴツとした肌に、ディゼルは体を震わせた。

 世界で唯一自分を必要としてくれる相手。
 どんな辱めも、彼にされるのであれば喜びにしかならない。

 この身は神への捧げものなのだから。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】きみの騎士

  *  
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...