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第二十章『懐かしの地上界へ』
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鮮やかすぎるようなライブから一夜明け、とうとうこの日がやってきた。
朝七時。二十四人の参加者たちは、朝早くオハコビ・インをチェックアウトし、
モニカさんの引率を受けてスピードリフターに乗り、
ターミナル第六層にあるスカイ・ステーションにやってきた。
亜人だらけのエントランスホールには、
このツアーの立役者である虹色の翼のメンバーたちが、フライトスーツに身を包み、
満面の笑みにお別れ前の哀愁をただよわせて勢ぞろいしていた。
昨日のライブで大活躍したフリッタももちろんいた。
けれども、フロルの姿はなかった。
もともとツアー担当員ではないからかもしれない。
ハルトとスズカは、ちょっぴりさみしかった。
最後にもう一度、あの桃色の顔を見たいのに。
「みなさん。この度は、オハコビ隊のスカイランドツアーにご参加いただき、
誠にありがとうございました」
フラップが子どもたちにむかって挨拶をした。
「名残惜しいですけども……さよならのお時間ですね。
これから再びスカイトレインで、みなさんを地上界にお送りいたします。
――が、その前に……ぐすん、今一度われわれ担当員に、
みなさんとのハグの、ぐすっ、お時間をくださいますか?」
「もう、フラップくんたらまた泣いちゃって。最後なのにしまらないんだから」
モニカさんはそう言って、おかしそうに笑っていた。
けれど、泣きたいのは他の隊員たちはもちろん、子どもたちも同じだった。
大勢の亜人の物見客が微笑ましそうに取り囲む中
子どもたちは自分のオハコビ竜と抱き合い、別れの言葉を交わした。
地上界のはるか上空に、こんなに素晴らしい世界があるなんて知らなかった。
驚くほど進歩した科学技術に、夢としか例えられないような貴重な体験の数々。
紆余曲折あったものの、どれもこれも新鮮で、忘れられない思い出になった。
「フラップ。ぼく、来年も絶対に来るよ」
スズカとともに赤い毛の腕に抱かれながら、ハルトは決然と言った。
「ほ、本当です!?」
フラップは二人を胸から解放し、嬉しさをほとばしらせた。
「あんなにもめちゃくちゃなツアーにしちゃったんですよ?
それでも、本当にまた参加してくれるんです!?」
『フラップ、わたしもまた会いに来るよ』
スズカは、自分もこう言うのだから気に病まないで、という優しい表情で伝えた。
「俺さ、俺さー! 昨日のフリッタの歌うとこ、すっげー気に入ったー!」
「あたしも! あんなフリッタ見るのはじめて! また来るから、また歌ってよ!」
すぐそばでケントとアカネが、フリッタにむかって熱烈に言う聞こえてきた。
「ありがと~! 今度会う時は、もう内緒じゃないから、
好きな時に歌ってあげるヨ!」
フリッタがかん高い涙声でそう答える声もした。
「ぼくね、この世界のことをもっとよく知りたいんだ」
ハルトは言った。
「というか……キミたちオハコビ竜のことをね。
だってキミたち、なんていうのかな……こっちの世界の人間界とつながるために、
いろいろ頑張ってくれているんだから。
ねえ、普段はどんなふうに仕事してるの? お仕事は大変?」
「ふふふ、出ましたね、ハルトくんの知りたがり」
ゴーグルを外し、目がしらにたまった涙をふきながら、フラップが言った。
「でも、それはまた次の機会に。まあ、一年後になっちゃいますけど――」
「ちなみにだが、次もまた参加してくれるなら、抽選なしで無条件に参加できるぜ」
隣でタスクとトキオと最後の抱擁を終えたフレッドが、ハルトにむかってそう言った。
