55 / 80
番外編
「彼が魔王と呼ばれるまでの話」④
しおりを挟む私たちは一先ず姿を隠すためにオーファスの森にやってきた。
ここは死者の森とも呼ばれ、昼間でもゴーストやアンデッドが出てくることもあり、人間が来ることは滅多にない。ここなら天使の私がいても目立つことはないだろう。
大昔、ここには変わり者の賢者が住んでいたという話も聞いたことがあるので、もしかしたら寝床に出来そうな場所でもないかと思ったが、すでに無くなっているようだ。
「ここなら獣もいますし、果実も探せばあるでしょう。あとは寝床ですね……」
「うん……あ、あの洞穴みたいなところは?」
「少し狭いですけど、二人ならどうにかなりますかね」
岩場に空いた小さな洞穴。あそこなら雨風も凌げるし、掘り進めばもう少し空間を広くできるかもしれない。
ちゃんとした住居を確保できるまではあの場所を拠点としよう。
「クラッド、背中は大丈夫ですか?」
「うん、リドのおかげで」
「そうですか。ですが、あれは表面の傷を塞いだに過ぎません。体内の傷付いた組織を修復するには時間がかかります。なので暫くは大人しくしているのですよ」
「わかった」
クラッドは洞穴の中に入り、ちょこんと座った。
さすがに疲れたのか、表情は少し暗い。色々あったし無理もないか。まずは心の整理が必要だ。
彼はまだ幼い。色んなものを抱えて生きるには小さすぎる。
とにかく今は休息が大事だ。心も体も休ませなければ。
「クラッド。今は少し横になっては?」
「眠くないよ?」
「そうではなく、疲れたでしょう? 少し休んでください」
「……でも」
「大丈夫。ここなら人間は来ませんから」
「……うん」
クラッドは横になり、体を丸めた。
もう少し楽な姿勢を取った方がいいと思いますが、これが落ち着くのかもしれない。暫くしたら小さな寝息が聞こえてきた。やっぱり疲れていたんでしょうね。
私は音を立てないようにその場を離れ、食べられそうなものを探しに出た。
果物や木の実なら私にも取ってこれる。殺生を許されていない天使は獣などは殺すことが出来ない。だからクラッドに狩りを教えなければ。きちんと肉も食べないと栄養が偏ってしまう。
「まるで子供の親にでもなった気分ですね」
天使である私に子供など出来ませんが、もし下界の者のように子を成す機能があれば家庭を築くこともあったかもしれないけれど。
まぁ無い物強請りしても意味のないこと。
今の私は天に戻れず、下界の者にもなれない半端者。何かを望んだって、手に入るわけもない。
それでいい。私は自分の意志でここにいる。クラッドのそばにいることを選んだ。
だから今は、それでいいんだ。
ーーー
食べ物を集め、私はクラッドの元へと戻ってきた。
いつの間に起きていたのか、クラッドは私を見つけるなり駆け寄って足に抱き着いてきた。
「どうしました?」
「……っ」
「そんなにくっつかれたら歩けませんよ?」
「……」
黙ったまま動かない。
これは一体どういうことなんでしょうか。下界の人はどういう時にこういった行動をとるのでしょうか。
私もまだまだ勉強が足りないようだ。もっと感情を知っていかないと、彼の気持ちを汲み取ってあげられない。
そういえば、人間はよく挨拶を交わしてますね。出かけるとき、帰ってきたときに言う言葉があったはず。
「クラッド、ただいま」
「っ! お、おかえりなさい、リド」
クラッドが顔を上げて、泣きそうな顔で笑った。
ああ、そうか。寂しかったんだ。起きた時に私がいなくて、悲しかったんだ。
せめて一声かけていけばよかった。そうすれば寂しい思いをさせなかったかもしれない。どうやら私の配慮が足らなかったみたいだ。
「お腹は空いてませんか? 向こうに果物がたくさん生っていたので取ってきましたよ」
「う、うん。食べる」
少しずつ、君を知っていきましょう。
君の成長を見届けるのが、今の私の望みです。
10
お気に入りに追加
811
あなたにおすすめの小説
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い
papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。
派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。
そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。
無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、
女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。
一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる