上 下
41 / 80
第一部

41話 「本当のこと」

しおりを挟む




 もう後戻りはできない。
 これで、本当に最後になる。俺たちの戦いも、勇者という存在も、これで終わりだ。
 俺の姿を見たエルの目が忘れられない。
 頭にこびりついてる。今まで伊織に向けていた優しいものとは全く違う。敵を見る目。覚悟していたけど、実際にこうなると少し胸が痛くなる。
 だけど、これは俺が望んだこと。これでいい。これでお互いに迷いなく、殺し合える。

「クラッド様!?」

 魔王城に戻ると、俺の魔力を感じ取ったリドが慌てた様子で駆けつけてきた。
 無理もない。元の姿に戻って帰ってきたんだから。

 だけど、さっきから体がフラフラする。一歩歩くごとに視界が揺らぐ。
 立ってられない。
 頭が重い。
 足がもつれ、そのまま倒れそうになるところをリドが支えてくれた。

「大丈夫ですか!?」
「……リ、ド」
「魔王様……っ!?」

 全身から煙のようなものが出て、体の力が抜けていく。
 何が起きたんだ。俺、どうなったんだ。

「……っ、あれ?」

 気付けば、俺の体は元の幼い容姿に戻っていた。
 なんで戻ったんだ。正直、あの姿に戻れた理由も分からないのに。

「魔王様、一体何があったんです?」
「あー、何がって言うとちょっと宣戦布告みたいな?」
「え?」
「余計なことしちゃってゴメン」
「……いいんですよ。貴方が望んでやったことであれば、それは我々の総意です」
「ありがとう、リド」

 リドは俺の体を抱き上げて、部屋まで連れていってくれた。
 まぁエルには俺の正体もバラしたんだから、もう見た目なんかどうでもいいか。
 きっと人間に対する怒りとかそういうものが俺をあの姿に変えたんだろうな。

「お身体は大丈夫ですか?」
「うん、もう大丈夫」
「……魔王様」
「うん?」

 リドは言いにくそうにしてる。言葉を濁すなんて珍しい。
 俺をベッドに下ろし、目線を合わせるように床に膝をつきながらリドは小さく息を吐き出した。

「ずっと、言おうかどうか迷っていたんですが……」
「……?」
「勇者と、何かありましたか?」
「っ!?」
「会って、いたのでしょう?」

 心臓が止まると思った。
 一気に血の気が引いた。
 頭の裏が、冷えていくのが分かる。
 手が震える。
 なんで、気付いた。いつから。どうしよう。まさか、ここでリドにアイツとの関係がバレるのはマズい。

「……な、んで?」
「ああ、別に魔王様を責め立てているわけじゃないんですよ。それに、私は元より魔王様の世話役です。クラッド様より粗方説明はされていました」
「え?」
「ええ。貴方がクラッド様でないことも、初めから存じていました」

 嘘。リドは知っていて、俺に付き合ってくれていたのか。俺のために、知らないフリをし続けていたのか。
 今思えば、リドは確かに俺に向けてクラッドとは呼んでいなかった。最初に俺を見つけた時だけだ。この前中庭で話したときも一度だけクラッドって呼んでいたけど、あれは俺に言ったものじゃなかったんだ。

「クラッド様はずっと、人間との戦争に疑問を抱いていました。でも、それが何なのか分からないまま100年過ぎ、とうとう勇者が生まれてしまった……魔王の天敵である勇者の誕生。彼から魔物達を守ろうと必死になっていました」
「……うん」
「だから、現状を変えようとした。それが、貴方なのです」
「……俺に、出来ると思う?」
「ええ、勿論です。最初、クラッド様がもう一人の自分と入れ替わると仰ったときは反対しました。彼以外に魔王が務まるわけないと。現に、最初貴方を見たときはとても頼りなくて心配していました」
「はは……だよな」
「ですが、今は違います」

 リドは優しい笑みを浮かべて、俺の頭を撫でてくれた。

「貴方は優しく、我々を守ろうと必死に動いてくれました。結果、現状は大きく変わった。この100年では成し得なかったことです」
「リド……」
「勇者と会っていたのは薄々気づいてはいました。ですが、貴方には貴方なりの考えがあってのことでしょう。私は、それについて咎める気はありません」
「……で、でも……魔王として、勇者と会っていたのに倒せてないし……それに……」

 好意を持っていた、なんて言えるわけない。
 そんなの、許されることじゃないのに。ここまで気付いていて見て見ぬふりをしてくれたリドに、どう言えばいいのか分からない。

「……良いんですよ、魔王様。それは、貴方の大事な想いです」
「え」
「我々を守るために、その想いを押し殺してまで戦うことを決めてくださりありがとうございます」
「リ、ド……」
「元は人間である貴方が、我々の王になってくださったこと、魔族を代表してお礼を申し上げます。イチノセ・イオリ」
「……っ!」

 俺の名前がリドの口から出てくるとは思わなくて驚いた。
 目を丸くしてる俺を見て、リドはクスクスと笑いながら俺の隣に座った。

「知っていましたよ。クラッド様は自身の夢を映す術を持っていました。その夢にはもう一人のクラッド様、つまり貴方が映っていました。同じ服を着た人間達に暴行を受ける貴方が」
「そこまで、知られてたんだ……」
「弱々しくて、本当にこれがもう一人のクラッド様なのかと不思議でした。おまけに、勇者という存在にも憧れていた」
「っ!」
「よく口にされていましたよね。勇者はカッコいいなって」
「う、うん……」
「そんな貴方に、こんなこと頼むのはとても心苦しかった。憧れの勇者と戦わせることになるのだから。それでも、我々は貴方に賭けるしかなかった。今はクラッド様のその選択が正しかったと信じてます」

 リドが俺の肩をそっと抱いて、頭を撫でてくれる。
 その優しい手つきが、暖かさが、俺の涙腺を刺激する。ボロボロと涙が零れだして、止まらない。

「ありがとう、我らが魔王様。我らの希望、イオリ様」
「……っ、ううん。俺の方こそ、ありがとう。ありがとう、リド……」
「私たちはずっと、貴方を支え続けます。貴方の望みを叶えるため、勇者と戦いましょう」
「うんっ!」

 俺はリドにしがみついて泣いた。
 戦うよ。俺は、俺のために、みんなのために、勇者と戦う。

 大好きな勇者を、殺すんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

勇者よ、わしの尻より魔王を倒せ………「魔王なんかより陛下の尻だ!」

ミクリ21
BL
変態勇者に陛下は困ります。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

処理中です...