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「この、ドロボウ猫!」
キーーッと金切り声をあげて、アネットがシルヴィに飛び掛かった。
パン! と乾いた音が響く。
アネットが頬を抑えた。
「いい加減にしなさい」
「お、お母様……」
アネットを叩いたのは母だった。
ふだんは黙って父の横にいるだけの母が、鬼の形相で自分の末娘を睨んでいる。
「いつからアネットはそんな子になってしまったのですか」
わりと昔からだと思ったが、シルヴィは何も言わなかった。
父も母も、兄たちも姉も、アネットのすることに少しも気づいていなかったのだ。甘え上手の末っ子を、みんなで溺愛していた。
そのことをどうこう言うつもりはない。
シルヴィのこともちゃんと愛してくれているのを知っているから。
けれど、アネットは「シルヴィお姉様ばかり可愛がる」と叫んで、急に大声で泣き始めた。
涙が出ない噓泣きではあるが、どこか本気が混じっているというか、必死な感じだった。
「お父様もお兄様たちも、マチルドお姉様も、お母様まで、アネットよりシルヴィお姉様が可愛いんだわ。アネットなんかいらなかったのよ! こんなに可愛い子は、一人いれば十分だもの!」
こんなに可愛い子は、の部分に、おい、とツッコミを入れたくなるのを堪えて、「そんなはずがないでしょう」と母とマチルドがアネットを抱きしめた。
「シルヴィはシルヴィ、アネットはアネットよ」
「嘘よ。いつも、間違えて私をシルヴィって呼ぶくせに」
それはお互い様だ。
シルヴィもしょっちゅうアネットと間違えられる。
けれど、その部分について、母は優しく謝った。
「それが嫌だったの? だったら、お母様が悪かったわ。ごめんなさいね」
アネットは母の胸に顔を埋めてしくしく泣き始めた。泣きまねだけれど、母はよしよしとアネットの背中を撫でる。
兄たちと父も、仕方がないね、みたいな顔でアネットを見ていた。
唯一、マチルドだけが、目にかすかな疑惑の色を浮かべているように見えたが、この時は特に何も言うことはなかった。
そうして家の中の雰囲気は、なんとなくではあるが、いったん落ち着いた感じになった。
のだが……。
「許さないんだから。ドロボウ猫」
アネットは、ほかの家族がいないところで、一日に何回もシルヴィを責めるようになった。
いままでもいろいろな嫌味を言われてきて慣れているとはいえ、嫌な気持ちになることに変わりはない。
ため息を吐いていると、扉の陰から現れたマチルドがそっと耳打ちしてきた。
「聞いたわ、シルヴィ。お父様たちにも聞かせてあげなきゃだめ。こっそり隠れてもらうから、アネットには、あなたと二人きりになったように思わせてごらんなさい」
「アネットをだますの?」
「仕方ないわよ。あの子が悪いんだもの」
キーーッと金切り声をあげて、アネットがシルヴィに飛び掛かった。
パン! と乾いた音が響く。
アネットが頬を抑えた。
「いい加減にしなさい」
「お、お母様……」
アネットを叩いたのは母だった。
ふだんは黙って父の横にいるだけの母が、鬼の形相で自分の末娘を睨んでいる。
「いつからアネットはそんな子になってしまったのですか」
わりと昔からだと思ったが、シルヴィは何も言わなかった。
父も母も、兄たちも姉も、アネットのすることに少しも気づいていなかったのだ。甘え上手の末っ子を、みんなで溺愛していた。
そのことをどうこう言うつもりはない。
シルヴィのこともちゃんと愛してくれているのを知っているから。
けれど、アネットは「シルヴィお姉様ばかり可愛がる」と叫んで、急に大声で泣き始めた。
涙が出ない噓泣きではあるが、どこか本気が混じっているというか、必死な感じだった。
「お父様もお兄様たちも、マチルドお姉様も、お母様まで、アネットよりシルヴィお姉様が可愛いんだわ。アネットなんかいらなかったのよ! こんなに可愛い子は、一人いれば十分だもの!」
こんなに可愛い子は、の部分に、おい、とツッコミを入れたくなるのを堪えて、「そんなはずがないでしょう」と母とマチルドがアネットを抱きしめた。
「シルヴィはシルヴィ、アネットはアネットよ」
「嘘よ。いつも、間違えて私をシルヴィって呼ぶくせに」
それはお互い様だ。
シルヴィもしょっちゅうアネットと間違えられる。
けれど、その部分について、母は優しく謝った。
「それが嫌だったの? だったら、お母様が悪かったわ。ごめんなさいね」
アネットは母の胸に顔を埋めてしくしく泣き始めた。泣きまねだけれど、母はよしよしとアネットの背中を撫でる。
兄たちと父も、仕方がないね、みたいな顔でアネットを見ていた。
唯一、マチルドだけが、目にかすかな疑惑の色を浮かべているように見えたが、この時は特に何も言うことはなかった。
そうして家の中の雰囲気は、なんとなくではあるが、いったん落ち着いた感じになった。
のだが……。
「許さないんだから。ドロボウ猫」
アネットは、ほかの家族がいないところで、一日に何回もシルヴィを責めるようになった。
いままでもいろいろな嫌味を言われてきて慣れているとはいえ、嫌な気持ちになることに変わりはない。
ため息を吐いていると、扉の陰から現れたマチルドがそっと耳打ちしてきた。
「聞いたわ、シルヴィ。お父様たちにも聞かせてあげなきゃだめ。こっそり隠れてもらうから、アネットには、あなたと二人きりになったように思わせてごらんなさい」
「アネットをだますの?」
「仕方ないわよ。あの子が悪いんだもの」
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