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30.妄執との再会
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20階に辿り着いた俺は、改めてマップを確認し、その後30階層までのフロアを軽く見回りした。
一応事前にダンジョンから今いる冒険者を歓迎しているので退出させるよう指示が行っているはずだが、深い階層までは手が届いていない可能性もある。
指示に従わない奴がどうなろうとある程度自業自得ではあるが、今回このダンジョンを舞台に選択したのは完全に俺の勝手な都合であるし、万一のことがあった後に行き違いがあったとわかったら寝覚めが悪すぎる。
ちらほらと残るパーティーに声を掛け、従わない奴らをコテンパンにしてダンジョンから放り出すのに、2時間かかった。
30階層まで潜って再び20階層に戻って来るまでに2時間であれば、スムーズに行ったほうなんじゃないだろうか。
俺は、19階につながる階段の前で奴を待った。
まさか俺の人生の中でアイツを待つなどということがあるとはね。人生ってわからないもんだよな。
でも、そんなことはもう二度とない。絶対にこれっきりだ。
そう決意して階段を見据えていると、一つの人影がゆっくりと姿を現した。
どこかゆっくりに、それでいて聞こえる独特な足音のリズム。それが、今日は殊更に機嫌よく聞こえるのは、気の所為ではないだろう。
少しずつ暗闇からダンジョンの灯りに晒される姿に、俺は全身が総毛立った。
少し癖のある黒い髪、魔道士とは思えない長身、女好きのする甘い顔立ち。あの頃と何一つ変わらない姿に、震撼させられずにはいられない。
そして、こちらが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
奴は垂れ目がちな瞳をとろけるように輝かせて、俺を見つめていた。
「リディ、リディエール…………!!!!」
今にも縋りついて来そうな勢いで歩調を速めるサイラスに、俺は剣を抜いた。
「よう、久しぶりだなサイラス」
「うん、うん……!!!本当に久しぶりだね!会いたかった………ずっと君を待ってたんだよ」
「150年もご苦労なことだな。一体どうやってその姿を維持してんだ?」
俺が探りを入れると、サイラスはウンウンと心底嬉しそうに頷いて種明かしを始めた。
「リディがオレに興味持ってくれるなんてうれしいなぁ。いいよ、リディは特別だから教えてあげる。――俺ってさ、生まれつき自分に好意を持ってる人の魂を吸っちゃうんだよね。悲しいことにさぁ。それって、俺の意志とは関係なく、オレが死にそうになると勝手に発動しちゃう呪いなんだ」
「呪い………」
「そ。最初はね、オレを産んでくれたママ。皆は出産の負担に耐えられなかったって思ってたみたいだけど、産婆さんが言うには、最初息してなかったのはオレだったんだってさ。でも、ママが泣かないオレを抱いて泣き始めたら、急にママは意識を失って、代わりにオレが泣き始めたらしいよ」
それだけ聞けばコイツにとっても不幸な話だ。
だけど、コイツが同情の余地など欠片もない狂人であることに一片のゆらぎもない。
俺の考えを肯定するように、サイラスは恍惚の表情でまくしたてる。
「次はね、俺の兄さん。オレが流行り病で死にかけた時初めて魂の味を知ったんだ。流石に赤ちゃんじゃ、いくらオレでもわかんないもんね。知ってる?リディエール。魂の味って、すっごく甘くてクセになるんだよ。愛されていたんだってことを、この上なくダイレクトに感じられて、幸せになれるんだ」
それ以降味を占めたサイラスは、後妻と連れ子を、その可愛らしい顔で歓迎して優しく接し、好感を得た上で魂を吸う実験を行ったと語った。
おぞましい。7歳の子供が放置すれば死ぬような傷を自ら自分に付けるなど、正気の沙汰じゃない。それも、他人の魂を吸えるかどうか実験するために。
狂人は小さい頃からイカれていたということなのか。まともな親父さんが不憫でならない。
「リディエールと会えなくなって、オレほんとに悲しくてさ。毎日泣いてた。どうしても会いたくて、リディと親しくしてた冒険者の指とか目玉を送ったりしたんだよ。だけど、あんな奴らじゃリディの心は動かせなかった」
「なっ………」
なんだと。こいつ、今なんて言った?
