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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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次にフェリクスの意識が戻ったのは、いつもの離宮の寝室だった。
(・・あれ)
ベッドの天蓋に描かれている、巨匠の手による美しいアビーブの風景画はフェリクスの寝室の天蓋以外にはこの世で存在しないものだ。
ここは自分の寝室で間違いないだろう。
眺めるともなく見慣れた天蓋の風景画をぼんやりと眺めて、フェリクスはとりあえず、寝台から起きあがる事にした。
いつもは閉められている窓は広く開かれており、なんと言っても馬鹿馬鹿しいほど天気が良い。
ご丁寧にピチュピチュと小鳥の鳴き声まで響くような、能天気なそんな日の午前だ。
(・・私は、夢を見ていたのか・・?)
気分は物凄く良い。
随分よく眠ったらしい。
体にはものすごく良く眠れた日の、とても良い質の力がみなぎっている。
ベスの整えた心地の良い麻のシーツの上で、フェリクスは大きく伸びをして、頭を整理する。
(ええと、確かアビーブ火山が噴火直前だったはず。空は灰色の噴煙で昼でも暗く、人々は絶望の趣で王都に避難していたはずだ。私はそれで、王家の森に赴いて・・)
離宮の外からは人々の和やかな笑い声が聞こえる。鼻歌交じりだ。
「おおおお殿下! お目覚めですか!!!」
珍しい事にノックもなく寝室の扉を開いたメイソンが、ガシャンと手にしていた銀のトレイを投げ出して、フェリクスの元に駆け寄った。
「よくぞご無事で・・・よくぞお目覚めで・・・」
子供のようにフェリクスの足元で丸まって、ワンワンと嗚咽するメイソンの背中は、とても小さく見えた。
「メイソン・・私は眠っていたようだな。一体何が起こっている? 何もよく覚えていないのだが・・」
メイソンに話を聞こうとしても、メイソンは泣きじゃくって話にもならない。
(確か私は王家の森に入り、神々の温泉に入った事はおぼえている。そこからカラスと鬼がいて、ジア殿下に会って。そのまま火口に身を投げて、それから・・)
また、ノックもなくガチャリと扉を開く音がした。
「あ、フェリクス様!やっと起きたんですか?おはようございます。所でちょっとそこ掃除するからどいてくれませんかね」
最近はすっかり遠慮のなくなったメイドのオリビアは、挨拶もそこそこにフェリクスを邪魔扱いしてブンブンと洗浄魔法を展開する。
「・・ああすまんすまん、所でオリビア、一体私はどれくらい眠っていたんだ? 一体全体私が眠っている間に何がどうしたんだろうか」
フェリクスは、オリビアの遠慮のなさは気にもならない。
年下のメイドに今や息を吐くように気軽に謝罪もできるように成長したフェリクスは、そんな今の自分が結構気に入っていた。
「え、どうしたって? 魔力を使いすぎたか何かで、フェリクス様はこの一月くらいずっと眠っていましたよ。私が離宮に帰ってからもずっと寝てましたけど、随分お肌の調子が戻ってるから寝ててよかったですね!」
そうやって、いつもオリビアが持ち歩いている小さな手鏡をぽん、と手渡してくれた。
「噴火の警報も一月前くらいに解除されたからみんなもう村にもどってきたんです。ああ、そう、フェリクス様が寝てる間に温泉完成しましたよ! 私早く仕事終わらせて温泉に入りたいので、フェリクス様そこどいて下さい」
恐る恐る鏡をのぞいてみると、鏡の中には、髪は抜け落ちて顔の半分は赤く、白い地肌とまだらになって実に奇妙な顔の若い男がいた。男は不思議そうな顔をしていた。
ただその肌は赤いシミだらけではあるものの、爛れも引き攣れも、痛みもない。
膿も出ていない。血も流れていない。
(・・・どこも、痒くない。どこも、痛くない)
フェリクスは思わず、体中をまさぐってみた。背中にも、足にも、頭にも、どの皮膚にもなんの爛れは見当たらなかった。皮膚は妙なまだらのシミだらけだが、どこにも皮膚不具合、不快感すらもない。
