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「……落ち着いた?」
「う、うん……」

 泣き続けて五分ほどたったところで、ようやく光秋の涙はとまった。
 抱擁が解かれ、リョクが光秋の顔を覗き込んでくる。真っ赤になった目と鼻が恥ずかしくて光秋が俯いていると、優しく笑ったリョクの指先が光秋の頬を撫でた。

「いろいろ話したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……うん」
「じゃ、ゆっくり話せるとこ行こっか。ちょっと離れたとこにカフェとかあるから」
「俺の家、来る……?」
「……いいの?」
「うん、行こ」

 光秋はリョクの手を取り、自宅へと歩きだす。
 周りからの視線を気にしている余裕なんてなかった。というか、家の近くで男と抱き合っていた時点で今更だろう。

 そうして、ふたりは光秋のマンションへとたどり着いた。
 徐々に光秋の鼓動が早くなる。こんなときほど鍵穴になかなか鍵が入らなくて、ひどくもどかしかった。

 ドアを開け、玄関に入った瞬間、光秋は再びリョクに抱きつく。
 ドーナツが入った紙箱が手からこぼれ落ちたが、それを気にする余裕はない。抱きついたときの勢いのまま、光秋はリョクに噛み付くようなキスをした。
 光秋からの口付けに、リョクは一瞬目を見開く。
 しかし、すぐに光秋の体を抱き返し、応えるように口付けを深くする。

 絡めた舌の甘さに、光秋はうっとりと目を閉じた。
 呼吸さえ忘れるほどの激しい口付けに、腰が砕けそうになる。

「んっ……は、あ……」
「……みっちゃん、俺のこと今も好きでいてくれてるの?」
「…………ずっとリョク君が好き。嫌いになんてなれないよ……」

 光秋がそう言った瞬間、リョクの目の色が変わった。
 キラキラとした歓喜とギラギラとした欲望を孕んだその瞳に光秋だけを映して、とろりと目尻を下げる。

「俺も、みっちゃんが好き。だから、あの仕事辞めたんだ。練習相手で終わるとか無理だったから……みっちゃんの本当の恋人になりたかったから」
「……本当に?」
「嘘でこんなこと言わないよ」

 リョクは驚く光秋の手を取り、その指に軽く口付けた。
 そして、視線を交えたまま、甘く囁く。

「好きだよ、みっちゃん。俺と付き合って、俺をみっちゃんの本物の恋人にしてほしい」
「ッ…………!!」

 光秋の頭の中で、ボンッとなにかが爆発したような音が響く。
 顔を真っ赤にした光秋は、狼狽えたように一歩後退りしかけた。が、リョクの手は光秋の手をグッと強く掴んで離さない。
 リョクはその手の力強さとは対照的な弱々しい表情を浮かべ、さみしげな声で光秋に尋ねてくる。

「……ダメ? 金もらってセックスしてたような男とは本気で付き合えない?」
「ち、ちが……っそうじゃなくて……!」

 赤面する光秋は片手で口を覆って、目を泳がせながら言う。

「ゆ、夢みたいで……なんか、信じられなくて……」
「俺と付き合うの、嫌ではないってこと?」
「……うん」
「つまり、オーケーってことだよね?」
「…………うん」

 光秋がおずおずと頷くと、破顔したリョクは再び光秋に口付けた。
 重なった唇がゆっくりと離れて、うれしそうに目を細めたリョクと視線が絡む。

「みっちゃんと恋人になれて、すごくうれしい」
「お、俺も……」

 ──まだ全然実感はないけど……

 本当に夢の中にいるようだった。
 しかし、リョクの体温も、甘い香水の香りも、全部本物だ。

 光秋がぼうっとリョクに見惚れていると、リョクの方もひどく熱を帯びた目線を光秋に注いでいた。
 その熱い視線にさらされただけで、光秋の腹の底がきゅうっと疼く。

「りょ、リョク君……」
「……本当はいろいろ話さなきゃいけないことがあるんだけど、あとでちゃんと話すから──だから、先にいい……?」

 なにを? なんて聞かなくても、その言葉の意味は光秋にもわかった。
 両手で鷲掴みにされている腰に、リョクの腰がぐりぐりと押し付けられている。
 服越しでもはっきりとわかるその硬い感触に、光秋の唇から濡れた吐息がこぼれた。

「んっ、ぅ……」
「みっちゃん、ダメ?」
「っあ、あ、ンッ……!」

 腰を掴んでいたリョクの手がするりと滑り、光秋の臀部をやわやわと揉みはじめる。
 光秋の腰が反って、いっそうリョクの腰と密着した。
 リョクは楽しげにくすりと笑う。

「みっちゃんのも硬くなってるね」
「あっ、ん……っ」
「……ね、ベッド行こ? このままだとここでみっちゃんのこと襲っちゃいそう……みっちゃんのやらしい声、誰にも聞かせたくない」

 光秋はその言葉で、自分たちがまだ玄関にいることをはたと思い出す。
 おそらく今までの会話などは外に漏れていないだろうが、この先はわからない。
 光秋は羞恥に頬を赤らめ、こくりと頷いた。

「……ベッド、行く」
「ありがと、みっちゃん」

 満足げに口角を上げたリョクは光秋の手を引き、ふたりは寝室へと向かった。

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