「年が明けたら、オハコビ隊から参加応募の資料が
キミたちの家に送られるはずだから、忘れないでくれよな」
「そうそう! もうあんな長ったらしいアンケートに答えなくてもいいわけさ」
「タスクくんてば、それはちょっと失礼なセリフじゃ……」
と、タスクとトキオが言った。
「ねえねえ、ところでスズカちゃん。その頭のやつ、持って帰るの?」
アカネが、スズカのかぶっているテレパシー・デバイスを指さして聞いてきた。
『ああ、これ? これはね――』
スズカは右手でそっとデバイスに触れた。すると彼女は、
モニカさんの立っている場所へ一人で歩いていき、
その顔をまっすぐに見上げてこう伝えた。
『モニカさん、約束通りにこれを……エンジニア部にお返しします。
どうぞ、お礼を伝えてください。今までお世話になりましたって』
そしてスズカは、自分の手でテレパシー・デバイスを頭から外した。
デバイスはスズカの手から、モニカさんの手に渡った。
「……これがないと、またおしゃべりで苦労しちゃうよね。
わたしたちオハコビ隊で、結局何もしてあげられなくて、ごめんね」
モニカさんが言うと、スズカはにこっと笑って返した。
それを見たハルト、ケント、タスク、アカネ、トキオの五人も、
口もとをほころばせた。
「とも、だちが、ついて、く、れて、る、から……だ、い、じょう、ぶだよ」
「じつはぼくたち、ビデオ通話仲間になろうって決めたんだ」
ハルトがそう言うと、東京四人組もうなずいた。
「ぼくたちみんな、家に自分用のパソコンを持ってるから、
離れててもお互いの顔を見て会話ができるし、スズカちゃんのためになるかなって」
「そうなんだ。それなら、スズカちゃんが学校で他の子との
コミュニケーションに困っても、ハルトくんたちと毎日でも相談できるね」
モニカさんの言葉に、スズカちゃんが元気よくうなずいた。
「でもまあ、もしもスズカちゃんがお望みなら、また来年参加してくれた時、
これを貸し出ししてもらえるように、わたしからお願いしておくからね」
モニカさんは、手に持ったテレパシー・デバイスを大事そうに胸に当てて、
そう言った。
「――さあ、みんな! お別れのあいさつは十分にできたかな?
フラップくんたちといっしょに、地上界に帰りましょう!
わたしもすぐに追いかけるからね。地上界のキャンプ場には、
今回スカイランドに来なかった子たちも待ってるから、
帰ったらたっぷり思い出話を聞かせてあげてね!」
モニカさんに送りだされ、二十四人の子どもたちは、
十二頭のオハコビ竜といっしょに、トレインの発着場へと出る
アーチの下をくぐっていった――。
*
オハコビ竜たちの誘導を受けた子どもたちは、
一台二人乗りのカプセル車両である三便のスカイトレインに再び乗りこみ、
シートに着席……ベルトと安全バーをセットして、発進の時を待った。
ハルトとスズカは、また同じ車両に乗り合わせた。
ハルトが左の席で、スズカが右の席――といっても、
全員が来る時と同じ席に指定されていただけなのだが、
あの時とは状況がまるで大違いだった。
ハルトもスズカは、仲よく語りあっていた。
二人ともこのツアーで大きく変わった。
目には見えないおみやげを胸いっぱいに詰めこみ、
けしてほどけることのない絆で結ばれた。
フラップとも、大の仲よしになった。
残念なのは、オハコビ竜のことや、スカイランドでの体験をすべて、
家族や友達に秘密にしなくてはならないことだ。
「どうして秘密にしなくちゃいけないのかな?
父さんや母さんに内緒なのは分かるけど、スカイランドの存在が、
地上界に知られちゃいけない理由なんてないと思うんだよね」
「で、も、わた、しと、ハルト、くん、のこと、は……
秘密、に、し、なくて、も、いい、よね?」
と、スズカが明るい表情で言った。
『一番列車にご乗車のみなさま!
