上 下
24 / 116
魔の森から出られない訳

24

しおりを挟む
「隊長! やめろ、危険だジャン!!ジャン!!やめろ!!!」

リカルドの絶叫する声が少しずつ、少しずつ、遠くなってゆく。
暗い思考の海に、ジャンは身を投げた。

海の表面は、大嵐だ。

「美味しい!!」

大波の正体は、ニコラの感情。
チョコクリームが、信じられないくらい、美味かったのだ。
ニコラの大きな興奮の、感情の波を、リカルドは微笑みながらたゆたう。

(可愛いなあ。。)

ジャンは、微笑んでしまう。
この銭に汚い、心の優しい娘は、パン一つで、心をここまで喜こばせている。

だが、ニコラが、ニコール伯爵令嬢のままであったなら、こんなパンなんか、食べ飽きて見向きもしないような生活を送っていただろう事を思うと、ニコラの今の厳しい状況に、心が痛む。

ひとしきりニコラの純朴な喜びの感情に身を遊ばせると、ジャンは心を決めた。

思考の波の、その奥に広がるニコラの思考の深い海。思考の海の海面までならば、ジャンは安全に触れることができる。だが、思考の海にジャンの精神を明け渡す行為は、大変な危険を伴う。

ジャンは、少し躊躇ったが、そのままニコラの思考の海の底に、潜り込んだ。

ジャンは、自らを守る肉体の壁も、心の壁も、少しずつ消えてゆくのが感じる。
思考に同化するには、自らを、自らたらしめている全てを放棄して、思考の持ち主の残した波動と一体にならなくてはいけない。

(今精神汚染の魔法をかけられたら、俺は終わりだな。)

ジャンは、己がなぜこんな危険な真似をしたのか、少し信じられない気持ちだ。

もしニコラの思考の奥が邪悪な攻撃的なものであれば、ジャンは自らを守る術を何も持っていない。
精神にどれだけのダメージを受けるのか、それは思考の持ち主次第だ。

ここまでの他者の思考の奥に行くのは、ジャンは、実は初めてだ。

それだけ、大変危険な行為なのだ。

ーーーーーーーーーーーーーー

暗い海の中、何も聞こえてこない。何も見えてこない。
ただ、ジャンは、体が、疲れて疲れて、重く感じる。

(これは、日中に相当量の魔法の放出があった時の疲労だ・・こんなに疲労してるのに、残りの魔力で、ポーションを作ったのか・・・一体日中に何があったんだ。)

暗い思考の海の奥に到着したようだ。
そこから、恐怖の感情が、水泡となって、暗い海をたゆたっているのが見える。

水泡は細かく震えている。ニコラの心が、震えている。

ゆっくり、浮き上がってくる水泡のような感情の泡を、ジャンは一つ手にした。
黄色く光るその水泡は、ニコラの思考。

(怖い、怖い。)

振動から感じるのは、ニコラの怯え。
ジャンは思わず、そっと水泡の一つを胸に抱きしめる。

「・・・・やあ、ニコラ、こんにちわ。そんなに震えて、何を恐れているんだい?」

赤ん坊をあやすように、ジャンは胸に抱いた水泡に、優しく語りかける。

水泡は沈黙を続ける。ジャンは、何も言わない。
水泡と、ジャンは暗い海で、じっと漂い、やがて水泡とジャンは溶け合い、一つになった。

ゆっくりと、ゆっくりと、水泡が持っていた思考が、ジャンに伝わってゆく。

(大切な、おばあちゃんとの約束を破ったわ。私は市で魔法を発動させたの。子供が危険に晒されていたんだもの。怖い、怖い。私は殺されてしまう。)

そして暗い海が一瞬で光となり、映像が広がって、ジャンの目の前に広がる。

ニコラの細い足首に巻かれていた、魔力抑制のアンクレットが、小さな白い手によって引きちぎられている映像だ。
色はついていない、白と、黒でできた映像。

そしてその後発動する、大型の魔力。これはニコラが発動させた、防御の結界だ。

(やはり、リバーが市で見たのは、ニコラだった・・!)

そして、映像は拿捕された男の顔になる。男はニコラの顔を見て、何かを叫んでいる。薬物の中毒者の顔だ。

急に、また映像は変わり、次は産気づいた女と、その女が産んだのだろう、生まれたての子供の顔。
安堵する、疲弊したニコラの思考。

(お産の世話をしてて、こんなに疲弊していたのか。。そんな大仕事の後で、俺の為にポーションを作った。。)

そしてまた急にニコラの思考は、赤い瓶に戻る。
あたりはまだ暗い。
朝になる前から、ニコラはポーションを作っていたのだろう。

(この瓶を届けたら、すぐに魔の森に戻らないと・・・魔力探知にかかってしまったら、私はきっと・・)

「ニコラ! ニコラ!! 出るな! 森から出るな!!!」

ジャンは大きく叫ぶと、ニコラを止めようと、ベッドの上で暴れ出した。

隊員たちが、バッとジャンの体を押さえ込み、自己を失った暴れ出すジャンを拘束する。
リカルドが、ポーションを中和する薬品と、眠剤の強力なものをリカルドに無理やり注ぎ込む。

「ニコラ!!!!!」

両手両足を拘束された感覚と、何かのポーションを強制的に流し込まれた感覚だけ、ジャンには理解できた。
その後、ジャンの意識は暗転する。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聞こえません、見えません、だから私をほっといてください。

gacchi
恋愛
聞こえないはずの魔術の音を聞き、見えないはずの魔術を見てしまう伯爵令嬢のレイフィア。 ある時、他の貴族の婚約解消の場に居合わせてしまったら…赤い糸でぐるぐる巻きにされてる人たちを見てしまいます。 何も聞いてません。見てません。だから、ほっといてもらえませんか?? 第14回恋愛小説大賞読者賞ありがとうございました。 本編が書籍化しました。本編はレンタルになりましたが、ジョージア編は引き続き無料で読めます。

無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。ある日先輩方と城下町でお酒を飲みべろんべろんになって帰ってきた次の日、ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服……!? ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...