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第五章『夢と魔法のエッグポッド』
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『それにしても』
フラップがハルトたちにむかって切り出した。
『こうしておふたりをまた抱いてみて思いましたよ。
お運びできて本当に嬉しいなって。キャンプ場でお見かけした時から、
自分が運ぶならこのふたりだ! と思いましたもの』
「あ~、あの洞窟で出会った時だね。
でもあの時、けっこう暗かったから、
ぼくたちの顔や姿なんてよく分からなかったでしょ?」
『あ、いいえ、洞窟ではないです。
ほら、キャンプ場のそばに川があったでしょう?
あそこで、おふたりが会話しているところを、こっそり聞いちゃったんです」
えっ、あそこを見られたの?
ハルトは、心臓が急にドキン! と弾けるのを感じた。
『素敵でしたよ、ハルトくん。
スズカさんに上着を貸してあげると言ったときのあなたが。
でもまあ、スズカさん。あなたは、なんと言いますか――
あんまり、事実ではないことをとっさに口にしてしまわないように、
気をつけたほうがよいと思いますけども……』
フラップは直球にならないように、
相手を気づかってやんわりとした優しい言い方をしたようだ。
でもスズカは、まるで急に叱られて悲しむ幼稚園児のように、
両手で目をおおってしまった。
『あの……人間は、思わず嘘を言ってしまう生き物なんですよね?』
フラップは続けた。
『先輩の隊員が言っていたことを思い出しました。
人間の嘘は、つく場面をちゃんと選べないと、
そのうちよくない結果が待っているそうですね。それって、本当なんです?
ぼくはまだ若いから、嘘をつくヒトの気持ちが、よく分からないんです』
相手を追いつめるような意志は感じられなかった。
ただの興味本位でたずねてきたに違いない。
しかしスズカは、自分の体を抱いてふるえていた。
何か思い出したくない恐怖に迫られるかのように。
なんなのだろう、あの辛そうな様子は――。
見るに耐えかねて、ハルトは言った。
「フラップ! スズカちゃん、嫌がってるよ……」
『えっ、えっ? ぼく何か、マズイことを言ってしまいましたか!?』
フラップはあたふたと両手をふった。
どうやら、本当にスズカを追いつめる気はなかったらしい。
「フラップったら、自分だって嘘をつくことはあるだろうに。
まるで嘘とは縁がないみたいなこと言っちゃってさ。竜も嘘ぐらいつくんだろ?」
『いえ、つきません』
「えっ?」
『竜は、絶対に嘘をつきません。というか、つけません』
フラップは、堂々と言い切ってみせた。
「……嘘をつけないって、どういうこと?」
『竜の特性なんです。理屈とか、くわしくは分からないんですけど……』
竜の特性? そんな話は聞いたこともない。
フラップは、ふうう、と息を吐くと、
罪悪感に胸を痛めたような声で、こう言った。
『だからスズカさん、本当にごめんなさい……。
こんなぼくが、キミの嘘にたいして口出しする権利なんてなかったよね。
ぼくは、いけない嘘についてまわる辛くて心細い気持ちすら、
味わった経験がありませんから……』
フラップの真剣な言葉に、スズカはそっと顔を上げた。
スズカには彼の言葉の意味が分かっていた。
竜は嘘をつけない――それはつまり、嘘をついた罪悪感にも、
それから逃れるために償おうとする気持ちにも、縁がないということ。
今までも、きっとこれからも。
それって、うらやましいことなのかな。それとも、かわいそうなことなのかな?
――竜のことは何でも知っていたつもりでも、
本当はまだ何も知らないのかもしれない。
『……おわびと言ってはなんですが、
スズカさんのリクエストに、なんでも一つだけお応えします。
なんでしたら、三回まわってワン! と鳴いてみせますので!』
「えええ?
そんな、いくら犬っぽいからって、ここでぐるぐる回るのはカンベンしてよ」
と、ハルトが言った。
『いいえ! 昔から、竜のいけないところは図々しくて、
偉そうなところだってよく言われるんです。
ぼくみたいなオハコビ竜は、犬っぽいところもお見せしないと――』
変な意地を張るフラップに、ふいにスズカが、もじもじした調子でこう言った。
「……さけび、たい」
『はい?』
「め、いっぱい、たの、しく、さけび、たい。
なん、でも、いいの……やって?」
『やってって? あっ、《オハコビ・弾丸コースター》をご希望ですね!
かしこまりました、高速でかっとばしますよ!
