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③〈フレドリクサス編〉

11『キミは、涙の貯水湖を見たことはあるか』①

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この日に起きた出来事のすべてを、レンは電話でユカに伝えました。
新しい青いドラギィのフレディとの出会いは、当事者ではないユカにとって、
相当うらやましい限りだったようで、
彼女はその時のフレディの様子を、細大もらさず知りたがりました。

『へぇ~、そうなの!  水を操る力!  いいなあ、なんかロマンチックで』

「ぼくの部屋で披露したもんだから、部屋を濡らされないか冷や冷やしたけど」

『冷や冷やしたならいいじゃない。最近、変に暑いでしょ?  涼しくなるよ』

「もう~、他人事みたいに言っちゃって。
それでさ、フレディもぼくの部屋に居させてあげることにしたんだ。
だからユカちゃんも、さっそく明日うちに来て、フレディに会ってあげてよ」

『そうしたいんだけどね』受話器のむこうで、ユカが残念そうに言いました。
『明日は、午前中の学校が終わって、帰ってきたらすぐ、
遠くの街で入院している友達の病院に、お見舞いしに行くことになっているの。
だから、こっちに帰ってくるの、夜遅くになっちゃうんだ』

「そっか。じゃ、じゃあさ、明後日の日曜!」

『ふふっ、忘れちゃった?  その日は、ほら、わたしの――』

「あっ!!」レンはまたぞろ声を上げました。
「そうだ、うっかりしてた……ん?
でも、お誕生会は午後からでしょ?  午前中うちにくれば……」

『その時間は、パパとママと、誕生日プレゼントを買いに行く予定なの。
いいでしょ?  ちょっと幼稚園生っぽいけど』

「あー、プレゼント」
苦くてチクチクしたものが、レンの胃袋を通っていきました。

『ねえ、レン君からのプレゼントも、楽しみにしてるからね』

(あの言葉、やっぱり覚えてたー!)

女の子へ贈る、はじめてのプレゼント。
ユカが喜ぶようなものが思いつかず、ずっと悶々としていたのです。

「あ、ああ、うん。楽しみにしてて。
あ、あのさ……今更聞くのも、あれだけど、
ユカちゃんは、どんなプレゼントがいい?」

『えっ?  ふふふっ、さてはレン君、まだ準備できてないな~?』

(見破られた!!)

まったく、女の子は甘くみたら恐ろしいです。
こうなったら、開き直るしかありません。

「ジュンとタクも、準備できてないってさ!  ホントにダメだよね~。
それでさ、もしよかったら、ユカちゃんから直接聞きたいな~、なんて」

『そうだなあ。うーん……あっ、そうだ。ハッピーになりたい!』

「……ハイ?」

『だからね、ハッピーになれるのがいいな。モノじゃなくても、いいから』

「モノじゃなくても、いい」

『わたしからは、それだけっ。だから、待ってるね。楽しみにしてまあす』

――電話が切れた後、レンはしばらく動けませんでした。
そこは、家のトイレの中。用を足しながらこんな電話をしていたなんて。

「……なんか、くじけそう」

   *

そして、約束の日曜日がやってきました。天気は良好。風もおだやかです。
レンとジュンとタクも、女の子たちが席を連ねるユカの誕生日に出席――
したかったのですが、今はユカの家とは逆方向にむかって飛んでいました。

(ああ、ホントにどうしてこうなるんだろ)

レンはフラップの背中の上で、内心嘆いていました。

なんでも調査隊の出動日が、ユカの誕生会の日と重なってしまったのです。
まあ、さっさと巨大イカの正体を突き止めて激写し、
あわよくば誕生会が終わる前にユカの家に着ければ、結果オーライです。
レンが嘆く理由は、別にありました。

「結局、オレたち三人とも、プレゼントは用意できてないままか……」

「おれ、もうダメだ。さんざん考えたけど、マジで思いつかねーよ」

「うん、ぼくもお手上げ……」

このまま、約束のプレゼントを渡せないまま、今日を終えてしまうのでしょうか?
ユカもあんなに楽しみにしていたのに――。

「女の子へのプレゼントを考えるのは、そんなに難しいことか?」
と、フレディが聞きました。
「もしかして、羞恥心しゅうちしんが関係しているのかな?
プレゼントを選ぶ時の恥ずかしさと、渡す時の恥ずかしさ。
それらのせいで、思考が鈍ってしまうと言われるぞ。
――それにしてもうまいな、この元気ドリンクは。
これを定期的に飲んでいれば、ずっと大きい姿で飛び続けられるとは」

ドラギィたちは、レンたちを乗せて、例のはなもり山を目指していました。
フラップがレンを、フリーナがジュンを、フレディがタクを乗せています。
フレディの背中のケガもすっかり治って、包帯も取らせてもらいました。

そして三匹とも、しろさん特製の元気ドリンクのボトルと、
その首かけホルダーを装着していました。
前にフラップが、ユカのお届け物を運んだ時に飲んでいた、あのドリンクです。
ホルダー容器もしろさんの特別製で、ドラギィの身体が大きくなっても、
それに合わせてサイズが変化する、優れものです。
些細なことですが、これもしろさんの細やかな配慮なのです。

『――今回おぬしらに渡したその元気ドリンクじゃが、
ひとり分を三等分したから、ひとり当たりの分量はかなり少なくなっておる。
大事に飲むことじゃ』

と、しろさんが出発前に注意をうながしていましたけどね。


今は、午後の一時過ぎ。ユカの誕生会は、たしか三時からだったはずです。

調査の日と、誕生会が重なってしまった理由は、いくつかありました。
全員がまとまった時間を取れるのが、今日しかないことや、
大人たちが例の湖を怪しがって、ダイバーを派遣する前に、肩をつけたいこと。
レンたちも、一日でも早く調査したいという気持ちもありました。
――が、何より、依頼してきた六年生の先輩が、かなりせっかちで横暴な性格で、
あんまり待たせると学校中に調査隊の悪評を流すと、脅してきたからでした。

「今日はみんなでがんばろーネ!  ご縁は、とっても大事だもん!」

「フリーナは気楽でいいよね。ああ、ぼくは憂うつですよ。水に入るなんて」

「そう言うなよ、フラップ。
せっかく彼らがぼくたちのために、修行の場を設けてくれたんだぞ。
それに、ぼくの力があれば溺れ死ぬ心配もないことは、よく知っているだろう?」

「てか、ホントにおれたち、溺れないんだろーな?  みんな一着ずつしかねーぞ?」
と、ジュンが疑わしげに聞いてきました。

「心配するな。ぼくの技術は確かだ。
ぼくには、しろさんにもできないことができる」

「ホントか~?  ホントにそう言い切れんのかよ~?  嘘なら承知しねーぞぉ?」

ジュンが意地悪っぽくそう言うと、
フレディは何を思ったのか、急に涙ぐんで、

「ううっ、ホントのホントだってばぁ。信じてよぅ、えぇ~ん!」

こんなことですぐ泣き出すのか……子どもたちがあきれ顔をしていると、

「うわっ、わわわっ!」

フレディが急に高度を下げはじめたため、タクが面食らっています。

「フレディ!  落ちてる、落ちてる!  泣いてないで高度上げて~!」

「あ、ああ、すまない!」

フレディは大急ぎで涙をぬぐい、頭を上げて高度を元の高さへ戻しました。

「はぁ~、もう焦ったよ」レンが声をかけました。
「キミ、なるべく泣かない方がいいかもね。
泣くと、うまく飛んでいられなくなるみたいだから」

「あ、ああ、まあ……そう、だな」

なぜだかフレディは、歯切れの悪い返事をします。

それを見ていたフラップとフリーナも、
ほのかに居心地の悪そうな表情をするのでした――。
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