8 / 36
Menu 2『Uva』
『Uva』①
しおりを挟む
私がこのカフェに来るようになって、もう二年ほどが経っただろうか。いくつかのバイトを掛け持ちしている私は、その合間や前後にここを訪れる。特に、金曜の夕方から都心のバーで夜通し働いたあと、帰宅ついでの土曜の早朝からここで紅茶を飲むのが至福の時間だった。
そんなお気に入りのカフェに、近頃、変化があった。
「もうマスターってば。あたしのことは名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですかー」
「え、だから呼んでるだろ。菜乃花さんって」
「さん付いてるじゃないですか!」
今までマスターさんが一人で切り盛りしていたところに、突然バイト志望の女子高生がやってきたのだ。そのとき、ちょうど私もその場に居合わせたのだが、バイトの申し込みと同時にマスターさんに公開告白をするという彼女の体当たり具合には、かなり驚かされたものだった。
「なんだよ。付いてないほうがいいのか?」
「当たり前じゃないですかー」
「当たり前なのか……最近の女子高生ってわからんもんだな」
「呼び捨てで呼ばれたいんですよ。マスターのかっこいい声で、菜乃花って!」
「はぁ……? まあ、そのほうが呼びやすいし、そっちがいいならいいけどさ」
そんな彼女がバイトに来始めて、はや半月。徐々に仕事にも慣れてきた様子だったが、最初のうちは騒がしい光景を何度か目にした。
皿洗いでケーキプレートを盛大に割ったり。
茶葉を保管する缶を頭上の棚に並べようとして、ドミノ倒しで一つ残らず落下させたり。
レジを打ち間違えて、店の端から端までありそうな極長レシートを生み出したり。しかもそのレシートは私の会計のときのもので、お釣りが五十万円になっていたりもした。はたして私は何を注文していくら払ったのか。
毎度、怒ったり呆れたり笑ったりしながらうなだれるマスターさんの表情で写真集が一冊作れそうだな、なんてことを私は密かに思っていたほどだ。
けれども、彼女は失敗にめげることなくいつも一生懸命だった。それどころか、叱られながらもどこか嬉しそうにしているあたり、マスターさんを慕ってバイトに来たと言うだけはある。
そして今日も今日とて彼女はバイトに邁進中。意中のマスターさんにも猪突猛進真っ最中だ。
「ねぇねぇマスター。マスターって、なんて名前なんですか?」
「なんだよいきなり。別になんでもいいだろ」
尋ねる彼女の横で、マスターさんは私の注文したメニューを用意してくれている。その真剣な顔は目の前の紅茶に向けられているため、彼女の話は流し聞きだ。
「雇用主の名前くらい知っておきたいじゃないですか。隣の家見ても、表札とか出てないし」
「勝手に見るなよ、そんなの」
「えー、だって」
「それより菜乃花。いいから早く皿洗ってくれ。お前さっきからスポンジでシュコシュコ泡立ててるだけじゃないか」
「ちぇー、わかりましたよー」
彼女は頬を膨らませながら、それでもやはりどこか嬉しそうに洗い物に取りかかる。身に纏うは白いシャツブラウスに黒のスカート。そこにマスターさんとお揃いのミドルエプロンをつけ、首にはアクセントとして淡い黄色のスカーフを一巻き。彼女が鼻歌で奏でる何かの曲に合わせて、そのスカーフがひょこひょこ揺れる。
現在、午前七時二十分。このカフェはいつも七時オープンで、今日は土曜だから、この時間から彼女がバイトに出てきているのだろう。
少ししてマスターさんが、カウンターの向こう側から出来上がった紅茶をサーブしてくれる。
「お待たせしました。こちらニルギリです」
「ありがとうございます」
「すみませんね、うるさくて」
「いえ、全然」
実際、うるさいというよりは賑やかという印象だった。そして私は、彼女のその賑やかさとまっすぐでまっさらな性格を、わりと気に入っているのだった。
だからメニューを受け取ったついでに、マスターさんにこう尋ねる。
「そういえば私、結構長いことこの店に来てますけど、マスターさんの名前知らないですよね?」
もちろん、さきほどの二人の会話を聞いたうえでの質問だ。
マスターさんもそれを理解してか、ちょっと苦笑いで答える。
「……お客さんがうちのバイトに優しくて助かりますよ」
「いえいえ。でも、知りたいのも本当ですよ」
「まあ別に、珍しい名前でもないですが。僕は黒川杏介と申します」
その瞬間、私が彼女のほうを見やるとばっちり目が合った。彼女がにひっと嬉しそうに笑顔を向けてくるので、私は口元だけでくすっと返す。
「ちなみに、お客さんのお名前は?」
尋ねるマスターさんに視線を戻し、こちらもしっかり自己紹介。
「私は、野並葵といいます」
「では、野並さん。今後も当店をぜひ、ご贔屓に」
私が紅茶を飲み終える間にバイトの彼女は早くもマスターさんの呼び方を改めたようだった。
「杏介さん。あたしあとで、自分で紅茶いれてみていいですか? 練習したいです」
「ああ、そりゃまあ」
「やたっ!」彼女は跳ねるように喜ぶと、その足で格子棚の前に移動する。「じゃあ、ここから好きなティーカップ選んでいいですか?」
「お前、実はそっちが目的だろ」