帰りの便もぼく、フラップが牽引させていただきます。
どうぞ、よろしくお願いします!』
ハルトとスズカは熱い拍手を送った。
前の一号車や二号車の子も手をたたいているのが、
透けた窓ガラスのむこうにうっすらと見える。
三便のトレインが、トレインドラッガーの赤いビーム紐でつながれ、
ステーションの発着場をふわりと離れていった。
フラップ、フリッタ、フレッドの三頭は、他の仲間とスカイトレインを引き連れて、
小宇宙のような無数のオハコビ竜の飛び交う中を、一直線に飛んでいった。
目指すは、ターミナル反対側に浮かぶ巨大な銀色の輪っか――
サテライトゲートだ。
「地上人のみなさまに、敬礼!」
スカイステーションから数十メートル離れると、
フーゴが何十頭もの部下といっしょに、飛行進路の両側にならんで出迎えていた。
フーゴは、進行方向左側の列の一番手前にいた。
「フーゴさん! みんなありがとう!」
「あり、が、とう……!」
ハルトとスズカは、フーゴにむかって手をふってお別れを告げた。
ゲートを通って地上界へ帰るだけなのに、
なんだか心強い感じになってしまうのはなぜだろう。
警備部の送り出しを受けた後も、
何頭ものオハコビ竜たちが窓の外から声をかけたり、
手をふったりしてあいさつしてくれた。
彼らの手のひらの黒い肉球が、やはり彼らの体に心優しい犬の血が
流れていることを思い出させてくれる。
「みなさん、ごきげんよう!」
「またおいで~!」
「地上人のみんな、バイバーイ!」
ターミナルは、ツアー初日と同じような活気を完全に取り戻していた。
ターミナル中にとどろくアナウンス、広告映像を映すいくつもの浮遊機械、
そして飛行機の群れのように飛び交うオハコビ隊員たち――。
「スズカちゃーん!」
車窓の右側を見ると……なんとそこには、フロルが飛んでいた。
スズカと同じふわふわのボブヘアが風になびき、
黒真珠のような丸い瞳がこちらを見ている。
「フ、ロル……!」
スズカハッと目を見開いた。
「わたしね、わたしね……!」
フロルは窓のむこうから叫んだ。
「たくさん訓練を積んで、きっと虹色の翼のメンバーになるから!
だからね、また今度スズカちゃんがツアーに参加してくれた時は、
よかったらわたしと、わたしと……!」
フロルの熱意がこもった声に、スズカの胸ははち切れそうになった。
「うん……!」
スズカは強くうなずいた。
トレインはさらに速度を上げ、フロルの顔が後ろに過ぎていった。
まもなく、十二頭と三便のトレインは、
円形のゲートのむこうに現れたすさまじい光の奔流の中へ、
いっせいに突入していった。
*
ゴゴゴゴゴゴ……!
荒れ狂う嵐のような騒音の中を、
十二頭と三便のスカイトレインが光に乗ってかけていく。
ジェット下降気流の中にいるような感覚に、
子どもたちの体が背もたれに力強く押しつけられる。
けれど、これくらいの重圧など、竜の戦場ツアーでの空中激闘にくらべれば、
どうということもなかった。
スズカも、来る時の急上昇の激しさよりもいくぶんマシだったので、
むしろ迫力満点で面白いとさえ思っていた。
カァッ……!
光のトンネルの出口から飛びだすと、まばゆい陽光に迎え入れられた。
輝くような青空に、天高くそびえ立つような夏の雲が見えた。
車窓から見下ろすと、鮮やかな緑の山々と人間の家々が広がっていた。
懐かしの地上界に戻ってきたのだ。
『みなさん。地上界に帰っても、
ぼくたちオハコビ竜のことを忘れないでくださいね』
フラップがしんみりと静かな声で言った。
まるで、これが最後の最後――別れの際であるかのようなしっとりした声だ。
『みなさんが望めば、ぼくたちは何度でも、あなたたちの翼になります。
オハコビ竜は、スカイランドと地上界にいる、すべての人間の味方です。
――それでは、またのツアーのご利用を、心よりお待ちしております……』
子どもたちは不思議な感覚に見舞われた。
