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16.現実はうまくいかない

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「えーと。それはですね」

 僕個人としてはめちゃくちゃ楽しそうだと思うんだけど、これ乗っちゃっていいのかな。
 芸術家として成功するのもひとつの選択肢といっちゃ選択肢だけど、芸能活動を始めたが最後、もう王妃にはなれないと思う。仮にも王室の一員になろうっていうなら、俗っぽい世界に足を踏み入れるの思わしくない。
 そうなったら、正妃への道は閉ざされ、よくて第三王妃か側室ってとこだろうなぁ。

 確かに僕がアーネストルートを選んだ一番の理由は金のためだったけど、それだけってわけでもない。
 マリクに選ばれなかった場合、アーネストは人の心を理解しないハートレスロボのままで、そんなハートレスロボがいずれは国王になっちゃうってことなんだよ。周りの状況によっては、恐らくこの国は大変なことになる。
 もし戦争にでもなったら、騎士団長になるウィルフレッドの命も危ないし、ウチの領地や家族もどうなるか。うーん、トータルで考えるとマイナスっぽい。

 でも、一応ウィルフレッドには王妃になる気はないですよって体にしてるから、断る理由もないのが困る。普通にいい話だもん。
 それに、ウィルフレッドが後援してくれるってことは、当然上流貴族のサロンに出入りが許されるようになると思う。
 大人気声優の声と主人公チートの歌唱力と前世チートの流行曲があれば、間違いなく人気は保証されてるんだけど……。



「えっと、考えさせてください」


 僕の結論。モラトリアム。問題の先送り。
 アーネストルートの断罪イベントまでは、あと2ヶ月ぐらいだもん。そこまで行けば、ウィルフレッドも断罪されたレニオールが心配でそれどころじゃなくなるはず。
 っていうか、愛するレニオールからアーネストを奪った僕は今度こそ恨まれて、パトロンになろうなんて話自体が立ち消えるよね、うん。

「何故だ。君の歌は素晴らしい。絶対に人気になるし、生活も楽になる」

「ありがとうございます。でも、僕は奨学金で学園に通っているので、勉強しないと。家族が助かるのはありがたいですけど、それで卒業できなくなったらみんなが悲しみます。だから、もし僕が卒業して仕事も決まっていなくて、ウィルフレッド様の気も変わっていなかったらその時にはお願いしたいです」

「そうか……。そうだな、学生の本分は勉学だ。君はよく頑張っているものな」

 ウィルフレッドがめちゃくちゃ優しい顔で笑う。やばい、すっごいイイ。推しが尊すぎる。
 今の僕の回答はウィルフレッドの真面目な性格的に選択肢大正解だもん。これは好感度上げちゃったよ。
 うう、嬉しいけどやばい!

 しかも僕って普段めちゃくちゃ頑張ってる割にあんまり褒められない長男気質だから、包容力のある年上に褒められるのに弱いんだよ。アーネストは包容力っていうより、自分がなんとかしてあげないとこの人ダメになる……ってタイプだから。そういうキャラって他のキャラ攻略してる時も『スマン……(涙)』っていう謎の罪悪感あるよね。

「しかし、それなら尚更のこと、酒場で働いている場合ではあるまい」

「あれは、息抜きみたいなものなので。働くのは好きですし、歌えるし、休みの日だけですから。本当に余裕がない時はお休みさせてもらってます」

「そうか……。なら、君は私専属になるというのはどうだ?」

「は?」

 なんて?専属?ウィルフレッド正気かな?

「サロンへのデビューは色々と支度もあるし時間が足りないだろうが、私の前で歌うだけなら特別な準備は何もないだろう?私は君に聞かせてもらった歌の中で、貴族受けの良いものを選んでリストを作ろう。勿論、君の都合のいい時間にで構わないし、そのたびに対価を支払う。アルバイトのようなものだ」

「え、えっと、それは、えーと」

 ウィルフレッドがグイグイくる。ちょっと待ってよ。僕にはアーネストを攻略する時間が必要なんだよ。
 でも、お金が必要なのも事実。やめて、僕はお金とウィルフレッドには弱いの。

(いやいやいや!押し切られちゃダメだから!ここは心を鬼にして、キッパリと手酷い言葉で拒絶して好感度を下げ)



「歌ってほしい、私のために」


「ハイ♡♡♡」



 あーーーーーーーーーー!!!!


 やってしまった!僕のバカァ!
 だってだって顔が、推しが、僕の手を握ってウヴァァ!!『歌ってほしい、私のために』って、ぐわああああ!!破壊力すごいよお!あんなの、ハイって言うしかないよおおお!わかるでしょ⁉︎わかるよね⁉︎


 かくして、僕はウィルフレッド専属歌い手にジョブチェンジしてしまった。
 完全な股がけ。だ、大丈夫かな、これ。

 現実はゲームと違って一筋縄ではいかないことを噛み締めつつ、僕は一人で地べたに蹲って床を拳で叩き続けた。

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