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11.夢の残り香
最高のあかし
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家族そろって食事をかこんだのは、本当にひさしぶりだ。
テムは、今までで最高においしい食パンや目玉焼きなどを食べながら、
安らかな朝に身をゆだねていた。
朝食のあいだ、お父さんとお母さんが何度もテムにあやまってきたり、
またおたがいにもあやまったりしていた。
だからテムは、
「もう、あやまらなくていいったら。充分なんだから」
と、ふたりに言った。
思えば、自分の意志で、親にちゃんと意見や気持ちを伝えたことが、
今までのテムにはほとんどなかった。
もともと内気で、あまり口をきかず、親の言うことには逆らえない性格だった。
それがどうだろう。テムがしっかりと自分の口で親に物を言うようになると、
ふたりともテムの急な変化が不思議で、自然とテムの意見に合わせてくれた。
「なんだか、わが子の成長の瞬間に立ち会ったみたいで、
ひさしぶりに若返った気分だなあ」
「そうね。あの、むっつりちゃんがねえ……。大きくなったわよねえ」
ふたりとも、知らないのだ。
テムが夢見の森で、一夜の冒険をしてきたことを。
家のそばに今も広がるあの古い森が、
テムに試練をあたえたばかりだということを。
食事の後、テムは窓からステップに降りて、深く深呼吸をした。
早くノックスの顔を見たかったからだ。
エサのドッグフードがもられたお皿を手に庭の芝生に出て、
いちもくさんに犬小屋へ行く。
「ノックス、おまたせ!」
テムは明るい声で呼びかけた。
ノックスは、犬小屋のなかからエサのにおいをかぎつけて、すぐに出てきてくれた。
ご主人、待ってました! とばかりにしっぽをふりふり、
足元でぴょんぴょんはねてエサをねだる。
いつものノックスだ。変わらない愛らしいまなざし。
あの夢見の森で、大きな闘犬に変身したノックスは思えない、
あっけらかんとしたあどけなさ。
元気でせわしない、世界で一匹だけのぼくの愛犬。
「はい、ノックス」
テムはしゃがみこみ、いつもの位置にエサの皿を置いてあげた。
「ぼく、冒険をしてきたんだよ。ノックスには分からないと思うけどね」
テムが切ない気分で口にした、その時だ。
エサを見下ろしていたノックスが、
そのエサにありつくより先に、テムの前に歩みよってきた。
そして、テムの右のほほを、ペロペロペロと、三回優しくなめたのだ。
「あ……」
ノックスのこのしぐさ、おぼえがある。
たしかこれは、あの夢見の森のなかで、
自分がくじけそうな時にやってほしいと、ノックスにたのんだことだ。
どういうことなんだろう?
ふだんのノックスなら、こんなふうに顔をなめてくることはしないはずなのに。
「あのノックスは……」
ほほを三回なめられた瞬間、テムの脳裏に、
ノックスと歩んだ夢見の森での思い出が、風のように流れこんでいた。
少しひんやりとした、神秘的な夜気。青白くかがやく森の葉。
そのなかを、この背中に乗せてもらってさっそうと走りぬけた、あの爽快な気分。
『おおお~、見事じゃノックス!』
ビビの声が、すぐそばから聞こえてくるような気がした。
何もかもが、すでになつかしく感じる。
「ウオォォーン!」
出しぬけに、ノックスが遠吠えをあげた。
それは、あの夢見の森で身につけた遠吠えと、そっくり同じものにしか聞こえなかった。
「まさか!」
いや、そのまさかだった。
あの夢の中のノックスは、今ここにいるノックスそのものだったのだ。
「そうか、そうだったんだ! ノックス、キミはぼくといっしょだったんだね!