「にひひ! だってここのカップすっごく綺麗なんですもん! 使ってみたくなるんですよー」
おそらく彼女がこんなことを言い出したのは、さきほど私の使い終えたカップを片付けたからだろう。今日のはトルコ食器のように透き通る青色をしたカップだった。
彼女の気持ちは、よくわかる。この店のカップはどれも一点ものらしく、とても綺麗だ。そして綺麗なものにはやはり、手を伸ばして触れてみたくなるものだろう。
「杏介さん! あたし、あのカップがいいです! あの銀の花柄の!」
狙いを定めたらしき彼女が、棚の最も左上に並べられたカップを指差す。それは白磁に銀一色で花柄の装飾を入れた、シンプルと華やかさの両取りをしたようなカップだ。
すると、マスターさんが咄嗟に口を開いて言葉をつまらせる。
「あ……いや、それは駄目だ」
「えー、なんでですか」
「それは、お客さんの私物なんだ。よく来てくれる人の物をうちに置かせてもらってるだけで」
へぇ、なるほど。そういうシステムもやっているのか。いわゆるボトルキープみたいな……この場合はティーカップキープか。確かに、今彼女が示したカップは、何度かここへ来ている私も出されたことがない気がする。
そういう理由では仕方がないと、彼女は諦めて次の候補を探し始めた。
その間に私は、荷物を持って席を立つ。
「ほら菜乃花。そろそろ野並さん、お帰りみたいだぞ。レジ頼む。練習はあとで見てやるから」
マスターさんの声に、棚を見上げていた彼女は「はーい」と答えてレジまで駆け寄ってくる。私の向かいに立つと、にっと人懐こい笑みを浮かべた。
「あ、野並さん。さっきはありがとうございました」
「ん?」と考えながら財布からお金を取り出して。「ああ、マスターさんの名前のこと?」
「はい。杏介さんって、あたしが何訊いても、絶対一回はああやってはぐらかすんですよ。それが野並さんみたいに綺麗な人に聞かれたら、すーぐ教えるんだもんなぁ」
綺麗、か。そう言われるのはとても嬉しいけど。いや、でもあれは。
「あれは、私がお客だからだよ」
「そうですかねー」
チン、とレジが開いてお釣りとレシートを渡される。どうやら今日は普通の長さだ。
「大丈夫。こっちからはすごく仲良しに見えてたから」
「そう、ですかねー」
彼女は首を傾げながらも、レジから出てきて入口まで見送ってくれる。ありがとうございました、とまだ初々しさの残るそのお辞儀を背に、私は店をあとにした。
そんなお気に入りのカフェに、近頃、変化があった。
「もうマスターってば。あたしのことは名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですかー」
「え、だから呼んでるだろ。菜乃花さんって」
「さん付いてるじゃないですか!」
今までマスターさんが一人で切り盛りしていたところに、突然バイト志望の女子高生がやってきたのだ。そのとき、ちょうど私もその場に居合わせたのだが、バイトの申し込みと同時にマスターさんに公開告白をするという彼女の体当たり具合には、かなり驚かされたものだった。
「なんだよ。付いてないほうがいいのか?」
「当たり前じゃないですかー」
「当たり前なのか……最近の女子高生ってわからんもんだな」
「呼び捨てで呼ばれたいんですよ。マスターのかっこいい声で、菜乃花って!」
「はぁ……? まあ、そのほうが呼びやすいし、そっちがいいならいいけどさ」
そんな彼女がバイトに来始めて、はや半月。徐々に仕事にも慣れてきた様子だったが、最初のうちは騒がしい光景を何度か目にした。
皿洗いでケーキプレートを盛大に割ったり。
茶葉を保管する缶を頭上の棚に並べようとして、ドミノ倒しで一つ残らず落下させたり。
レジを打ち間違えて、店の端から端までありそうな極長レシートを生み出したり。しかもそのレシートは私の会計のときのもので、お釣りが五十万円になっていたりもした。はたして私は何を注文していくら払ったのか。
毎度、怒ったり呆れたり笑ったりしながらうなだれるマスターさんの表情で写真集が一冊作れそうだな、なんてことを私は密かに思っていたほどだ。
けれども、彼女は失敗にめげることなくいつも一生懸命だった。それどころか、叱られながらもどこか嬉しそうにしているあたり、マスターさんを慕ってバイトに来たと言うだけはある。
そして今日も今日とて彼女はバイトに邁進中。意中のマスターさんにも猪突猛進真っ最中だ。
「ねぇねぇマスター。マスターって、なんて名前なんですか?」
「なんだよいきなり。別になんでもいいだろ」
尋ねる彼女の横で、マスターさんは私の注文したメニューを用意してくれている。その真剣な顔は目の前の紅茶に向けられているため、彼女の話は流し聞きだ。
「雇用主の名前くらい知っておきたいじゃないですか。隣の家見ても、表札とか出てないし」
「勝手に見るなよ、そんなの」
「えー、だって」
「それより菜乃花。いいから早く皿洗ってくれ。お前さっきからスポンジでシュコシュコ泡立ててるだけじゃないか」
「ちぇー、わかりましたよー」