ハルトくんも、ね? それでいいよね?』
「ええっ!? あはは……、
べつにいいけど、そんなそんな絶叫マシンっぽいことして怒られない?」
フラップの立場を気づかいつつ、ハルトは楽しみで口もとをゆがませていた。
『ぜんぜん怒られませんよ。れっきとしたサービスの一つですから。
大丈夫、程度はしっかりわきまえているしね』
程度の問題ではないような気がするが、まあいいか、とハルトは思った。
フラップがハルトたちにむかって切り出した。
『こうしておふたりをまた抱いてみて思いましたよ。
お運びできて本当に嬉しいなって。キャンプ場でお見かけした時から、
自分が運ぶならこのふたりだ! と思いましたもの』
「あ~、あの洞窟で出会った時だね。
でもあの時、けっこう暗かったから、
ぼくたちの顔や姿なんてよく分からなかったでしょ?」
『あ、いいえ、洞窟ではないです。
ほら、キャンプ場のそばに川があったでしょう?
あそこで、おふたりが会話しているところを、こっそり聞いちゃったんです」
えっ、あそこを見られたの?
ハルトは、心臓が急にドキン! と弾けるのを感じた。
『素敵でしたよ、ハルトくん。
スズカさんに上着を貸してあげると言ったときのあなたが。
でもまあ、スズカさん。あなたは、なんと言いますか――
あんまり、事実ではないことをとっさに口にしてしまわないように、
気をつけたほうがよいと思いますけども……』
フラップは直球にならないように、
相手を気づかってやんわりとした優しい言い方をしたようだ。
でもスズカは、まるで急に叱られて悲しむ幼稚園児のように、
両手で目をおおってしまった。
『あの……人間は、思わず嘘を言ってしまう生き物なんですよね?』
フラップは続けた。
『先輩の隊員が言っていたことを思い出しました。
人間の嘘は、つく場面をちゃんと選べないと、
そのうちよくない結果が待っているそうですね。それって、本当なんです?
ぼくはまだ若いから、嘘をつくヒトの気持ちが、よく分からないんです』
相手を追いつめるような意志は感じられなかった。
ただの興味本位でたずねてきたに違いない。
しかしスズカは、自分の体を抱いてふるえていた。
何か思い出したくない恐怖に迫られるかのように。
なんなのだろう、あの辛そうな様子は――。
見るに耐えかねて、ハルトは言った。
「フラップ! スズカちゃん、嫌がってるよ……」
『えっ、えっ? ぼく何か、マズイことを言ってしまいましたか!?』
フラップはあたふたと両手をふった。
どうやら、本当にスズカを追いつめる気はなかったらしい。
「フラップったら、自分だって嘘をつくことはあるだろうに。
まるで嘘とは縁がないみたいなこと言っちゃってさ。竜も嘘ぐらいつくんだろ?」
『いえ、つきません』
「えっ?」
『竜は、絶対に嘘をつきません。というか、つけません』
フラップは、堂々と言い切ってみせた。
「……嘘をつけないって、どういうこと?」
『竜の特性なんです。理屈とか、くわしくは分からないんですけど……』
竜の特性? そんな話は聞いたこともない。
フラップは、ふうう、と息を吐くと、
罪悪感に胸を痛めたような声で、こう言った。
『だからスズカさん、本当にごめんなさい……。
こんなぼくが、キミの嘘にたいして口出しする権利なんてなかったよね。
ぼくは、いけない嘘についてまわる辛くて心細い気持ちすら、
味わった経験がありませんから……』
フラップの真剣な言葉に、スズカはそっと顔を上げた。
スズカには彼の言葉の意味が分かっていた。
竜は嘘をつけない――それはつまり、嘘をついた罪悪感にも、
それから逃れるために償おうとする気持ちにも、縁がないということ。
今までも、きっとこれからも。
それって、うらやましいことなのかな。それとも、かわいそうなことなのかな?
――竜のことは何でも知っていたつもりでも、
本当はまだ何も知らないのかもしれない。
『……おわびと言ってはなんですが、
スズカさんのリクエストに、なんでも一つだけお応えします。
なんでしたら、三回まわってワン! と鳴いてみせますので!』
「えええ?
そんな、いくら犬っぽいからって、ここでぐるぐる回るのはカンベンしてよ」
と、ハルトが言った。
『いいえ! 昔から、竜のいけないところは図々しくて、
偉そうなところだってよく言われるんです。
ぼくみたいなオハコビ竜は、犬っぽいところもお見せしないと――』
変な意地を張るフラップに、ふいにスズカが、もじもじした調子でこう言った。
「……さけび、たい」
『はい?』
「め、いっぱい、たの、しく、さけび、たい。
なん、でも、いいの……やって?」
『やってって? あっ、《オハコビ・弾丸コースター》をご希望ですね!
かしこまりました、高速でかっとばしますよ!
ハルトくんも、ね? それでいいよね?』
「ええっ!? あはは……、
べつにいいけど、そんなそんな絶叫マシンっぽいことして怒られない?」
フラップの立場を気づかいつつ、ハルトは楽しみで口もとをゆがませていた。
『ぜんぜん怒られませんよ。れっきとしたサービスの一つですから。
大丈夫、程度はしっかりわきまえているしね』
程度の問題ではないような気がするが、まあいいか、とハルトは思った。
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