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水路

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「お前にニコラの何がわかる?あの娘の何を知ってて、この森の魔女に、頼み事をしようなんて酔狂な事をお考えになったのかね。魔女のことを知らないお前ではないだろう。」

魔女のいやらしい声が、低く響き渡る。
魔女との取引は、非常に厄介だ。ある夫に捨てられた女は、己の左目と引き換えに、夫を奪った女に呪いをかけたり、さる兵士は、その寿命と引き換えに、この世での贅沢を求めた。生涯人から愛されないというという呪いと引き換えに、人知を超えた知恵を得た高名な学者もいる。

いずれにしても、ジャンは、ジャンにとって何か大切な物を引き換えにしないと、魔女と取引はできない。

深い森には、水音と、夜行性の動物が行き来する小さな音だけが聞こえる。

「・・・魔女よ、あの娘は、双頭の蛇の犯罪被害者だ。伯爵家の娘だ。どうか、私に保護させてくれ。。」

ジャンは、水の中で、深く膝を折る。忌み嫌われる魔女に、王侯への最大の敬意を払う騎士の挨拶を、捧げたのだ。
ジャンの隊が、固唾を飲んで成り行きを見守る。

しばらくの水を打ったような沈黙の後、ケタケタケタ!と木を打ちつけたような乾いた笑いが響いた。
森の鳥達が怯えて、バサバサ!とどこかに逃げる羽音が聞こえる。

「坊や、あの娘が伯爵の娘だろうが、娼婦の娘だろうが、私らにとってはどうでもいいことだ。つまらない男だ。時間の無駄だね。さっさと消えな。」

吐き捨てるように魔女の一人が言い捨てる。

「そもそもあの娘は、この森から出ては生きていけないんだろう?しつこい呪いがべっとりと、あの娘についている。お前が保護したところで、次の日にはこの世にいないだろうよ。今逝かせてやるのと、明日逝かせてやるのと、何が違うというんだい?」

別の魔女がイヒイヒと、ねっとりとした声でジャンに告げる。

(双頭の蛇の、魔力追跡の事だな。。)

確かに、魔女達の言い分は間違いない。
魔女にとって、人の身分の立場も等しく意味をなさないし、そして、今一時的にニコラを保護した所で、双頭の蛇は、しつこく。しつこくニコラの魔力を探知して、その命を狙うだろう。

「・・・私は・・!!」

ジャンは、拳で水面を叩き、言葉に詰まる。
返す言葉もないのだ。
だが、それでもやはり、どうしても、どうしても、今のニコラを救いたい。たった1日でも、2日でも、ニコラの命を、この手で救ってやりたい。

ケッケッケ、といやらしい笑いが森にこだまする。
次の魔女の声がする。

「それとも何か?うぶな坊や、お前たった数回逢っただけで、あの娘に恋にでも落ちたかね。手も握った事のない娘の為に、魔女に頼み事をするほど身を滅ぼすような激しい恋に落ちるなんぞ、ニコラもなかなか腕がいいじゃないか。」

ケッケッケ、と森が響き渡るような魔女達の大笑いだ。

魔女達は、ジャンがニコラと、たった数回森で逢った事くらいしかない関係である事など、知っている。手を握るどころか、実はジャンはこの感情が恋なのかもよくわからないままだ。

ジャンは己の心の瞳に映るニコラを思い出す。
見てくれは天使のように美しいニコラ。折れそうに細く、妖精のように庇護欲をそそるニコラ。
確かに、一目で激しい恋に落ちても、絵にはなるような薄幸の姫君のごとくだ。
だが、ジャンは、ポーションを摂取した際に触れるニコラの思考が、ジャンの知っているニコラが、銭ゲバで、図々しくて、お人好しの、逞しく生きるニコラが・・・
おそらくは、いや。間違いなく。

好きなのだ。

ジャンはようやく腑に落ちた心の感情の名前に戸惑う余裕すらない。ニコラの命は風前の灯火だ。

ジャンは森中に響き渡る声で、絶叫した。

「・・私は!!ニコラを!!愛している!!」

「月夜で銭を数えているあの娘が好きだ!甘いもので、機嫌が良いあの娘が好きだ!お人好しのあの娘が好きだ!あの娘の、心が好きだ!私はあの娘の思考が、好きなんだ・・・!!」

それまで魔女の注目を浴びないように、沈黙を続けていたジャンの隊が、口々に言葉をつなげる。

「魔女殿よ!!隊長は!思考過敏症で、ニコラちゃんのポーションをずっと摂取して、あの娘の思考に触れ続けていたんだ!」

「ジャン隊長は、今の今まで、この王国の為にしか生きてこなかった!恋した女の為に、死なせてやってくれ!」

「魔女よ、どうか隊長に、ニコラちゃんを助けさせてやってくれ!!」

「例え、明日ニコラちゃんが、隊長と一緒に双頭の蛇に捉えられても、今、行かせてやってくれ!!」

ずらりと並んだ騎士達が、カブトを取って、皆高速船の上で、王侯への挨拶の、膝を折る。

「お前ら。。」

ジャンは腹を括った。

「魔女よ、ただとは言わん。言い値を払おう。私の腕でも、足でも、なんでも持っていってくれ。」
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