オレの仲間の指や目玉を送った????
そんな話、オレは知らない。そんなことがあれば、すぐにでもコイツを殺しに飛び出していった。
「あ、大丈夫だよ?殺してないから♪」
「…………誰だよ」
「ん?」
「誰の指と、目玉だよ」
「ええっとね、誰だったかな。特徴ないとわかりづらいかなと思ったから、変わったやつにしたんだよ。酒場でよくリュート引いてたチビと、弟を探してるとかいう女のやつ!」
タッドとエミーリアだ。俺にはすぐにわかった。
タッドはバードのリュート奏者で、毎日血の滲むような練習を重ねていた。だけど、一度も辛そうな顔はみせず、その才能と努力に支えられた音色は本当に美しかった。
エミーリアは15歳の駆け出し冒険者。
幼い頃に生き別れた弟を探して、自分と同じ目の色をした男の子を見なかったかと聞きまわっては、遠くへと足を運んでいた。取引に必要な素材の採取をした手伝ってくれないかと頼まれたこともある。
本当は冒険者になるような女の子ではなかったのに、弟さんのために生傷を作りながら頑張ってたんだ。
その二人の指と目を取った??俺のことを呼び戻すためだけに??
あの二人が大切にしていたものを、コイツは――――――――――――。
「ぶっっっっっ殺す!!!!!!!!」
俺は腰から剣を抜いてサイラスに斬りかかった。鞘から溢れるように星の光が舞う。
一瞬で間合いを詰められたサイラスは、反応もできず俺の剣の露となった。慣れた肉と骨を斬る手応えを感じ、星とともに血しぶきが上がる。
普通の人間なら、これでおしまいだ。だけど、こいつはこんなんじゃ絶対に死なない。ぴくりとも動かない体を、激情のままに斬って、斬って、斬りまくった。
コイツに手加減なんかいらない。こいつを消してしまわない限り、俺の大切な人の平穏は保たれない。
(ごめん、タッド、エミーリア。俺のせいだ。おれのせいで―――)
どれくらいそうしていただろうか、もうどこを斬ればいいのかすらわからなくなったソレを見て、俺は立ちすくんだ。
すると、遠くの壁に飛び散っていた欠片の一部を目指すように、地に落ちたパーツがすごい勢いで集まり始めた。まるで自らが収まるべき場所を知っているかのように、寸分の狂いもなく集合し、結合していく。それまでにものの2秒もかからなかった。
「化け物が………!!!」
何度再生しようが関係ない。こいつが再生しなくなるまで何度でも殺すだけだ。
憎悪に燃える瞳で剣を握る。
「待ちなさい、リディ!!!!」
間合いを詰めようとした俺を、聞き慣れた声が呼び止める。
それは、ギルドでの手回しを追えて追いついてきたソーニャだった。
「落ち着いてください!!ここで何度あれを斬ったところで、同じことの繰り返しです!」
「でも―――だって、タッドとエミーリアが………!!!!」
「死んでません!確かに奴に体の一部を奪われはしましたが、ふたりとも逞しく立派に生きました!タッドは義指だからこそ可能になる演奏を研究して名を残しましたし、エミーリアはちゃんと弟さんと再会しましたよ」
「でも……俺のせいだってことには変わらないだろうが!!!!!」
癇癪を起こした子供のように叫ぶ俺の頬を、ソーニャは思い切り張り飛ばした。
殆ど痛みなんかなかったけど、俺は衝撃で固まってしまう。
長い付き合いのこのエルフが、俺を殴るなんてことは、一度だってなかったからだ。
「二人を侮るんじゃありませんよ!あのトカゲは二人を国で保護しようと申し出ましたし、欠損をも再生させる上級ポーションも渡したんです!2人は『リディの友人としてアイツに負けたくないから』とそれを固辞して、あえて困難を受け入れた上で幸福を掴むことを選びました。おんなじことを二人に向かって言ってご欄なさい!きっともっとたくさんほっぺたをぶってくれますよ!」
-----------------------------------------------
味覚と嗅覚が死滅中ですが、何とか熱は下がりました。
ストックを吐き出しているので暫くは不定期更新になる可能性もありますが、なるべく一日一回更新を目指します。