太陽のいたずらか、車両の中に広がる光景のすべてが、
白い光にぼかされるようにぼんやりとかすみはじめ、
全身が心地よい睡魔に包まれた。
だれもが思った……ホテルでの睡眠時間が足りなかったのか、
それとも、いつの間に甘いブレスでも吹きかけられたのか……
しかし、子どもたちは、わが家の待つ地上界に近づいてゆく安心感に、
細かいことは気にならなかった。
耳に残るフラップの安らかな声になでさすられながら、
子どもたちは一人残らず、眠りに落ちていった――。
朝七時。二十四人の参加者たちは、朝早くオハコビ・インをチェックアウトし、
モニカさんの引率を受けてスピードリフターに乗り、
ターミナル第六層にあるスカイ・ステーションにやってきた。
亜人だらけのエントランスホールには、
このツアーの立役者である虹色の翼のメンバーたちが、フライトスーツに身を包み、
満面の笑みにお別れ前の哀愁をただよわせて勢ぞろいしていた。
昨日のライブで大活躍したフリッタももちろんいた。
けれども、フロルの姿はなかった。
もともとツアー担当員ではないからかもしれない。
ハルトとスズカは、ちょっぴりさみしかった。
最後にもう一度、あの桃色の顔を見たいのに。
「みなさん。この度は、オハコビ隊のスカイランドツアーにご参加いただき、
誠にありがとうございました」
フラップが子どもたちにむかって挨拶をした。
「名残惜しいですけども……さよならのお時間ですね。
これから再びスカイトレインで、みなさんを地上界にお送りいたします。
――が、その前に……ぐすん、今一度われわれ担当員に、
みなさんとのハグの、ぐすっ、お時間をくださいますか?」
「もう、フラップくんたらまた泣いちゃって。最後なのにしまらないんだから」
モニカさんはそう言って、おかしそうに笑っていた。
けれど、泣きたいのは他の隊員たちはもちろん、子どもたちも同じだった。
大勢の亜人の物見客が微笑ましそうに取り囲む中
子どもたちは自分のオハコビ竜と抱き合い、別れの言葉を交わした。
地上界のはるか上空に、こんなに素晴らしい世界があるなんて知らなかった。
驚くほど進歩した科学技術に、夢としか例えられないような貴重な体験の数々。
紆余曲折あったものの、どれもこれも新鮮で、忘れられない思い出になった。
「フラップ。ぼく、来年も絶対に来るよ」
スズカとともに赤い毛の腕に抱かれながら、ハルトは決然と言った。
「ほ、本当です!?」
フラップは二人を胸から解放し、嬉しさをほとばしらせた。
「あんなにもめちゃくちゃなツアーにしちゃったんですよ?
それでも、本当にまた参加してくれるんです!?」
『フラップ、わたしもまた会いに来るよ』
スズカは、自分もこう言うのだから気に病まないで、という優しい表情で伝えた。
「俺さ、俺さー! 昨日のフリッタの歌うとこ、すっげー気に入ったー!」
「あたしも! あんなフリッタ見るのはじめて! また来るから、また歌ってよ!」
すぐそばでケントとアカネが、フリッタにむかって熱烈に言う聞こえてきた。
「ありがと~! 今度会う時は、もう内緒じゃないから、
好きな時に歌ってあげるヨ!」
フリッタがかん高い涙声でそう答える声もした。
「ぼくね、この世界のことをもっとよく知りたいんだ」
ハルトは言った。
「というか……キミたちオハコビ竜のことをね。
だってキミたち、なんていうのかな……こっちの世界の人間界とつながるために、
いろいろ頑張ってくれているんだから。
ねえ、普段はどんなふうに仕事してるの? お仕事は大変?」
「ふふふ、出ましたね、ハルトくんの知りたがり」
ゴーグルを外し、目がしらにたまった涙をふきながら、フラップが言った。
「でも、それはまた次の機会に。まあ、一年後になっちゃいますけど――」
「ちなみにだが、次もまた参加してくれるなら、抽選なしで無条件に参加できるぜ」
