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第22話 愛したのは
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どれくらい走っただろうか。
ルカの言う通り、確かに西門には人気がなかった。もともと西門は裏街側の門であることもあり、商人や業者、身分の低い旅人たち、それこそ娼婦などしか出入りしない門ではあった。そんな門の傍らに、フードをかぶった男が2、3人と、馬車が一台停まっていた。
「叔父様!」
ティナが叫ぶと、男は、フードをとった。テミスト叔父だった。
「話はあとだ!乗って!」
促されるままに馬車に乗り込むやいなや、ものすごい勢いで馬車が走り始めた。
「叔父様…お父様と、エドガルドが…それから、レオンシオが、大軍で叔父様の領地を攻めようと…」
「ああ、そのようだな…本当は北門から入りたかったが、ちょうど王太子軍の召集地点になっていてね…ぐるりと迂回してこちらから来たわけだ。ちょうど会えて、よかった。」
テミスト叔父は、ティナの肩を抱いた。
「だいじょうぶ、兄上にせよ近衛師団にせよ、今すぐ殺しはしないはずだ。やるなら民の前で、見せしめに…だろう。兄上の早馬、それからティナが素早く鷹を飛ばしてくれたおかげで、北方軍はすでに召集を終えて、領地を出発し、進軍している。なるべく王太子軍が進軍を始める前に、王都北門の前に陣を展開したい。」
「でも叔父様、それで勝ち目があるのでしょうか…補給線も伸びてしまいますし、王都を包囲したとしても、王太子軍は大軍です…それに、周囲の貴族たちだって。」
「ティナ、落ち着きなさい」
テミストが、さとすように言った。
「『国王を殺した』といって、人望の厚い宰相と近衛師団長を投獄した。確たる証拠もないのに…加えて、彼らに近しい人々を問答無用で投獄していっている。そんな為政者を支持する民が、どれほどいると思うかい?」
「しかし、神殿勢力の後ろ楯が…」
「義のない戦いは、ただの野蛮だ。それが分からないほど、民も、兵も馬鹿ではない。ティナ、ティナは王都の貴族なのだから、王都の民を信じなさい。」
叔父の言葉に、ティナは不安に押し潰されそうになりながら、頷いた。
◆◆◆
「一両日中に揃う、と言ってから、何日かかっているんだ!」
北門前の広場に、苛立ったレオンシオの声が響く。
「は、なかなか徴兵が進まず…国王陛下の喪に服したい、と、従軍を拒否するものもいて…各地で人集めが難航しておりまして…」
「では、王宮の兵士を出せばよいではないか!」
「王宮の兵はすべて出ているか…もしくは、牢獄におりまして…義のない戦いに身を投じるくらいなら、と自ら牢に入るものが後を立たず…」
「兵隊風情が…兵隊は王のいう通り、動けばよいのだ!おい、エミリア!神殿から人をかき集めろ!」
「それは無理というものですわ。我らが神は、戦を嫌っていますもの…」
神官服から豪奢な絹のドレスに召し替えたエミリアが、レオンシオの言葉につれなく応じた。
「クソ坊主どもが…」
「あら、言葉を慎んだ方がよろしくてよ、王太子殿下。誰のおかげで貴方が王になれたのか…我らが神のお導きであることを、ゆめゆめお忘れなきよう。」
エミリアの言葉に、レオンシオは盛大に舌打ちした。
「報告いたします!辺境伯の軍勢が…北方1日の距離に!」
「鴨がねぎ背負ってきたか…北門前で迎え撃て!」
レオンシオはにやり、と笑った。
「北門広場に、反逆者どもを引っ立てろ…少し予定が早まったが、明日、カリストとエドガルドを処刑する…弟の前で、兄をギロチンにかけてやれ。」
◆◆◆
王都北門前。居並んだ辺境伯の軍勢は、わずか5千。
それに対し、まだ召集を完了していない王太子軍は、それでも倍する1万はいると思われた。
(これだけの戦力差…しかも敵地での戦い。長引けば、こちらが不利…しかも後ろを突かれて補給線を絶たれれば、それだけで壊滅。どう見ても勝ち目のない戦いだわ…)
「テミスト様、北門広場に、カリスト様が…処刑の準備が進んでいるようです」
「くそっ、あんのアホ王太子、早まったな…!」
望遠鏡のようなものをのぞいていた兵士が、テミストに報告する。
謀叛、そして処刑。形は違えど、今までのループで破滅するときと同じような状況になりつつある。ティナは懐に入れている毒薬の小瓶を、ぎゅっと握りしめた。
(今回は、だいぶ良いところまで行ったわ…ここで死んで、ループすれば…きっと次は、うまくいくはず。次は最初から近衛兵団に入って、…父上と叔父様に警告して。そうだ、エミリアもちゃんと殺して。神殿勢力と王太子が手を組む前に、陰謀を止められれば…次こそは。)
「それから、近衛師団の連中も…くそっ、あんな小さいガキまで!正気かよ!エドガルド様も一緒です…!」
見張りの兵が怒りに声を荒げながら報告する。
(ルカ…エドガルド!)
自分を姐さんと慕い、危険を承知でかくまい、さらには自分を囮に逃がしてくれたルカ。
そして、エドガルド。今のティナしか知らない、今のティナを守りたい、今の自分を大切にしてくれ…そう言ってくれたエドガルド。
あの夜営での、エドガルドの表情がよみがえった、瞬間。
「そうか、わたしは…」
ティナは、握っていたこぶしを少し緩める。毒薬を詰めた小瓶が地面に落ち、粉々に割れた。
「わたしは、今のエドガルドを助けたい…!」
ループして、1からやり直すのではなく。
ティナが愛したのは、幾度ものループの中で、一人きり。200回目のループで心臓を貫き、201回目のループで出会った、近衛師団長エドガルドだった。
そしてルカ、カリスト、テミスト…今この瞬間をともにしている人々を、ティナは救いたいと思った。
だからもう、ループには頼らない。今回のエドガルドを、父を、近衛師団を、救うー…そのためにずっと力を蓄えてきたのだと、今なら思うことができた。
ティナは覚悟を決め、レイピアを握りしめた。
ルカの言う通り、確かに西門には人気がなかった。もともと西門は裏街側の門であることもあり、商人や業者、身分の低い旅人たち、それこそ娼婦などしか出入りしない門ではあった。そんな門の傍らに、フードをかぶった男が2、3人と、馬車が一台停まっていた。
「叔父様!」
ティナが叫ぶと、男は、フードをとった。テミスト叔父だった。
「話はあとだ!乗って!」
促されるままに馬車に乗り込むやいなや、ものすごい勢いで馬車が走り始めた。
「叔父様…お父様と、エドガルドが…それから、レオンシオが、大軍で叔父様の領地を攻めようと…」
「ああ、そのようだな…本当は北門から入りたかったが、ちょうど王太子軍の召集地点になっていてね…ぐるりと迂回してこちらから来たわけだ。ちょうど会えて、よかった。」
テミスト叔父は、ティナの肩を抱いた。
「だいじょうぶ、兄上にせよ近衛師団にせよ、今すぐ殺しはしないはずだ。やるなら民の前で、見せしめに…だろう。兄上の早馬、それからティナが素早く鷹を飛ばしてくれたおかげで、北方軍はすでに召集を終えて、領地を出発し、進軍している。なるべく王太子軍が進軍を始める前に、王都北門の前に陣を展開したい。」
「でも叔父様、それで勝ち目があるのでしょうか…補給線も伸びてしまいますし、王都を包囲したとしても、王太子軍は大軍です…それに、周囲の貴族たちだって。」
「ティナ、落ち着きなさい」
テミストが、さとすように言った。
「『国王を殺した』といって、人望の厚い宰相と近衛師団長を投獄した。確たる証拠もないのに…加えて、彼らに近しい人々を問答無用で投獄していっている。そんな為政者を支持する民が、どれほどいると思うかい?」
「しかし、神殿勢力の後ろ楯が…」
「義のない戦いは、ただの野蛮だ。それが分からないほど、民も、兵も馬鹿ではない。ティナ、ティナは王都の貴族なのだから、王都の民を信じなさい。」
叔父の言葉に、ティナは不安に押し潰されそうになりながら、頷いた。
◆◆◆
「一両日中に揃う、と言ってから、何日かかっているんだ!」
北門前の広場に、苛立ったレオンシオの声が響く。
「は、なかなか徴兵が進まず…国王陛下の喪に服したい、と、従軍を拒否するものもいて…各地で人集めが難航しておりまして…」
「では、王宮の兵士を出せばよいではないか!」
「王宮の兵はすべて出ているか…もしくは、牢獄におりまして…義のない戦いに身を投じるくらいなら、と自ら牢に入るものが後を立たず…」
「兵隊風情が…兵隊は王のいう通り、動けばよいのだ!おい、エミリア!神殿から人をかき集めろ!」
「それは無理というものですわ。我らが神は、戦を嫌っていますもの…」
神官服から豪奢な絹のドレスに召し替えたエミリアが、レオンシオの言葉につれなく応じた。
「クソ坊主どもが…」
「あら、言葉を慎んだ方がよろしくてよ、王太子殿下。誰のおかげで貴方が王になれたのか…我らが神のお導きであることを、ゆめゆめお忘れなきよう。」
エミリアの言葉に、レオンシオは盛大に舌打ちした。
「報告いたします!辺境伯の軍勢が…北方1日の距離に!」
「鴨がねぎ背負ってきたか…北門前で迎え撃て!」
レオンシオはにやり、と笑った。
「北門広場に、反逆者どもを引っ立てろ…少し予定が早まったが、明日、カリストとエドガルドを処刑する…弟の前で、兄をギロチンにかけてやれ。」
◆◆◆
王都北門前。居並んだ辺境伯の軍勢は、わずか5千。
それに対し、まだ召集を完了していない王太子軍は、それでも倍する1万はいると思われた。
(これだけの戦力差…しかも敵地での戦い。長引けば、こちらが不利…しかも後ろを突かれて補給線を絶たれれば、それだけで壊滅。どう見ても勝ち目のない戦いだわ…)
「テミスト様、北門広場に、カリスト様が…処刑の準備が進んでいるようです」
「くそっ、あんのアホ王太子、早まったな…!」
望遠鏡のようなものをのぞいていた兵士が、テミストに報告する。
謀叛、そして処刑。形は違えど、今までのループで破滅するときと同じような状況になりつつある。ティナは懐に入れている毒薬の小瓶を、ぎゅっと握りしめた。
(今回は、だいぶ良いところまで行ったわ…ここで死んで、ループすれば…きっと次は、うまくいくはず。次は最初から近衛兵団に入って、…父上と叔父様に警告して。そうだ、エミリアもちゃんと殺して。神殿勢力と王太子が手を組む前に、陰謀を止められれば…次こそは。)
「それから、近衛師団の連中も…くそっ、あんな小さいガキまで!正気かよ!エドガルド様も一緒です…!」
見張りの兵が怒りに声を荒げながら報告する。
(ルカ…エドガルド!)
自分を姐さんと慕い、危険を承知でかくまい、さらには自分を囮に逃がしてくれたルカ。
そして、エドガルド。今のティナしか知らない、今のティナを守りたい、今の自分を大切にしてくれ…そう言ってくれたエドガルド。
あの夜営での、エドガルドの表情がよみがえった、瞬間。
「そうか、わたしは…」
ティナは、握っていたこぶしを少し緩める。毒薬を詰めた小瓶が地面に落ち、粉々に割れた。
「わたしは、今のエドガルドを助けたい…!」
ループして、1からやり直すのではなく。
ティナが愛したのは、幾度ものループの中で、一人きり。200回目のループで心臓を貫き、201回目のループで出会った、近衛師団長エドガルドだった。
そしてルカ、カリスト、テミスト…今この瞬間をともにしている人々を、ティナは救いたいと思った。
だからもう、ループには頼らない。今回のエドガルドを、父を、近衛師団を、救うー…そのためにずっと力を蓄えてきたのだと、今なら思うことができた。
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