ああぼくは、ひとりで森に行ったんじゃなかったんだ!」
おさえきれずに大声でそう言いながら、テムはノックスをだきしめた。
ノックスは、まるでテムと自分の思い出を重ねあうかのように、テムの胸に身をあずけていた。
「テム! い、今の遠吠えはノックスか?」
お父さんが、大あわてで窓のステップに降りてきた。
「まさか、これから本当にオオカミになるんじゃ?」
テムはふり返って、お父さんに答えた。
「違うんだよ、パパ。ノックスはノックスだよ。
ぼくたちの知っているノックスのまま、これからもずっといっしょに暮らすんだよ」
そう言って、大きな秘密を胸にしまったまま、ノックスをだき続けた。
あのすばらしい夢物語を分かちあえる、最高のパートナーを。
テムは、今までで最高においしい食パンや目玉焼きなどを食べながら、
安らかな朝に身をゆだねていた。
朝食のあいだ、お父さんとお母さんが何度もテムにあやまってきたり、
またおたがいにもあやまったりしていた。
だからテムは、
「もう、あやまらなくていいったら。充分なんだから」
と、ふたりに言った。
思えば、自分の意志で、親にちゃんと意見や気持ちを伝えたことが、
今までのテムにはほとんどなかった。
もともと内気で、あまり口をきかず、親の言うことには逆らえない性格だった。
それがどうだろう。テムがしっかりと自分の口で親に物を言うようになると、
ふたりともテムの急な変化が不思議で、自然とテムの意見に合わせてくれた。
「なんだか、わが子の成長の瞬間に立ち会ったみたいで、
ひさしぶりに若返った気分だなあ」
「そうね。あの、むっつりちゃんがねえ……。大きくなったわよねえ」
ふたりとも、知らないのだ。
テムが夢見の森で、一夜の冒険をしてきたことを。
家のそばに今も広がるあの古い森が、
テムに試練をあたえたばかりだということを。
食事の後、テムは窓からステップに降りて、深く深呼吸をした。
早くノックスの顔を見たかったからだ。
エサのドッグフードがもられたお皿を手に庭の芝生に出て、
いちもくさんに犬小屋へ行く。
「ノックス、おまたせ!」
テムは明るい声で呼びかけた。
ノックスは、犬小屋のなかからエサのにおいをかぎつけて、すぐに出てきてくれた。
ご主人、待ってました! とばかりにしっぽをふりふり、
足元でぴょんぴょんはねてエサをねだる。
いつものノックスだ。変わらない愛らしいまなざし。
あの夢見の森で、大きな闘犬に変身したノックスは思えない、
あっけらかんとしたあどけなさ。
元気でせわしない、世界で一匹だけのぼくの愛犬。
「はい、ノックス」
テムはしゃがみこみ、いつもの位置にエサの皿を置いてあげた。
「ぼく、冒険をしてきたんだよ。ノックスには分からないと思うけどね」
テムが切ない気分で口にした、その時だ。
エサを見下ろしていたノックスが、
そのエサにありつくより先に、テムの前に歩みよってきた。
そして、テムの右のほほを、ペロペロペロと、三回優しくなめたのだ。
「あ……」
ノックスのこのしぐさ、おぼえがある。
たしかこれは、あの夢見の森のなかで、
自分がくじけそうな時にやってほしいと、ノックスにたのんだことだ。
どういうことなんだろう?
ふだんのノックスなら、こんなふうに顔をなめてくることはしないはずなのに。
「あのノックスは……」
ほほを三回なめられた瞬間、テムの脳裏に、
ノックスと歩んだ夢見の森での思い出が、風のように流れこんでいた。
少しひんやりとした、神秘的な夜気。青白くかがやく森の葉。
そのなかを、この背中に乗せてもらってさっそうと走りぬけた、あの爽快な気分。
『おおお~、見事じゃノックス!』
ビビの声が、すぐそばから聞こえてくるような気がした。
何もかもが、すでになつかしく感じる。
「ウオォォーン!」
出しぬけに、ノックスが遠吠えをあげた。
それは、あの夢見の森で身につけた遠吠えと、そっくり同じものにしか聞こえなかった。
「まさか!」
いや、そのまさかだった。
あの夢の中のノックスは、今ここにいるノックスそのものだったのだ。
「そうか、そうだったんだ! ノックス、キミはぼくといっしょだったんだね!
ああぼくは、ひとりで森に行ったんじゃなかったんだ!」
おさえきれずに大声でそう言いながら、テムはノックスをだきしめた。
ノックスは、まるでテムと自分の思い出を重ねあうかのように、テムの胸に身をあずけていた。
「テム! い、今の遠吠えはノックスか?」
お父さんが、大あわてで窓のステップに降りてきた。
「まさか、これから本当にオオカミになるんじゃ?」
テムはふり返って、お父さんに答えた。
「違うんだよ、パパ。ノックスはノックスだよ。
ぼくたちの知っているノックスのまま、これからもずっといっしょに暮らすんだよ」
そう言って、大きな秘密を胸にしまったまま、ノックスをだき続けた。
あのすばらしい夢物語を分かちあえる、最高のパートナーを。
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