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 翌日には王宮から使者が来て、公衆の面前で王太子を侮辱した疑いがあるとして、アネットに婚約の破棄が言い渡された。

 さらにその翌日、学園の門の前で馬車を降りたシルヴィを、テランスの服装をしたジェラルドが待っていた。帽子のつばを深く下ろして顔を隠している。

 ジェラルドは最初に、ドニエ公爵家への使者が一方的な態度を取ったことを詫びた。
 王家の者が自らの非を臣下に詫びることは滅多にないので、婚約破棄の理由についてドニエ公爵家では納得していた。

 けれど、ジェラルドは、自分にも非があったと誠実な言葉を口にする。
 その姿は、やはりシルヴィが知っているテランスと同じだった。

「シルヴィ、改めてきみに結婚の申し込みをしたい。こんな間抜けな僕ですまないけど」
「ジェラルド様……」

 二日前の困惑は収まり、今はまっすぐジェラルドを見ることができた。
 彼が王太子でも、どこの誰ともわからないテランスでも、変わらず魅かれている自分に気づく。シルヴィは自分の心に素直になることにした。

「申し込みを受けてくれるかい?」
「喜んで、お受けいたします」

 ジェラルドの顔がパッと輝く。

「本当に?」

 シルヴィははにかみながら、小さく頷いた。

 ジェラルドが上衣のポケットからハンカチを取り出し、華麗な字体で縫い取られた「S」の文字をシルヴィに見せた。
 シルヴィには見慣れた刺繡である。

「心の隅にこのイニシャルが引っかかっていて、アネットでもマチルドでもない妹が、テオドールにはいるのだろうかと、かすかに思ったはずなのに……」

 ドニエ公爵家の令嬢であること、舞踏会の招待客リスト、教会でエドワールが呼んだ名前、ほとんど見分けのつかない同じ顔、それらに翻弄されて、自分の心の引っかかりを見過ごしてしまった。そのことを深く反省したいとジェラルドは言った。

「ドニエ公爵家には迷惑をかけた。アネットにも悪いことをした」

 生真面目に悔恨を口にするジェラルドに、シルヴィは「あまり、ご自分を責めないでください」とだけ言った。

 父にとっては、おそらく、王太子妃に選ばれるのがアネットでもシルヴィでも、そんなに大きな違いはないと思う。
 公爵家の面子は保たれる。
 そして、子どもたちにできるだけよい相手をと望んでいる父は、アネットのこととは別に、シルヴィの幸せそのものを喜んでくれる気がした。

 また、アネットには、下手に謝らないほうがいいかもしれないとも思った。
 曲解の天才であるアネットは、こちらが思いもしないような捕らえ方をする。
 たとえわずかでもジェラルドが後悔していると知れば、それは自分に未練があるからだとか、やはり本当に愛しているのは自分だからだとか、そんなことを言いだしそうで、なんだか怖い。

 家族であり、大事な妹であるアネットを憎むことはないけれど、あの歪んだ受け取り方や、恐ろしく強い承認欲求は、さすがに警戒せずにはいられない。

 まわりからちやほやされている時のアネットは、見ていて少し恥ずかしいけれど、まだいいのだ。
 これから先のことを思うと、嬉しさの反面、少しだけ憂鬱になった。 
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