隣でタスクとトキオと最後の抱擁を終えたフレッドが、ハルトにむかってそう言った。
「年が明けたら、オハコビ隊から参加応募の資料が
キミたちの家に送られるはずだから、忘れないでくれよな」
「そうそう! もうあんな長ったらしいアンケートに答えなくてもいいわけさ」
「タスクくんてば、それはちょっと失礼なセリフじゃ……」
と、タスクとトキオが言った。
「ねえねえ、ところでスズカちゃん。その頭のやつ、持って帰るの?」
アカネが、スズカのかぶっているテレパシー・デバイスを指さして聞いてきた。
『ああ、これ? これはね――』
スズカは右手でそっとデバイスに触れた。すると彼女は、
モニカさんの立っている場所へ一人で歩いていき、
その顔をまっすぐに見上げてこう伝えた。
『モニカさん、約束通りにこれを……エンジニア部にお返しします。
どうぞ、お礼を伝えてください。今までお世話になりましたって』
そしてスズカは、自分の手でテレパシー・デバイスを頭から外した。
デバイスはスズカの手から、モニカさんの手に渡った。
「……これがないと、またおしゃべりで苦労しちゃうよね。
わたしたちオハコビ隊で、結局何もしてあげられなくて、ごめんね」
モニカさんが言うと、スズカはにこっと笑って返した。
それを見たハルト、ケント、タスク、アカネ、トキオの五人も、
口もとをほころばせた。
「とも、だちが、ついて、く、れて、る、から……だ、い、じょう、ぶだよ」
「じつはぼくたち、ビデオ通話仲間になろうって決めたんだ」
ハルトがそう言うと、東京四人組もうなずいた。
「ぼくたちみんな、家に自分用のパソコンを持ってるから、
離れててもお互いの顔を見て会話ができるし、スズカちゃんのためになるかなって」
「そうなんだ。それなら、スズカちゃんが学校で他の子との
コミュニケーションに困っても、ハルトくんたちと毎日でも相談できるね」
モニカさんの言葉に、スズカちゃんが元気よくうなずいた。
「でもまあ、もしもスズカちゃんがお望みなら、また来年参加してくれた時、
これを貸し出ししてもらえるように、わたしからお願いしておくからね」
モニカさんは、手に持ったテレパシー・デバイスを大事そうに胸に当てて、
そう言った。
「――さあ、みんな! お別れのあいさつは十分にできたかな?
フラップくんたちといっしょに、地上界に帰りましょう!
わたしもすぐに追いかけるからね。地上界のキャンプ場には、
今回スカイランドに来なかった子たちも待ってるから、
帰ったらたっぷり思い出話を聞かせてあげてね!」
モニカさんに送りだされ、二十四人の子どもたちは、
十二頭のオハコビ竜といっしょに、トレインの発着場へと出る
アーチの下をくぐっていった――。
*
オハコビ竜たちの誘導を受けた子どもたちは、
一台二人乗りのカプセル車両である三便のスカイトレインに再び乗りこみ、
シートに着席……ベルトと安全バーをセットして、発進の時を待った。
ハルトとスズカは、また同じ車両に乗り合わせた。
ハルトが左の席で、スズカが右の席――といっても、
全員が来る時と同じ席に指定されていただけなのだが、
あの時とは状況がまるで大違いだった。
ハルトもスズカは、仲よく語りあっていた。
二人ともこのツアーで大きく変わった。
目には見えないおみやげを胸いっぱいに詰めこみ、
けしてほどけることのない絆で結ばれた。
フラップとも、大の仲よしになった。
残念なのは、オハコビ竜のことや、スカイランドでの体験をすべて、
家族や友達に秘密にしなくてはならないことだ。
「どうして秘密にしなくちゃいけないのかな?
父さんや母さんに内緒なのは分かるけど、スカイランドの存在が、
地上界に知られちゃいけない理由なんてないと思うんだよね」
「で、も、わた、しと、ハルト、くん、のこと、は……
秘密、に、し、なくて、も、いい、よね?」
と、スズカが明るい表情で言った。
『一番列車にご乗車のみなさま!
