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番外編

ひめごとびより 3日目

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「あ……あの、父上」

「どうした、レニオール」

 体調を崩して帰宅した夜、久々の家族揃っての晩餐で、俺はおずおずと切り出した。
 恥ずかしいし、あくまでも可能性の話だけど、流石に家族に黙っているわけにはいかない。
 最初に母上だけに打ちあけようかと思ったんだけど、アーネストが帰ったらもう晩餐の時間だったんだ。

「えっと……えっとですね」

「なんだ、はっきり言いなさい」

 父上がが訝しげに僕を見る。兄上たちも、食事をしながら僕を見た。
 うむむ。ここは男らしくちゃんと伝えなくては。

「俺、妊娠したかもしれません」

 ガチャン、とテーブルに着いていた全員がナイフとフォークを取り落す。
 そんな不作法なこと、皆殆どしないから、俺はちょっと驚いた。食器に金属が当たる音って、何だかビクッとしちゃうよな。

 父上はわなわなと体を震わせ、絞り出すような声で言った。

「そ、それは……確かなことなのか?」

「ま、まだ可能性の話なんですが……保健室の先生が、もし心当たりがあるなら、少し様子を見て大事にしなさいって」

「心当たりがあるのか」

 そうストレートに訊かれると恥ずかしい。家族に食事中に自分の性生活の事情を聞かれるなんて、滅多にあることじゃない。
 俺は真っ赤になって俯いて、コクンと小さく頷いた。
 瞬間、バリンとグラスが割れる音がする。

「レニオールが……まだ嫁入り前のレニオールが……あのクソ王太子の毒牙に」

「えっと、兄様?」

 二番目の兄のアルバート兄様が、持っていたグラスを握りつぶしているのを見て、僕は真っ青になる。手が!手が!!!!!血塗れになっちゃうじゃないか!!!!

「正式に王家に抗議しよう」

 長男のセドリック兄様は、真剣な顔で不穏なことを言ってる。ええええ、ほんと待ってよ、予想外過ぎる。
 このまま放って置けば、様子見どころかまだ事実も不確定な状況で城に凸って行きかねない。ちょっと血の気多すぎじゃないか?

「ちょっとお待ちなさいな、ウチの男共はまったく。まだそうと決まったわけではないでしょう」

 流石、母上は頼りになる。やっぱり、母上だけに言えばよかったのかな。
 だけど、父上と兄上達は、母上の至極真っ当な意見にも納得がいかないみたいだ。

「決まったわけではなくても、レニオールの操が奪われたのは事実です」

「婚前交渉とは、我がノクティス公爵家を軽んじているのでは?」

「レニオール、まさか無理矢理ではないだろうな」

 ものすごくギスギスしてる雰囲気。まさかかなり前から学園とかアーネストの部屋とかで、頻繁にあんなことやこんなことしてたなんて言えそうにない。
 でも、このままではアーネストが完全に悪役になってしまう。それはあんまりにも可哀想すぎる。

「無理矢理では……ない、です。一応、その……同意の上でのことで」

 なんという羞恥プレイ。しにたい。家族の顔がまともに見られない。
 
「レニオールが……天使のようにピュアで無垢だった私のレニオールが……」

「あのニヤケた面を晒すようになってから、レニたんなどとふざけた呼び名で呼びやがって……あの変態のせいでレニオールに悪影響が……」

 兄上達がほんとにこわい。こんな怖い兄上達、初めて見るよ。アーネストが出す冷気もすごいけど、うちの兄上もなかなかのものだよ。

「あなたたち、不敬が過ぎますよ!いい加減になさい。大体、もしレニオールが本当にお子を宿していたとして、父親のアーネスト様を貶めてどうするの。レニオールの子が不幸になってもいいの?」

 母上は偉大。母上は正論しか言わない。
 母上は父上と兄上達を一喝して黙らせると、ナプキンで口を拭って食事を終わらせた。
 俺も慌てて口を拭って母上に続く。こんな状況で置き去りにされたら、たまったもんじゃない。
 あんまり食べてないけど、それほど食べたくないんだよなぁ。

「とにかく、まずは様子見ね。先生がそう見立てたということは、既に兆候が見られているということでしょうから、あと10日もすればはっきりするんじゃないかしら。後で私の部屋にいらっしゃい」

「はい、母上」

 俺は頷いて、そそくさと席を立った。ここは逃げるが吉。
 祝福されるならともかく、いつまでも純潔がどうとか騒がれるのはイヤだ。
 大体、俺だってもうすぐ18歳になるのに、いつまでも子供扱いなのはおかしい。自分達だって、18には絶対童貞じゃなかった癖に……。

「レニオール、暫く学園には行かなくていい。家で安静にしていなさい」

 父上がものすごく真剣に言うから、俺は驚いた。
 そりゃ、気をつけて行動はするつもりだけど、疑惑だけで10日も学園を休むなんて普通じゃない。

「父上、やり過ぎです。まだ確定してもいないのに」

「確定していないからこそだ。何も知らない同級生や野獣のせいでお前の身に何かあったらどうする」

 野獣ってまさか、アーネストのことではないですよね、父上……。

「もし本当であれば、お前の胎にはいずれ王になるかもしれない子がいるんだ。普通の妊娠とは訳が違う。万一流れたり、お前の身体に何かあってからでは遅いのだ。そのことをきちんと自覚しなさい」

 最後だけはまともなことを言って、父上は母上と食堂を後にした。
 俺には、従うより他に選択肢がない。
 母上が止めなかったということは、妥当な判断なのだろうし、確かに万が一ってこともある。
 余所見したクラスメイトがぶつかって尻餅をついたり、遊んでいたボールが飛んで来ないとも限らない。
 そして、運悪く不測の事態に陥ったら、アーネストと父上達がクラスメイトに何をするか。考えただけで恐ろしい。

 今の俺は、いつ爆発するかわからない爆弾のようなものなのだ。
 俺は溜息を吐いて、暫く続くであろう籠の鳥生活を思った。



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