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「ノア、お前の両親から手紙が来てたぞ」
「え、本当に魔族の国から手紙なんて送れるんだ……」
驚きつつ、ノアはロウから渡された手紙をしみじみと眺める。
見た目は普通の手紙だが、見たこともない切手が貼られていた。
それからノアは、封を開いて取り出した便箋に目を通す。
筆跡は父──いや、母のゼノのものだった。手紙を読む限り、魔族の国で元気に暮らしているらしい。ずっと心配していたので、ノアはホッと胸を撫で下ろす。
ゼノが魔族の国に移住すると言い出したのは、あのノアとロウが結ばれた日から数日後のことだった。
両親に話を聞かされたとき、最初はノアも反対した。魔族の国なんて、どんな危険があるかわからない。アルバが傍にいるといっても、魔族の中で獣人が暮らすなんてノアには恐ろしいことのように思えた。
しかし、アルバ曰く、魔族の国には獣人や人間も数は少ないが普通に生活しているらしい。自分の国から逃げてきた者、攫われてきた者、魔族と恋に落ちて駆け落ちのようにやってくる者……とにかく色々いるのだという。
『俺がこっちに住むと、獣人たちはみんな怖がっちゃうだろ? でも、ゼノが魔族の国に来ても誰も怖がったりしない。言い方は悪いが、俺たちの方が強いからな。あっちにも獣人や人間が暮らしてるし、俺もいるし、ゼノも大丈夫だって』
『お前もロウがいるんだから、俺たちがいなくても大丈夫だろ? 時々ちゃんと顔を見せにくるから心配するな。手紙も書くしな』
両親の中で、ノアが自分の家族を持ったらふたりで魔族の国で暮らすというのは、前々から決まっていたことらしい。
最低でも月に一度は海を渡って逢瀬を楽しんでいたのだから、ふたりの間には息子のノアも知らない愛がきっとあるのだろう。
──そうして、ゼノとアルバが海を渡って魔族の国に行ってしまったのが約一ヶ月前。
ノアとロウが籍を入れた一週間後のことだった。
ロウのプロポーズは『籍入れるぞ』というシンプルなものだった。
とはいえ、それを告げられたのが結ばれた翌日だったのにはノアも驚かされた。幼馴染で気心の知れた仲ではあるが、まさかそんなすぐに結婚の話が出るなんて誰も思わないだろう。
『えっと……いつ?』
『今、これからだ』
『えっ!? いますぐ結婚するの!?』
『……嫌なのか?』
『いや、嫌じゃないけどさ……先に親に報告とかした方がいいんじゃ……』
『シュラトも無断で結婚してたし、難癖つけられる前に先に籍入れといたらいいだろ』
ロウに説得される形で、ノアはロウとその日のうちに結婚した。
お互いの両親には事後報告になったが、ノアの両親は笑っていたし、ロウの両親も驚いてはいなかった。ノアとロウが想い合っていることを、あちらの両親は随分前から察していたらしい。
──俺たちはお互いにの気持ちに気付いてなかったのに、親ってすごいよな……。
感心しながら、読み終わった手紙を封にしまう。
「お父さんたち、なんだって?」
「あっちで元気に暮らしてるみたい。来月くらいに一回こっちに帰ってくるって」
「そうか」
ロウは軽く頷いてから、ふたり分のコーヒーを淹れはじめる。
豆のいい香りが室内に広がって、ノアはソファの上で大きく伸びをした。
今ノアは、ロウが元々暮らしていた王都の家にロウとふたりで暮らしている。閉鎖的な田舎町よりも、こちらの方がノアにとってはよほど過ごしやすかった。
他の獣人たちに淫魔の血を引いていると気付かれることもなく、今のところは平穏だ。
「ほら」
「ありがとう」
ノアの隣に腰掛けたロウから、コーヒーを受け取る。
ふたりしてコーヒーにたっぷりのミルクを入れてから、まだ温かいコーヒーにそっと口を付けた。
「……あ~、やっぱ美味しいねぇ……」
「ああ、普通の牛乳とは全然違う」
コーヒーに入れたミルクは、幼馴染のシュラトの妻である牛獣人カルナから譲ってもらったミルクだった。
数日前、夕食に招いたときにお土産として持ってきてくれたのだ。
このミルクが、わけのわからないくらい美味い。普通の牛乳より濃厚で、甘くて、でも口に残るような嫌なしつこさはない。
それに、このミルクを飲むといつもより心身ともに調子が良い気がする。きっと牛獣人のミルクは健康に良いのだろう。
「お前、腹は減ってないのか?」
先にコーヒーを飲み終えたらしいロウがふいに尋ねてきた言葉に、ノアは小首をかしげる。
「……? さっき夕飯食べたばっかりでしょ」
「そうじゃなくて……」
ロウの目がニヤリと弧を描いた。
黒い瞳がじっくりとノアの全身を舐めるように見つめてきて、そこでノアはロウの言葉の意図に気付く。
「だっ、大丈夫に決まってるだろ! 昨日もしたんだからっ」
ノアは頬を赤くして叫ぶ。
大体ノアの父のアルバは月一度のゼノとの逢瀬で精気を賄っていたのだから、ノアだって同じくらいで大丈夫に決まっている。事実、ロウと暮らしはじめた今は、前のような体調不良に襲われることもなかった。
「ふーん。ま、腹が減ってるかどうかなんてどうでもいいけどな」
そう言って、ロウはノアに触れるだけのキスをする。
子どものようなキスなのにやたらと心地良いのは、ノアが淫魔だからなのか、相手がロウだからなのか。
唇が離れ、鼻先が触れそうな位置で見つめ合う。
ロウがうっそりと笑って囁いた。
「ノア、俺の可愛い奥さん」
「……それ、シュラトがカルナさんによく言ってるやつだろ」
「別に間違いじゃないからいいだろ。俺にとってはお前が可愛い奥さんなんだから」
「まあ、うん……」
ノアが照れくささに目を泳がせていると、ロウの大きな手がノアの頬を撫で、再び唇が重なる。
ずっと狼獣人として生きてきた。
半分魔族の血が──しかも淫魔の血が流れていると知って、不安で、怖かった。
でも、今はもうちっとも怖くない。
ロウがいれば、自分が狼獣人でも、淫魔でも、どちらでもいいと思えた。
「……ロウ」
「なんだ?」
「俺のこと、ずっと好きでいてくれてありがとう」
「……こちらこそ、ずっと好きでいてくれてありがとう」
ロウが目尻を下げて微笑む。
かっこよくて、優しい、ノアが幼い頃から大好きなロウの笑い方だった。
(終)
+++++++
これで完結です。
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感想ありがとうございます!
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