あと5話程度で一区切りとなる予定ですので、最後までお付き合いいただければと思います。
戦闘シーンは詳細に書くとグロR-18になりそうなので控えめです。
一応事前にダンジョンから今いる冒険者を歓迎しているので退出させるよう指示が行っているはずだが、深い階層までは手が届いていない可能性もある。
指示に従わない奴がどうなろうとある程度自業自得ではあるが、今回このダンジョンを舞台に選択したのは完全に俺の勝手な都合であるし、万一のことがあった後に行き違いがあったとわかったら寝覚めが悪すぎる。
ちらほらと残るパーティーに声を掛け、従わない奴らをコテンパンにしてダンジョンから放り出すのに、2時間かかった。
30階層まで潜って再び20階層に戻って来るまでに2時間であれば、スムーズに行ったほうなんじゃないだろうか。
俺は、19階につながる階段の前で奴を待った。
まさか俺の人生の中でアイツを待つなどということがあるとはね。人生ってわからないもんだよな。
でも、そんなことはもう二度とない。絶対にこれっきりだ。
そう決意して階段を見据えていると、一つの人影がゆっくりと姿を現した。
どこかゆっくりに、それでいて聞こえる独特な足音のリズム。それが、今日は殊更に機嫌よく聞こえるのは、気の所為ではないだろう。
少しずつ暗闇からダンジョンの灯りに晒される姿に、俺は全身が総毛立った。
少し癖のある黒い髪、魔道士とは思えない長身、女好きのする甘い顔立ち。あの頃と何一つ変わらない姿に、震撼させられずにはいられない。
そして、こちらが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
奴は垂れ目がちな瞳をとろけるように輝かせて、俺を見つめていた。
「リディ、リディエール…………!!!!」
今にも縋りついて来そうな勢いで歩調を速めるサイラスに、俺は剣を抜いた。
「よう、久しぶりだなサイラス」
「うん、うん……!!!本当に久しぶりだね!会いたかった………ずっと君を待ってたんだよ」
「150年もご苦労なことだな。一体どうやってその姿を維持してんだ?」
俺が探りを入れると、サイラスはウンウンと心底嬉しそうに頷いて種明かしを始めた。
「リディがオレに興味持ってくれるなんてうれしいなぁ。いいよ、リディは特別だから教えてあげる。――俺ってさ、生まれつき自分に好意を持ってる人の魂を吸っちゃうんだよね。悲しいことにさぁ。それって、俺の意志とは関係なく、オレが死にそうになると勝手に発動しちゃう呪いなんだ」
「呪い………」
「そ。最初はね、オレを産んでくれたママ。皆は出産の負担に耐えられなかったって思ってたみたいだけど、産婆さんが言うには、最初息してなかったのはオレだったんだってさ。でも、ママが泣かないオレを抱いて泣き始めたら、急にママは意識を失って、代わりにオレが泣き始めたらしいよ」
それだけ聞けばコイツにとっても不幸な話だ。
だけど、コイツが同情の余地など欠片もない狂人であることに一片のゆらぎもない。
俺の考えを肯定するように、サイラスは恍惚の表情でまくしたてる。
「次はね、俺の兄さん。オレが流行り病で死にかけた時初めて魂の味を知ったんだ。流石に赤ちゃんじゃ、いくらオレでもわかんないもんね。知ってる?リディエール。魂の味って、すっごく甘くてクセになるんだよ。愛されていたんだってことを、この上なくダイレクトに感じられて、幸せになれるんだ」
それ以降味を占めたサイラスは、後妻と連れ子を、その可愛らしい顔で歓迎して優しく接し、好感を得た上で魂を吸う実験を行ったと語った。
おぞましい。7歳の子供が放置すれば死ぬような傷を自ら自分に付けるなど、正気の沙汰じゃない。それも、他人の魂を吸えるかどうか実験するために。
狂人は小さい頃からイカれていたということなのか。まともな親父さんが不憫でならない。
「リディエールと会えなくなって、オレほんとに悲しくてさ。毎日泣いてた。どうしても会いたくて、リディと親しくしてた冒険者の指とか目玉を送ったりしたんだよ。だけど、あんな奴らじゃリディの心は動かせなかった」
「なっ………」
なんだと。こいつ、今なんて言った?
オレの仲間の指や目玉を送った????
そんな話、オレは知らない。そんなことがあれば、すぐにでもコイツを殺しに飛び出していった。
「あ、大丈夫だよ?殺してないから♪」
「…………誰だよ」
「ん?」
「誰の指と、目玉だよ」
「ええっとね、誰だったかな。特徴ないとわかりづらいかなと思ったから、変わったやつにしたんだよ。酒場でよくリュート引いてたチビと、弟を探してるとかいう女のやつ!」
タッドとエミーリアだ。俺にはすぐにわかった。
タッドはバードのリュート奏者で、毎日血の滲むような練習を重ねていた。だけど、一度も辛そうな顔はみせず、その才能と努力に支えられた音色は本当に美しかった。
エミーリアは15歳の駆け出し冒険者。
幼い頃に生き別れた弟を探して、自分と同じ目の色をした男の子を見なかったかと聞きまわっては、遠くへと足を運んでいた。取引に必要な素材の採取をした手伝ってくれないかと頼まれたこともある。
本当は冒険者になるような女の子ではなかったのに、弟さんのために生傷を作りながら頑張ってたんだ。
その二人の指と目を取った??俺のことを呼び戻すためだけに??
あの二人が大切にしていたものを、コイツは――――――――――――。
「ぶっっっっっ殺す!!!!!!!!」
俺は腰から剣を抜いてサイラスに斬りかかった。鞘から溢れるように星の光が舞う。
一瞬で間合いを詰められたサイラスは、反応もできず俺の剣の露となった。慣れた肉と骨を斬る手応えを感じ、星とともに血しぶきが上がる。
普通の人間なら、これでおしまいだ。だけど、こいつはこんなんじゃ絶対に死なない。ぴくりとも動かない体を、激情のままに斬って、斬って、斬りまくった。
コイツに手加減なんかいらない。こいつを消してしまわない限り、俺の大切な人の平穏は保たれない。
(ごめん、タッド、エミーリア。俺のせいだ。おれのせいで―――)
どれくらいそうしていただろうか、もうどこを斬ればいいのかすらわからなくなったソレを見て、俺は立ちすくんだ。
すると、遠くの壁に飛び散っていた欠片の一部を目指すように、地に落ちたパーツがすごい勢いで集まり始めた。まるで自らが収まるべき場所を知っているかのように、寸分の狂いもなく集合し、結合していく。それまでにものの2秒もかからなかった。
「化け物が………!!!」
何度再生しようが関係ない。こいつが再生しなくなるまで何度でも殺すだけだ。
憎悪に燃える瞳で剣を握る。
「待ちなさい、リディ!!!!」
間合いを詰めようとした俺を、聞き慣れた声が呼び止める。
それは、ギルドでの手回しを追えて追いついてきたソーニャだった。
「落ち着いてください!!ここで何度あれを斬ったところで、同じことの繰り返しです!」
「でも―――だって、タッドとエミーリアが………!!!!」
「死んでません!確かに奴に体の一部を奪われはしましたが、ふたりとも逞しく立派に生きました!タッドは義指だからこそ可能になる演奏を研究して名を残しましたし、エミーリアはちゃんと弟さんと再会しましたよ」
「でも……俺のせいだってことには変わらないだろうが!!!!!」
癇癪を起こした子供のように叫ぶ俺の頬を、ソーニャは思い切り張り飛ばした。
殆ど痛みなんかなかったけど、俺は衝撃で固まってしまう。
長い付き合いのこのエルフが、俺を殴るなんてことは、一度だってなかったからだ。
「二人を侮るんじゃありませんよ!あのトカゲは二人を国で保護しようと申し出ましたし、欠損をも再生させる上級ポーションも渡したんです!2人は『リディの友人としてアイツに負けたくないから』とそれを固辞して、あえて困難を受け入れた上で幸福を掴むことを選びました。おんなじことを二人に向かって言ってご欄なさい!きっともっとたくさんほっぺたをぶってくれますよ!」
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味覚と嗅覚が死滅中ですが、何とか熱は下がりました。
ストックを吐き出しているので暫くは不定期更新になる可能性もありますが、なるべく一日一回更新を目指します。
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