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第一部

40話 「魔王クラッド・オードエインド」

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 勇者を戦の助っ人に利用しようとしてる国の王は勝ちを確信したかのように、戦場へと赴いた。
 魔物を倒すことができる勇者の力があれば、人間の軍勢など容易く退けることができる。
 確かに百人力だろう。人が相手だったら。
 だけど、勇者の敵は俺だ。
 人間なんかに、勇者はやれない。

「ありがとうございます、勇者様。これでこの国は救われます」
「……えぇ」
「我が国の民、皆が勇者様に感謝してますよ」
「……はい」

 王の言葉を聞き流してる勇者。今はもうそれどころじゃないんだろう。
 心を押し殺して、必死に冷静にしようとしてるけど、表情は硬い。
 これから人の味方をして、人の敵になる。
 ツラいだろう。
 だけど、大丈夫だ。その痛みもツラさも、すぐ終わる。

「さぁ、勇者様。お願いしますよ」
「……はい」

 勇者が、一歩一歩前に出る。
 敵の陣営からはざわめきが聞こえる。当然だ。自分たちを魔物から守ってくれるはずの勇者が敵となって目の前に現れたんだから。
 勇者は両国の中心に立ち、向こうの動きを待ってる。
 少しの隙もない。敵国の兵士は動きたくても動けない。皆が知ってる。勇者の実力。そう簡単に攻めることは出来ない。

 手を出されたら、困るんだ。

 それは、俺のだから。

 ーーゴロゴロ、と雷雲が近付いてくる。
 轟け、雷鳴。
 穿て、腐ったその地に。

「鉄槌を下せ、トール」

 その呼び掛けに応え、雷が地面へと放たれる。
 魔王の得意技。神々の召喚魔法。雷神、トール。

 ドーンと大きな音を立てて地面が大きく揺らいだ。
 その突然の落雷に、皆が天を見上げた。
 両国の兵士、両国の王、そして勇者が俺を見つける。
 俺は、もう隠れない。何も偽らない。

「……え」

 エルが目を見開いてる。
 ここに俺がいることが、そんなにショックだったか。

「なんだ、あの子供は……」
「一体何が」
「あれは、魔物か?」

 兵士たちの声が聞こえる。
 そうだ。俺は勇者の敵。
 俺は、この世の支配者だ。

「図が高いな、人間」

 全身に黒い渦が纏わりつく。
 魔力が細胞の一つ一つに満ちていくのが分かる。
 その力を解き放ち、この一帯を魔力で圧をかけた。この辺の兵士には耐えられない重力が襲い掛かる。これが、本当の魔王の力。人間が恐れる力だ。

「何をしているのかと思えば、このようなくだらない戦に参じていたとは、俺も舐められたものだな」

 体が重くなっていく。
 伸びた手足。溢れ出る魔力。腹の底から湧き上がる、怒り。
 そう。これこそ、魔王の力。

「愚かな人間どもよ。恐れよ、そして平伏せ。我が名は魔王クラッド・オードエインド。この世を支配する王だ」

 確認せずとも分かる。体が元のクラッドの姿に戻った。
 突如現れた魔王に、人間達は脅えている。
 そう、それでいい。貴様らの敵は、目の前の人ではない。俺だ。

 皆が魔王の魔力に突っ伏している中、一人平然と立っている人物。
 勇者、エイルディオン・ヴィッド。
 なんて顔してるんだ。勇者が魔王の前でそんな顔するんじゃない。
 絶望するな。俺がお前を殺すまで、その顔はするな。

「どうした、勇者。俺の力に臆したか」
「……っ」
「情けないな。勇者とはその程度か。ならば、今すぐにこの一帯の人間を消してくれようか」

 どうした、勇者。お前の敵が現れたんだ。戦う意思を見せろ。
 お前の敵は誰だ。
 目の前の人間か。そこらへんの魔物か。

 俺は腕を払うように空を切り、勇者に向けて魔力弾を放った。
 砂埃が巻き上がり、勇者の姿が隠れる。直撃しても死にはしないはず。
 いつまで呆けているつもりだ。周囲の人間達はもう戦う意思なんてない。自分達が魔王に勝てると思っていない。
 勝てるのは誰だ。今ここで戦えるのは誰だ。

「……!」

 少しずつ晴れていく砂埃の中から、光が放たれた。それを払い除け、追い打ちの魔法をもう一度勇者に向けて撃ち込んだ。
 だが、それは再び光を纏う衝撃波に相殺された。

「……させない」
「……」
「俺は、勇者だ。俺は、皆を守る……!」
「……こんな無益な争いに巻き込まれてるくせに、俺と戦えるのか?」
「戦う。俺は人の敵にはならない。俺の敵は、お前だけだ」

 勇者をこの場に呼んだ王が落胆の表情を浮かべてる。
 そうだ。後悔しろ。一生悔いていろ。
 これはお前が蒔いた種だ。俺の怒りに触れたんだ。

「ならば、俺の元へ来るがいい」

 勇者の目が、俺を映してる。
 力強い目で、俺を睨みつけている。
 それでいい。
 俺を殺しに来い。俺は待っている。

「魔王城で待っているぞ」

 さぁ来い、勇者。

 俺がお前を、救ってやる。



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