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 王都の郊外に館を持つドニエ公爵家は、田舎の領地のほかに館の周辺にある村をいくつか治めていた。

 日曜の朝は、いつも、その中で一番大きなアリヨ村の教会に家族で出かける。
 領地の管理を手伝う下級貴族の一家も何家族か礼拝に来るが、集まるのはほとんどが平民だった。

 両親と二人の兄、姉のマチルドと一緒にシルヴィは教会を出た。
 決して華やかな社交の場とはいえない礼拝に、アネットが参加することは稀だ。昼近くまで眠り、気が向いた時や両親に何かお願い事がある時にだけ、遅れてやってきて、短いそぞろ歩きプロムナードに加わる。

 そんな時でも誰より華やかに着飾ることは忘れない。
 下級貴族の令息たちに笑顔を振りまき、彼らがぼうっと見とれるのを楽しんでいた。

 ほかの貴族たちと会話を楽しみながら馬車だまりまでの道をそぞろ歩きしていたシルヴィは、テオドールが手を振った先にいる人物に、目を瞠った。

(テランス様……)

 屈託のない笑顔を浮かべたテランスがドニエ公爵一家に近づいてくる。
 テオドールが呆れたように言った。

「テランス、またそんな格好で……」

 苦笑する兄の後ろで、父と母は質素な身なりのテランスにうやうやしく頭を下げた。
 テランスも丁寧にあいさつをする。

「一度、こちらの教会の様子も見てみたくて……。というのは、言い訳で、彼女に会いたくて来てしまいました」

 そう言って、シルヴィに甘い笑みを向ける。

「そぞろ歩きの間、少し話してもいいかい? アネット」

「え……?」

 ドニエ公爵家の家族全員が、一瞬、固まる。
 すぐに立ち直ったテオドールが笑いながら言った。

「テランス、こっちはシルヴィだ。アネットはまだ家で寝てるよ」

「え……?」

 今度はテランスが固まった。

「シルヴィ……?」
「そう。シルヴィ。アネットの姉だ」

「待て、テオドール、きみの妹は二人じゃなかったのか? 確か、三つ下と四つ下に妹がいると……」
「三人だよ。三つ下のマチルドと、四つ下のアネットとシルヴィ。二人は双子だからね。ナタリーに聞いたことがないかい?」
 
 テランスは首を振った。
 ばたばたしていて、帰国してからほとんど顔を合せていないのだともごもご言う。

 そして、徐々にこの世の終わりのような表情になって、頭を抱えてしまった。

「なんてことだ……、僕は、とんでもない失敗をしてしまったぞ! シルヴィだって? そうだったのか、だからハンカチのイニシャルが……」

 バカだった、と自分の頭をポカポカ叩いた。

 父と母、兄たちと姉とが呆気に取られる中、テランスがシルヴィの前に立った。
 シルヴィには何が何だかわからなかった。

「アネット……、いや、シルヴィ……、ああ、なんてことだ……」
 
 ちょうどその時、馬車だまりのほうからアネットがうきうきと歩いてきた。

「お父様~、ちょっとお願いがあるのぉ。ドレスをもう一着……」

 一行に近づくなりおねだりを始めたアネットは、質素な身なりの男性と向き合って立つシルヴィを見て「まあ、嫌だわ」と言って笑った。

「お姉様ったら~、いくら焦ってるからって、そんな貧乏くさい人にまで色目を使うなんて! ほんと、恥ずかしいんだから~!」

 おほほほほ、と高笑いするアネットを、家じゅうの者が真っ青な顔で凝視した。

「あら、お父様もお母様もどうなさったの? ねえ、シルヴィお姉様になんとか言ってよ。そんなみすぼらしい人に関わるのはやめなさいって」

 シルヴィはキッとアネットを睨んだ。

「アネット、なんて失礼なことを言うの?」
「だって、いくらなんでも、もう少しマシな人がいるでしょ。私の立場も考えて、付き合う人は選んでほしいわ」
「アネット!」

 あからさまに蔑まれたテランスのことがシルヴィは心配だった。
 しかし、テランスは小さく苦笑しただけで、背後に立つアネットに言った。

「シルヴィに、僕と関わるなと言うくらいだから、あなた自身も僕とは関わりたくはないのでしょうね? アネット」
「当たり前でしょ。気安く呼ばないでちょうだい。私は、王太子殿下の……」

 振り向いたテランスの顔を見た瞬間、アネットは凍り付いたように固まった。

「で、殿下……?」 
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