22 / 34
第21話 焦りと不安
しおりを挟む「色々と聞けば聞くほど、どうしてあれを普通と、当たり前と思っていたのか不思議になります」
ため息交じりにライリンが呟いた。
その言葉に、リザエルが何かに気付いたように口元に手を添えた。
「どうした、お姫様」
リザエルの様子に気付いたミラフェスが自分の座っていた椅子に戻りながら聞いた。
「あ、いえ……私、あくまで仮の、例えとしてカホに言ったのですが……もしかしたら、国民はすでに王族によって軽い洗脳をされていたのではないかって……何の疑問を抱かないように、それが当たり前だと受け入れるように……いくら生まれたときからそういう国に生まれたからといって、少しの疑問も抱かないなんてこと有り得るのでしょうか……」
「なるほど……可能性はあるかもね」
キースは小さく頷き、あくまで仮説だが、と話を続けた。
国全体を覆う結界。それによってどんなに弱い洗脳魔法でも魔力を撒き続ければ、それは充満していく。そうやって国民が逃げて行かないように、王に従うことを当たり前だと思うようにしたのかもしれない。
ただ、神の加護を受けた聖女であるリザエルや異世界から来た夏帆にはその魔法が効かなかった。だからこうして逃げようという決断が出来た。そしてその両親もまた、聖女の加護によって洗脳を解かれたのではないか。それがキースの考えだ。
「……もし結界が解けたら、その洗脳魔法が世界中に広がってしまう可能性は?」
「ないだろうな。それが出来ないから異世界の少女の魔力を必要としたんだろう」
リザエルの問いにミラフェスが即答した。
まだ仮説の段階だが、これが事実であったら恐ろしいことだ。夏帆をナーゲル国に奪われたら、もう打つ手はない。加護を持つリザエルだって抗えるか分からない。
「向こうの動きが分からない以上、こっちも下手な真似はできない。だからお姫様と異世界の少女ちゃんはこの国からでない方がいい」
「で、でも……私たちも何かお手伝いを……」
「まぁまぁお姫様。今すぐナーゲル国に攻め入るとかでもないんだし、僕たちはまずモンスターの異変を調べることが優先でしょ」
「そうですが……それこそ、私の加護で皆さんをお守りした方が……」
「落ち着きなって。姫の力もいずれはお借りする時が来るだろうけど、今はそのときじゃないよ。調査しに行くのに意図的に運を良くしてたら通常時の状態が分からないでしょ?」
「そう、ですわね……」
肩を落とすリザエルに、キースは立ち上がり、彼女の肩にポンと手を置いた。
「焦ることはないよ。何かしたくなる気持ちは分かるけど、ね?」
「え、ええ……じゃあ、祈るのは良いですか?」
「祈り?」
「はい。私、城ではいつも結界を守るための祈りを捧げていて、それが習慣になっていたものですから……なので、せめてこの国に住まう皆様が争いに巻き込まれたりしないように……」
「うん。それは嬉しいよ。僕も大事なみんなが傷つくのは嫌だからね」
リザエルはホッと胸を撫で下ろした。
ナーゲル国が何をするか分からない。自分が外に出てしまったことで国民たちに何か被害があったらと思うと、怖くて仕方ない。
そんな罪悪感がずっとまとわりついて、心のどこかで逃げたことを後悔する自分も確かにいる。王族がどうなろうと知らない、その気持ちは間違いないのだが、無関係の人を巻き込む可能性があるとなれば話は変わる。
自分を犠牲にするだけで事態が収まるのであれば、リザエルは進んで身を投じる覚悟がある。だが、もうそんな話ではなくなった。今はとにかく夏帆を守らなきゃいけない。彼女を奪われないように、早く元の世界に戻すことが先決だ。
そのために自分が出来ることを探したい。このまま、ただ待ってるだけなんて嫌だった。
「そんじゃ……ガレッド、城でも調査隊を組むからお前も作戦会議に混ざってくれ。そろそろ父上も来るだろうし」
「勿論」
「で、姫たちは今日はもう帰っていいよ。また何かあったら呼ぶからさ。あ、明日にでもみんなの新しい家を紹介できるから準備しておいて」
「ありがとうございます」
両親は新しい住居のことで少しだけ残って話をすると言い、リザエルと夏帆は先に宿へと戻った。
―――
――
「落ち着かないの?」
「……そりゃあ、ね」
宿の部屋で、ベッドに座りながらリザエルは小さく息を吐いた。
こうしている間にナーゲル国が何を企んで動いているのか分からない。大きな壁があるせいで外からも様子を窺うことはできない。
何もできない。それが、もどかしい。
「……そういえば貴女、あの王子に触られたって言ってたけど、大丈夫だったの?」
「え? ああ、うん。肩を抱かれたりとか距離が無駄に近かったくらいだよ。頬撫でられたりしたときは気持ち悪いなって思ったけど」
「……じゃあ、無理やり体の関係を持ちかけられたりもしなかったのね」
「え、いやないない! そんなことされたら全力で逃げてるって!」
「そう、良かった」
リザエルは安心した表情を浮かべた。フレイはしょっちゅう様々な女性を連れ込んでいた。だから、もし強引に襲われでもしていたらどうしようと思ったが、夏帆の様子から嘘を言ってるようにも見えなかった。
「……てゆうか、私よりもリザエルは、その……どうなの?」
「私? 私は全くないわよ。多分、聖女だから手を出してはいけない、とかそういう決まりでもあったんじゃないかしら」
「そうなの?」
「さぁ、私にはそういう経験がないから実際に乙女でなくなったときにこの加護が消えるのかどうか分からないわ」
「へー。そういうのちゃんと守る国なんだね」
「そりゃあ、ギフトを授かる子は貴重だからね。そうでなくても、あの王子は私のことを元々嫌っていたみたいだし」
「なんで?」
「さぁ?」
夏帆は意味が分からないと言って首を傾げた。
そんなこと、リザエルにも分からない。何故か最初から向こうの態度は悪かった。婚約者になったからってお前を愛すると思うなよと言われたのを今でも覚えている。
「でもお互いに良かったよね。あんな王子が初めての相手だったらその場で舌を噛み切ってやりたくなるよね」
「ふふ、そうね」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい
咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。
新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。
「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」
イルザは悪びれず私に言い放った。
でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ?
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています
親友、婚約者、乳姉、信じていた人達に裏切られて自殺を図りましたが、運命の人に助けられました。
克全
恋愛
「15話3万8026字で完結済みです」ロッシ侯爵家の令嬢アリア、毒を盛られて5年間眠り続けていた。5年後に目を覚ますと、婚約者だった王太子のマッティーアは、同じ家門の親友ヴィットーリアと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、乳姉のマルティナだと、助けてくれた叡智の精霊ソフィアに聞かされるた。更に追い討ちをかけるように、全てを仕組んだのは家門の代表だった父が最も信頼していたヴィットーリアの父親モレッティ伯爵だった。親友のヴィットーリアも乳姉のマルティナも婚約者のマッティーアも、全員ぐるになってアリアに毒を盛ったのだと言う。真実を聞かされて絶望したアリアは、叡智の精霊ソフィアに助けてもらった事を余計なお世話だと思ってしまった。生きていてもしかたがないと思い込んでしまったアリアは、衝動的に家を飛び出して川に飛び込もうとしたのだが……
あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。
「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。
聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。
※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる