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第五章 導き出した答え

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 膝に気を遣いながら走るのは慣れていない。怪我をしてからは、そもそも走らないように注意してきたのだ。
 以前に思わず全力で走ってしまったときの痛みが頭の片隅で思い起こされる。リフティングくらいなら問題はなくても、地面を蹴って進むとなると負荷は大きい。
 しかしそれでも、俺は焦らずにいられなかった。早歩きのような駆け足のような、左足を庇った歪な走り方は我ながら滑稽だ。かすかな痛みから下半身は勢いをセーブするも、上半身はやたらと急いて前へ傾く。
 そうして、頭に浮かべた目的地を一心に目指してただ進んだ。いや正確には、思い浮かべたのは人の顔だったが、この際大きな違いはないだろう。
 おかしなほどに確かな予感が、胸にはある。あいつはどうせ、あの駅前にいるはずだと。
 孝文と話して、俺は答えを見つけた気がした。探し求めた末の答え。俺が、鳴海と千種に伝えるべき答え。だから絶対、この想いは二人に伝えきってみせる。
 大丈夫だ。鳴海はまだ千種を、ギターを見限ってなんていない。全然諦めてなんていないんだ。
 だって鳴海は、あんなにも必死になって無視をして、徹底的に嫌ったのだ。普段はとても淑やかで、何があっても動じずに穏やかな笑顔を浮かべて……そんな風に振る舞える鳴海が、俺と千種の言葉に対して、あんなにも我を忘れて怒ったのだ。激しく真剣に、本気になって憤ったのだ。そこに一切、建前はない。彼女の奥底にある本音を全部、ひたすらに鋭い眼差しでぶつけてきた。
 それでよかったのだ。
 誰だって人は、自分が本気でないものに、あそこまで大きな想いを抱かない。悲しいのも、許せないのも、本気だからこそ抱く感情に他ならない。自分の全てだと言える存在に捧ぐ想いは、魂にも等しき重みを持っている。それは自分がサッカーを失ったとき、否応なく感じたことでもあったのだ。
 見ないようにするというのは、その実、見るのと同じであり、意識して視界に捕らえるのと何ら変わりない。まったく反対の行為に見えて、根ざす本質的な想いは一緒だったりするのかもしれない。
 だとするならば、もし逆に何の波風も滞りもなく、激情もなく笑顔であっさりと断られ続けたら、本当に望みはなかっただろう。考えてみればみるほど、今の状況はいくらか楽観的である。十分に前進の可能性を秘めていると言える。
 いや、まあ、おめでたい思考回路をしていることは否定できない。そんなのは全部先刻承知、自覚の上だ。
 俺はどうしても、何が何でも鳴海と千種のギターを聴きたい。それはやっぱり好きだからで……でもなぜそう思ったのか、今ならわかる。俺の中に眠っていた感情に、孝文が気づかせてくれたのだ。
 決して慰めなどではない。確かな理由を、胸を張って主張できる。もう絶対、迷ったりなんてしない。
 だから俺はもう一度……どんなにしつこくても、滑稽でも、愚かしくても……もう一度鳴海に手を伸ばそう。この声を鳴海の心に響かせてみせよう。
 そのための秘策が、俺にはあった。というよりも今思いついたのだが、そんなことは構うものか。以前は届かなかった俺の言葉を、鳴海に届けるための、そのための秘策。今の俺にできる、考え得る限り精一杯の選択。
 頭を使って考える時間は、もう終わった。進むべき道を定めたのだから、次は夢中で前を目指して進むだけだ。足を回し、手でもがき、信じた道をただ前へ進む。
 俺は逸る想いを必死に押さえ、ようやく目的の場所までたどり着いた。
 訪れ慣れた都心の駅。地下の改札から、最短ルートで地上へ上がる。代わり映えしない風景を全部いっさい素通りして、大通りに出て周りを見渡す。
 そして俺は人混みの向こう側に立ち尽くす少女を――千種を見つけた。
 彼女はいつもギターを弾いていた壁際ではなく、そこから少し離れた通りの隅に立っている。部屋着のような地味な私服。コートではないし底の高い靴でもない。髪だって普通の状態で、何よりギターを持っていない。ひどく疲れきった目で消沈して、そのためか本来放つべき輝きを失った彼女は、小さく雑踏に埋没していた。
「千種っ!」
 俺が駆け寄ると彼女の肩がびくりと跳ねる。
 驚いた表情を目の前にして、そのまま構わず叫ぶように、俺は告げた。
「ギターを、俺に教えてくれ!」
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