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思考の、奥で。

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何度も言葉に引っかかりながら、誠意を尽くしてジャンは己の全てを説明した。

苦い16歳の初めての口づけ。
能力が開花した後の、華々しい活躍。
幾つもの王都の有名な事件の解決を引き出し、何度も犯罪を未然に防いできた。
中にはこの深い森で引きこもる、ニコラですら耳にした事のある事件もあった。

その能力の特殊さが露呈する事を好まない理由から、ジャンの功績は表に喧伝されていないが、
王家の「影」として、隣国にスパイとして侵入する事もあるとの事。

魔力に触れるとその思考が読めてしまうというその特殊な能力によって、苦しんできた女性関係。
ポーションや魔力の摂取時の苦しみ。

そして、ジャンは続ける。
真っ赤になりながら。だがしっかりとニコラの目を見つめて。
ニコラのポーションを摂取した時の、ニコラの思考がどれほどジャンの心を温めたか。どれだけその思考に触れて、ジャンはニコラを思ったか。
この感情が恋だと気がついたのは、ほんの最近だ。
だが、最初の一本目のポーションから、ジャンはニコラを、ニコラの思考を、愛していた。

全てを話終えたジャンとの間に、長い沈黙が二人の間に横たわる。

朝日はいつの間にか高い空に照っていた。
いつの間にやってきたのだろう、鹿の子が蝶を追って、水辺に遊びにきていた。
今年の春に生まれた鹿の子だ。

長い沈黙に耐えかねたニコラが、ようやく重い口を開いた。

「えっと・・・便利なものなのですね、ジャン様の能力は・・」

「便利か・・そうだな、便利だな。」

ふ、と自虐的に笑うと、ジャンは続けた。

「だけどね、ニコラ。知りたくない人の心を覗かなくてはいけないなんて、苦しみでしかないんだ。人の心は美しいものばかりではない。もちろん、私の心も、君に覗かれては困るような、醜いものでいっぱいだ。」

そして、美しい顔を歪ませて、真っ直ぐにニコラの目を見た。
顔に残るあざは、ほとんどもう、消えてしまった。

「だけど、君は違う。君の心は、小銭と、甘いものと、それから、人を慈しむ心でいっぱいだ。私は、君の思考の海に浸かりたい。君の思考と共にありたい。」

「君と一緒に、月の夜は、小銭を磨いて、チョコレートのパンを食べたいんだ。ニコラ、君を愛してる。君の側にいる事を、許してくれないか。」

闇夜のように美しい黒い目が、ニコラを捉えて離さない。

(夢を、見ているのかしら。ジャン様が、隊長様で、こんな美しい人で。こんな高貴で美しい、王都の騎士様が、私なんかを・・私の事を思ってくださっているなんて。)

大きな目に涙を一杯に浮かべて、胸がいっぱいになって、言葉が出てこないニコラに、ジャンは、小さく口づけをした。

「・・本当、君が言った通りに、便利だ。」

そしてクシャりと目尻にシワを作って、穏やかな笑顔をニコラに向けた。

「何も君が言葉にしなくても、口づけで君の心がわかるんだ。苦しい能力だと呪ったものだが、今はこの能力に、心から感謝しているよ。」

そして、

突然、森中のカラスが飛び立ち、空を黒く染めた。
カラスたちは旋回を始め、大きな黒い渦が空に現れる。

魔女だ。

「ニコラ、でていきな。ここはもう、お前の住処じゃない。」

地の底から這うような声は、魔女のものだ。

「おばあちゃんたち!」

ジャンは警戒して、ニコラを抱き寄せる。

「お前がいると魔の森がうるさくて叶わない。王都の面倒な犯罪者から、領主の憲兵から何から、魔女のテリトリーを騒がせる奴らばかりだ。今すぐこのお貴族の男とでていきな。二度と戻ってくるんじゃない。」

「いやよ、私はここにいるわ。おばあちゃんの家にいたいのよ!」

「出て行け!お前は魔女ではない!」

ジャンは禍々しい魔力の渦に、だが感じていた。
多くの、魔女たちの祝福だ。

(幸せにおなり、ニコラ。お前は人の世界で幸せに生きるんだ。)

そして、大きな雷が二人の目の前に落ちた。

気がついたら、二人は、王都の公園に、いた。
傍には、ニコラの荒屋が、魔の森に佇んでいたそのままの姿で、鎮座していたのだ。

「な、何・・・?」



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