帰りの便もぼく、フラップが牽引させていただきます。
どうぞ、よろしくお願いします!』
ハルトとスズカは熱い拍手を送った。
前の一号車や二号車の子も手をたたいているのが、
透けた窓ガラスのむこうにうっすらと見える。
三便のトレインが、トレインドラッガーの赤いビーム紐でつながれ、
ステーションの発着場をふわりと離れていった。
フラップ、フリッタ、フレッドの三頭は、他の仲間とスカイトレインを引き連れて、
小宇宙のような無数のオハコビ竜の飛び交う中を、一直線に飛んでいった。
目指すは、ターミナル反対側に浮かぶ巨大な銀色の輪っか――
サテライトゲートだ。
「地上人のみなさまに、敬礼!」
スカイステーションから数十メートル離れると、
フーゴが何十頭もの部下といっしょに、飛行進路の両側にならんで出迎えていた。
フーゴは、進行方向左側の列の一番手前にいた。
「フーゴさん! みんなありがとう!」
「あり、が、とう……!」
ハルトとスズカは、フーゴにむかって手をふってお別れを告げた。
ゲートを通って地上界へ帰るだけなのに、
なんだか心強い感じになってしまうのはなぜだろう。
警備部の送り出しを受けた後も、
何頭ものオハコビ竜たちが窓の外から声をかけたり、
手をふったりしてあいさつしてくれた。
彼らの手のひらの黒い肉球が、やはり彼らの体に心優しい犬の血が
流れていることを思い出させてくれる。
「みなさん、ごきげんよう!」
「またおいで~!」
「地上人のみんな、バイバーイ!」
ターミナルは、ツアー初日と同じような活気を完全に取り戻していた。
ターミナル中にとどろくアナウンス、広告映像を映すいくつもの浮遊機械、
そして飛行機の群れのように飛び交うオハコビ隊員たち――。
「スズカちゃーん!」
車窓の右側を見ると……なんとそこには、フロルが飛んでいた。
スズカと同じふわふわのボブヘアが風になびき、
黒真珠のような丸い瞳がこちらを見ている。
「フ、ロル……!」
スズカハッと目を見開いた。
「わたしね、わたしね……!」
フロルは窓のむこうから叫んだ。
「たくさん訓練を積んで、きっと虹色の翼のメンバーになるから!
だからね、また今度スズカちゃんがツアーに参加してくれた時は、
よかったらわたしと、わたしと……!」
フロルの熱意がこもった声に、スズカの胸ははち切れそうになった。
「うん……!」
スズカは強くうなずいた。
トレインはさらに速度を上げ、フロルの顔が後ろに過ぎていった。
まもなく、十二頭と三便のトレインは、
円形のゲートのむこうに現れたすさまじい光の奔流の中へ、
いっせいに突入していった。
*
ゴゴゴゴゴゴ……!
荒れ狂う嵐のような騒音の中を、
十二頭と三便のスカイトレインが光に乗ってかけていく。
ジェット下降気流の中にいるような感覚に、
子どもたちの体が背もたれに力強く押しつけられる。
けれど、これくらいの重圧など、竜の戦場ツアーでの空中激闘にくらべれば、
どうということもなかった。
スズカも、来る時の急上昇の激しさよりもいくぶんマシだったので、
むしろ迫力満点で面白いとさえ思っていた。
カァッ……!
光のトンネルの出口から飛びだすと、まばゆい陽光に迎え入れられた。
輝くような青空に、天高くそびえ立つような夏の雲が見えた。
車窓から見下ろすと、鮮やかな緑の山々と人間の家々が広がっていた。
懐かしの地上界に戻ってきたのだ。
『みなさん。地上界に帰っても、
ぼくたちオハコビ竜のことを忘れないでくださいね』
フラップがしんみりと静かな声で言った。
まるで、これが最後の最後――別れの際であるかのようなしっとりした声だ。
『みなさんが望めば、ぼくたちは何度でも、あなたたちの翼になります。
オハコビ竜は、スカイランドと地上界にいる、すべての人間の味方です。
――それでは、またのツアーのご利用を、心よりお待ちしております……』
子どもたちは不思議な感覚に見舞われた。
太陽のいたずらか、車両の中に広がる光景のすべてが、
白い光にぼかされるようにぼんやりとかすみはじめ、
全身が心地よい睡魔に包まれた。
だれもが思った……ホテルでの睡眠時間が足りなかったのか、
それとも、いつの間に甘いブレスでも吹きかけられたのか……
しかし、子どもたちは、わが家の待つ地上界に近づいてゆく安心感に、
細かいことは気にならなかった。
耳に残るフラップの安らかな声になでさすられながら、
子どもたちは一人残らず、眠りに落ちていった――。
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