じっと、手をみてみた。
いつもはがれた皮膚や血がびっしりとこびりついていた爪の中は、今は真っ白だ。
いつも指の皮膚の上には水泡がもりあがっていて、血を噴いていた、一番症状のひどい場所だ。
今はどの指のどの関節の皮膚も破れていない。
大急ぎで体中をめぐる魔力を探知してみる。
大きな魔力が体を走っているのは感じるが、まるで清流の流れのようにサラサラと健康的にフェリクスの体を巡っている。
フェリクスを苦しめてきた、魔力の過剰供給で毒化した古い魔力はどこにも感じられない。
瑞々しい魔力はフェリクスの体の中で、生まれては消え、消えては生まれている
フェリクスは愕然と信じられなかった。
(私は、完全に快癒したのか)
あれほどフェリクスを悩ませた皮膚の疾患も、供給過剰な魔力も消え失せている。今鏡の中に居るのはただ、マダラの皮膚を持って不思議な顔をしている青年だった。
オリビアは、そんなフェリクスの心など関係ない様子で、機嫌よく洗浄魔法をあちこちに施していた。
疾患が無くなったとは言え、今の所フェリクスの見た目はあまり変わらない化け物のような皮膚をもつ青年のままだ。オリビアにはまだ、一体実際にフェリクスの身に何が起こっているのか理解できないのだろう。
(・・それからなぜ、どうやってここまで辿り着いた?)
オリビアは開け放たれた窓の外に、ノエルを見つけたらしい。
「ノエル様!フェリクス様やっと起きましたよ!今から下の温泉に連れて行ってあげていいですか!!」
窓の外から声がする。
「ああそうか!オリビアありがとう!もちろんだ、殿下には入浴着に忘れずに着替えてもらってくれ!」
次の瞬間、ノエルは風魔法を展開して、オリビアの手元に深い緑色の何かが届けられた。
「ノエル様、私の分までありがとう!私も行ってもいい?」
「ああもちろんだ!メイソンもそこにいるんだろう?メイソンと君も早く入浴着に着替えて下においで!」
満面の笑みのオリビアの手に届いていたものは、衣服だ。
フェリクスも見た事のある王都の温泉の外広場で利用されている、ごく普通の入浴着。
「やった!はーい、すぐ行きます!」
(・・あれ)
ベッドの天蓋に描かれている、巨匠の手による美しいアビーブの風景画はフェリクスの寝室の天蓋以外にはこの世で存在しないものだ。
ここは自分の寝室で間違いないだろう。
眺めるともなく見慣れた天蓋の風景画をぼんやりと眺めて、フェリクスはとりあえず、寝台から起きあがる事にした。
いつもは閉められている窓は広く開かれており、なんと言っても馬鹿馬鹿しいほど天気が良い。
ご丁寧にピチュピチュと小鳥の鳴き声まで響くような、能天気なそんな日の午前だ。
(・・私は、夢を見ていたのか・・?)
気分は物凄く良い。
随分よく眠ったらしい。
体にはものすごく良く眠れた日の、とても良い質の力がみなぎっている。
ベスの整えた心地の良い麻のシーツの上で、フェリクスは大きく伸びをして、頭を整理する。
(ええと、確かアビーブ火山が噴火直前だったはず。空は灰色の噴煙で昼でも暗く、人々は絶望の趣で王都に避難していたはずだ。私はそれで、王家の森に赴いて・・)
離宮の外からは人々の和やかな笑い声が聞こえる。鼻歌交じりだ。
「おおおお殿下! お目覚めですか!!!」
珍しい事にノックもなく寝室の扉を開いたメイソンが、ガシャンと手にしていた銀のトレイを投げ出して、フェリクスの元に駆け寄った。
「よくぞご無事で・・・よくぞお目覚めで・・・」
子供のようにフェリクスの足元で丸まって、ワンワンと嗚咽するメイソンの背中は、とても小さく見えた。
「メイソン・・私は眠っていたようだな。一体何が起こっている? 何もよく覚えていないのだが・・」
メイソンに話を聞こうとしても、メイソンは泣きじゃくって話にもならない。
(確か私は王家の森に入り、神々の温泉に入った事はおぼえている。そこからカラスと鬼がいて、ジア殿下に会って。そのまま火口に身を投げて、それから・・)
また、ノックもなくガチャリと扉を開く音がした。
「あ、フェリクス様!やっと起きたんですか?おはようございます。所でちょっとそこ掃除するからどいてくれませんかね」
最近はすっかり遠慮のなくなったメイドのオリビアは、挨拶もそこそこにフェリクスを邪魔扱いしてブンブンと洗浄魔法を展開する。
「・・ああすまんすまん、所でオリビア、一体私はどれくらい眠っていたんだ? 一体全体私が眠っている間に何がどうしたんだろうか」
フェリクスは、オリビアの遠慮のなさは気にもならない。
年下のメイドに今や息を吐くように気軽に謝罪もできるように成長したフェリクスは、そんな今の自分が結構気に入っていた。
「え、どうしたって? 魔力を使いすぎたか何かで、フェリクス様はこの一月くらいずっと眠っていましたよ。私が離宮に帰ってからもずっと寝てましたけど、随分お肌の調子が戻ってるから寝ててよかったですね!」
そうやって、いつもオリビアが持ち歩いている小さな手鏡をぽん、と手渡してくれた。
「噴火の警報も一月前くらいに解除されたからみんなもう村にもどってきたんです。ああ、そう、フェリクス様が寝てる間に温泉完成しましたよ! 私早く仕事終わらせて温泉に入りたいので、フェリクス様そこどいて下さい」
恐る恐る鏡をのぞいてみると、鏡の中には、髪は抜け落ちて顔の半分は赤く、白い地肌とまだらになって実に奇妙な顔の若い男がいた。男は不思議そうな顔をしていた。
ただその肌は赤いシミだらけではあるものの、爛れも引き攣れも、痛みもない。
膿も出ていない。血も流れていない。
(・・・どこも、痒くない。どこも、痛くない)
フェリクスは思わず、体中をまさぐってみた。背中にも、足にも、頭にも、どの皮膚にもなんの爛れは見当たらなかった。皮膚は妙なまだらのシミだらけだが、どこにも皮膚不具合、不快感すらもない。
じっと、手をみてみた。
いつもはがれた皮膚や血がびっしりとこびりついていた爪の中は、今は真っ白だ。
いつも指の皮膚の上には水泡がもりあがっていて、血を噴いていた、一番症状のひどい場所だ。
今はどの指のどの関節の皮膚も破れていない。
大急ぎで体中をめぐる魔力を探知してみる。
大きな魔力が体を走っているのは感じるが、まるで清流の流れのようにサラサラと健康的にフェリクスの体を巡っている。
フェリクスを苦しめてきた、魔力の過剰供給で毒化した古い魔力はどこにも感じられない。
瑞々しい魔力はフェリクスの体の中で、生まれては消え、消えては生まれている
フェリクスは愕然と信じられなかった。
(私は、完全に快癒したのか)
あれほどフェリクスを悩ませた皮膚の疾患も、供給過剰な魔力も消え失せている。今鏡の中に居るのはただ、マダラの皮膚を持って不思議な顔をしている青年だった。
オリビアは、そんなフェリクスの心など関係ない様子で、機嫌よく洗浄魔法をあちこちに施していた。
疾患が無くなったとは言え、今の所フェリクスの見た目はあまり変わらない化け物のような皮膚をもつ青年のままだ。オリビアにはまだ、一体実際にフェリクスの身に何が起こっているのか理解できないのだろう。
(・・それからなぜ、どうやってここまで辿り着いた?)
オリビアは開け放たれた窓の外に、ノエルを見つけたらしい。
「ノエル様!フェリクス様やっと起きましたよ!今から下の温泉に連れて行ってあげていいですか!!」
窓の外から声がする。
「ああそうか!オリビアありがとう!もちろんだ、殿下には入浴着に忘れずに着替えてもらってくれ!」
次の瞬間、ノエルは風魔法を展開して、オリビアの手元に深い緑色の何かが届けられた。
「ノエル様、私の分までありがとう!私も行ってもいい?」
「ああもちろんだ!メイソンもそこにいるんだろう?メイソンと君も早く入浴着に着替えて下においで!」
満面の笑みのオリビアの手に届いていたものは、衣服だ。
フェリクスも見た事のある王都の温泉の外広場で利用されている、ごく普通の入浴着。
「やった!はーい、すぐ行きます!」
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