彼女は頬を膨らませながら、それでもやはりどこか嬉しそうに洗い物に取りかかる。身に纏うは白いシャツブラウスに黒のスカート。そこにマスターさんとお揃いのミドルエプロンをつけ、首にはアクセントとして淡い黄色のスカーフを一巻き。彼女が鼻歌で奏でる何かの曲に合わせて、そのスカーフがひょこひょこ揺れる。
現在、午前七時二十分。このカフェはいつも七時オープンで、今日は土曜だから、この時間から彼女がバイトに出てきているのだろう。
少ししてマスターさんが、カウンターの向こう側から出来上がった紅茶をサーブしてくれる。
「お待たせしました。こちらニルギリです」
「ありがとうございます」
「すみませんね、うるさくて」
「いえ、全然」
実際、うるさいというよりは賑やかという印象だった。そして私は、彼女のその賑やかさとまっすぐでまっさらな性格を、わりと気に入っているのだった。
だからメニューを受け取ったついでに、マスターさんにこう尋ねる。
「そういえば私、結構長いことこの店に来てますけど、マスターさんの名前知らないですよね?」
もちろん、さきほどの二人の会話を聞いたうえでの質問だ。
マスターさんもそれを理解してか、ちょっと苦笑いで答える。
「……お客さんがうちのバイトに優しくて助かりますよ」
「いえいえ。でも、知りたいのも本当ですよ」
「まあ別に、珍しい名前でもないですが。僕は黒川杏介と申します」
その瞬間、私が彼女のほうを見やるとばっちり目が合った。彼女がにひっと嬉しそうに笑顔を向けてくるので、私は口元だけでくすっと返す。
「ちなみに、お客さんのお名前は?」
尋ねるマスターさんに視線を戻し、こちらもしっかり自己紹介。
「私は、野並葵といいます」
「では、野並さん。今後も当店をぜひ、ご贔屓に」
私が紅茶を飲み終える間にバイトの彼女は早くもマスターさんの呼び方を改めたようだった。
「杏介さん。あたしあとで、自分で紅茶いれてみていいですか? 練習したいです」
「ああ、そりゃまあ」
「やたっ!」彼女は跳ねるように喜ぶと、その足で格子棚の前に移動する。「じゃあ、ここから好きなティーカップ選んでいいですか?」
「お前、実はそっちが目的だろ」
「にひひ! だってここのカップすっごく綺麗なんですもん! 使ってみたくなるんですよー」
おそらく彼女がこんなことを言い出したのは、さきほど私の使い終えたカップを片付けたからだろう。今日のはトルコ食器のように透き通る青色をしたカップだった。
彼女の気持ちは、よくわかる。この店のカップはどれも一点ものらしく、とても綺麗だ。そして綺麗なものにはやはり、手を伸ばして触れてみたくなるものだろう。
「杏介さん! あたし、あのカップがいいです! あの銀の花柄の!」
狙いを定めたらしき彼女が、棚の最も左上に並べられたカップを指差す。それは白磁に銀一色で花柄の装飾を入れた、シンプルと華やかさの両取りをしたようなカップだ。
すると、マスターさんが咄嗟に口を開いて言葉をつまらせる。
「あ……いや、それは駄目だ」
「えー、なんでですか」
「それは、お客さんの私物なんだ。よく来てくれる人の物をうちに置かせてもらってるだけで」
へぇ、なるほど。そういうシステムもやっているのか。いわゆるボトルキープみたいな……この場合はティーカップキープか。確かに、今彼女が示したカップは、何度かここへ来ている私も出されたことがない気がする。
そういう理由では仕方がないと、彼女は諦めて次の候補を探し始めた。
その間に私は、荷物を持って席を立つ。
「ほら菜乃花。そろそろ野並さん、お帰りみたいだぞ。レジ頼む。練習はあとで見てやるから」
マスターさんの声に、棚を見上げていた彼女は「はーい」と答えてレジまで駆け寄ってくる。私の向かいに立つと、にっと人懐こい笑みを浮かべた。
「あ、野並さん。さっきはありがとうございました」
「ん?」と考えながら財布からお金を取り出して。「ああ、マスターさんの名前のこと?」
「はい。杏介さんって、あたしが何訊いても、絶対一回はああやってはぐらかすんですよ。それが野並さんみたいに綺麗な人に聞かれたら、すーぐ教えるんだもんなぁ」
綺麗、か。そう言われるのはとても嬉しいけど。いや、でもあれは。
「あれは、私がお客だからだよ」
「そうですかねー」
チン、とレジが開いてお釣りとレシートを渡される。どうやら今日は普通の長さだ。
「大丈夫。こっちからはすごく仲良しに見えてたから」
「そう、ですかねー」
彼女は首を傾げながらも、レジから出てきて入口まで見送ってくれる。ありがとうございました、とまだ初々しさの残るそのお辞儀を背に、私は店をあとにした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
失恋少女と狐の見廻り
紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。
人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。
一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか?
不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる