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 無知な者を無知だと笑うことの何がいけないのだろう。
 メリザンドには意味が分からなかった。
 ものを知らないことは恥ずかしいことじゃないですって? いったいブリジットは何を言っているのだろう。

「恥ずかしいに決まってるじゃない」

 メリザンドは新しい記事を書くことにした。
 知らないことを恥とも思わないB嬢の記事だ。

「もっと笑い者になればいいんだわ」

 ところが、例の酒場でダニオに会うと、記事はもういらないと言われた。

「さすがに、デタラメすぎるんじゃないかって、苦情が殺到してさ」
「デタラメじゃないわ。本当に、お姉様は無知なんだから」
「だから、そこがさ。あのブリジット・エモニエ嬢が、無知っていうのに無理がありすぎるんだよ。ふつうの貴族だって、辺境伯の地位の高さを知らないわけがないんだから。逆にM嬢、つまりあんたが笑われてるよ。いくらなんでも、盛りすぎだってね」
「なんでよ。なんで、私が笑われるの? 本当にお姉様は知らなかったのよ! 田舎貴族って呼んでるのを聞いたんだから」
「仮にそうだとしても、それくらいのことであそこまでこき下ろすのは、ちょっとやりすぎたな」

 それに、とダニオは言う。

「あんたの父親からも釘を刺されちまったしさ」
「お父様? お父様に私が書いてるってばらしたのは、あんただったの?」
「だって、黙ってちゃ悪いだろ。貴族の娘が、いわば身内とも言える貴族のスキャンダルや落ち度を暴露して、めちゃくちゃ笑い者にしてたんだ。バレたら、ただじゃ済まないよ。その時に、一番迷惑するのは、あんたの父親だ。教えてやらなきゃまずいと思ってさ」

 だから、今のうちに手を引けよとダニオは言った。

「じゃないと、父親に迷惑がかかるぜ。俺は、もうあんたとは関わり合わないでおくよ」

 それがメリザンドとエモニエ伯爵家のためだとダニオは続ける。
 メリザンドは納得できなかった。

「何よ。私の記事が載ってるから、新聞は売れるのよ! 私が書かなくなったら、あんたが困るのよ? それでいいの?」

 勝ち誇ったような顔で言い放つが、ダニオは視線も上げずに笑っただけだった。

「代わりの記事を書く奴なんか、いくらでもいるさ。あんたの記事がなくたって、新聞は売れる」
「嘘よ。強がらないで」
「強がってなんかいないよ。あんた、何か勘違いしてるみたいだけど、新聞が売れるのは俺の力だ。あんた程度の記事を書く人間なんか、すぐに見つけてみせる」

 それより、とダニオはメリザンドを見上げた。
 口元がにやりと笑う。

「あんた、どこかの修道院に送られるんじゃないのかい? こんなとこをふらふらしてて大丈夫かい? 修道院が牢獄に変わらないうちに、屋敷に戻ったほうがいいんじゃないか?」
「牢獄?」
「名誉棄損で訴えるって言ってる貴族がけっこういるんだよ」
「なんですって?」
「俺としては、自分の身は守りたいし、いよいよとなったら、あんたの名前を出す可能性もなくはない」
「あんた……」
「なるべく証拠が増えないように、俺とこんなとこで会ってるところは、人に見られないほうがよくないか? 目撃者が大勢いたんじゃ、白を切るのも難しくなるだろ?」
「この、ろくでなしが!」
 
 捨て台詞を投げつけてメリザンドが立ち上がる。
 何を言われようが、どこ吹く風のダニオは「せいぜい正体がバレないように、頑張るんだな」と言って、酒場を出ていくメリザンドにひらひらと手を振った。

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