上 下
4 / 34

4話 抜け道と脱獄

しおりを挟む

————

——


「凄いね、誰にも会わずに来れたよ」

 そう言いながら夏帆は牢屋の鍵を外した。
 リザエルの祈りのおかげで看守の部屋から鍵を持ち出すことに成功した夏帆は楽しそうに笑みを浮かべながら牢屋の扉を開ける。
 あとはここから抜け出すだけ。そう思っていたが、リザエルはふと自分の格好が気になった。

「……これでは目立つかしら」
「え? あ、あー……確かにリザは綺麗だから目立っちゃうね」
「そこじゃありません。格好です」
「あ、そっち」

 夏帆はポンと手を叩いた。
 リザエルはドレスのまま閉じ込められてしまった。パニエで膨らんだスカートやコルセットは移動の邪魔になってしまう。外したいところだが、ここで脱いでも着替えがない。

「困ったわね……」
「うーん……あ、もう一度私に祝福だっけ? あれ使える?」
「それは、いくらでも」
「さっき看守の部屋に行ったときに、服が捨てられてる部屋もあったんだよ」
「ああ、そういえば地下には廃棄部屋もありましたね。あそこは王子が買うだけ買って着なかったものや使用人の古着なんかも一緒に捨ててあったはず……」

 普段使わないため忘れていました、とリザエルは小さく呟いた。
 そこは要らなくなったものを処分するための部屋。数日に一度、ゴミを廃棄するために業者がやってくるが運良く捨てられる前だった。

「だったら私も行くわ。ここから遠くないし、その部屋には隠し通路があったはずです」
「隠し通路!? なんかゲームみたいでワクワクするね」
「なんですか? げーむとは」
「私のいた世界での遊び、娯楽だよ。それより、早く行こうよ、こんなジメジメしたところに居たらカビ生えちゃうよ」
「そうね」

 リザエルは重いスカートを持ち上げ、音がしないように慎重に足を進めた。


———
——

 誰にも見つかることなく廃棄部屋に着いた二人。
 リザエルは適当に服を見繕い、ドレスを脱ごうとした。

「……」
「どうしたの、リザ?」
「…………ちょっと、手伝ってくださる?」
「え? あー、そうだよね……」

 夏帆は納得したように軽く笑った。
 一人で着ることも脱ぐことも出来ないドレス。普段は使用人に着させてもらうため、自分では脱ぐことが出来なかった。
 とはいえ、夏帆もメイドに着せてもらっているため着方も脱がせ方も分からない。リザエルに教えてもらいながら、どうにかドレスを脱いで軽装へと着替えを済ませた。

「疲れた……よくこんなの着てられるよね……私、初めて着たときお腹締められすぎて吐くかと思ったよ」
「私も最初は苦しかったけど、十年も着ていれば慣れるわ」
「うへぇ……」
「そういえば、ローブに隠れてて気付かなかったけど……貴女、変わった格好をしているのね。それは異世界の服なの?」

 リザエルは使用人が捨てたと思われる服と裾の破れたローブを身に纏いながら、夏帆の姿を見る。
 スーツのようにも見えるが貴族のそれとは全く違う上着に、薄い生地で作られた短いスカート。この世界には存在しない服装に、リザエルは興味を示した。

「ああ、これは高校の制服だよ」
「こうこう?」
「えっとね、学校だよ。学ぶ場所。それの女の子の制服。ブレザーっていうんだ。ドレスだと動きにくいし苦しいからこっちに着替えてきたの」
「学び舎の制服がこんなに薄手なのですか? それに足も見せすぎでは……」
「これは可愛いから……ってゆーか、今は逃げるのが先でしょ」
「ああ、そうでしたね。私も記録を読んだだけで確かめたわけではないのですが……どこか床が外れる場所があると思うのです」
「床ね。わかった」

 二人はゴミを搔き分けながら、石畳の床を一つ一つ調べた。
 地下は空気が冷たく、二人とも凍えてしまいそうになりながらも必死に氷のように冷えた石の床に触れていく。
 どれほど地に這っていただろうか。牢屋で祈りを捧げていたため時間が全く分からないが、夏帆が牢屋に来たのはおそらく深夜。皆が寝静まった隙にやってきたのだろう。
 夜が明けて、部屋に夏帆がいないことに気付いたら城中が大騒ぎになる。そうなる前にこの国を出なければ、捕まってしまう。二人に残された時間はあまり残っていない。

「……あ、あった! リザ、これじゃない?」
「本当?」

 嬉しそうな表情で夏帆はリザエルを呼んだ。
 それは以前、王城の書庫で見た隠し通路の入り口。石で作られた扉にはご丁寧に小さな取っ手が付いている。これは百年以上前に緊急時の避難経路として作られたものだと記載されていた。

「この道を進めば、国の外に出るはずです」
「国から出られるの?」
「ええ。この国の緊急時……城が何者かに襲われたとき、王族が国から逃げられるように。その為のものです」
「え、国を捨てる気なの?」
「この国の王族はそう思って作ったようですね」
「ふーん……」

 興味なさげに夏帆は呟く。
 幸い、扉に鍵はない。重たい扉を二人で持ち上げるように開き、地下のさらに地下通路へと降りた。
 夏帆が持ってきたランタンの灯りだけでは少々心許ないが、この国を出るまでの我慢。

「ね、ねぇ……国から出て、そのあとはどうするの?」
「精霊の森を目指そうと思ってます」
「精霊?」
「ええ。精霊王様にお会いすることが出来れば、貴女を元の世界に戻す方法も分かるかもしれない」
「本当に?」
「ええ。精霊王はこの世界の全てをご存じだと言われているわ。ただ、残念なことにその場所を誰も知らないの……だから、まずは近くの国で情報収集でもしましょうか」
「他の国で留まっても平気なの? この国の人が追ってくるかも……」
「それはないわ。この国の人は外へ出ることを禁じられている。王族もこの国の外に出たことはないの」
「なんで?」
「知らないわ」

 夏帆は意味が分からないと首を傾げた。
 知らないものは知らない。リザエルが生まれたときからそうだったのだから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

聖女の姉が行方不明になりました

蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。

処理中です...