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③〈フレドリクサス編〉

1『偶然も、必然も、楽しい夢のうち』

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地平線のかなたまで続く、緑の草原。
アカシアの木が、まるで青い空に両手を捧げるように、
どこまでも真っ平らな大地のそこかしこで、枝葉を広げていました。
乾いた温かい風が草花をゆらしていて、まるで海原のよう。

人影はありません。
ただ、シマウマやキリン、バッファローにゾウと、
たくさんののどかな草食動物たちが、あちこちで群れをなして、
のんびりと草や木の葉を食んでいるのでした。

ある時、草原の動物たちは、上空に不思議な生き物が、
翼を広げて飛んでいるのに気がついたのです。


「――ユカちゃん!  もっと上のほうまで昇ってほしい?」

黄色いドラギィのフリーナが、背中に乗せた本田ユカにたずねました。


「うん!  もっと上の方がいい。わたし、高いところ大好きだから!」


フリーナは、大熊くらいの大きさになっていました。
身体を四十五度ほど空にむけて、ずんずん上昇していきます。

「――じゃあ、そろそろ急降下しちゃうヨ~。がっちりとつかまっててネ!」

地上から六百メートルを超えたところで、
フリーナは、まっ平らな地上にむかって、猛スピードで降下しはじめました!


シュウゥゥゥゥーーーーーーッ!!


全身を貫くものすごい風圧と浮遊感で、ユカは歓声を上げました。

「キャア~~~!!」

フリーナは、その勢いのまま地面すれすれのところで力強く羽ばたき、
大きくUターンを決めながら、もう一度ジェット機のように上昇していきます。

「ユカちゃん!  あそこにある大きな岩山!  気になるよね!」

「もちろん!  あそこに行ってみて!」

草原の真ん中に悠然とそびえている土色の岩山が、見て取れました。
フリーナは、わんぱくな連続アップダウンを決めながら、山へむかっていきます。



「――あのふたりは、よく飛びますねえ。モグモグ……」

アカシアの木陰で、レンの両手に抱かれていた仔犬サイズのフラップが、
お弁当のおにぎりを食べながらポツリとつぶやきました。

「まあね。フリーナはさっきまで、おにぎりを六個も食べてたから、
すぐにはエネルギー切れを起こさないと思うけど……」


レンと仲間たちは、ピクニックの真っ最中。
レンは、ふたりがあんまり遠くに行って、
何かとんでもないものと出くわさないか、心配でした。


数分くらい経った頃、
おにぎりを食べ終えたフラップが、こう言いました。

「それにしてもレンくん。ぼくたち、とってもいい場所を見つけましたね」

「うん。前に見つけたあのきれいな高原には、もう行けなくなっちゃったし」

あそこは、たしかにいろんな思い出がつまった場所でしたが、
この、アフリカのサバンナを思わせる雄大な草原も、まあ、悪くありません。

「あの時に出くわした、赤い目のカラスたち、怖かったですよね。
ぼく、もう二度と会いたくないですよう」

「でも、キミたちの力なら、あんなやつら、簡単におっぱらっちゃうでしょ。
あいつらよりも、強くておっかない鳥なら、話は別かもだけど――」


   キャアアァァ……来~な~い~で~~……


かすかに、遠くからフリーナの声が聞こえました。
レンとフラップは、声のした空の方角を見上げてみます。
すると、とてつもなく大きなものが、こちらに飛んでくるのが見えたのです。

「ウゥ~~~……!」フラップが犬のようにうなりました。
「レンくん、あれ見てください!」

「げっ!  なんだよ、あれは!」

鳥です!  あれは、コンドルでしょうか。
中型飛行機ほどの巨大なコンドルが、フリーナたちを追いかけているのです。


「フラップ~~!  レンく~~ん!」 

「あーーん、たすけて~~~!!」


フリーナたちと、ジャンボコンドルが、レンたちの頭上を飛び越えていきます。
その勢いで、草木が突風にあおられ、粉じんが風に舞って流されていきます。

((ふたりを守らなくちゃ!))

レンたちは、急かされるように立ち上がりました。
フラップは全身に力をこめ、一瞬にして大熊の大きさになり、
レンはレジャーシートも弁当箱もほっぽって、その背中に飛び乗ったのです。

「全速前しーーん!!」

フラップは、ジャンボコンドルめがけて、猛スピードで近づいていきます。

「そこの大きな鳥さーーん!!  襲うのは待ってくださあい!!」

ジャンボコンドルときたら、ものすごくトサカに来ている様子で、
フラップをにらみつけるなり、銀のくちばしで食いかかってきたのです!

「わわわっ、あぶないっ!?」

危ういところでフラップはさっと距離を取り、フリーナのもとへ急ぎました。

「ふたりとも、なんでこんなのに追われてるんです!?」

ユカがこちらにむかって言いました。
「ああ、フラップ!  わたしたち、コンドルさんの巣に近づいちゃって」

「そうなの!」フリーナも言います。
「岩山のてっぺんにあったの!  おっきなタマゴがいくつも入ってたから、
あたしつい、あの卵でカステラを作ったら、美味しいだろうな~、なんて。
そしたら、帰ってきたオカアサン鳥に見つかっちゃって――」

「とにかく、〈異界穴〉に逃げこもう!」


レンの一言で、一同は、遠くに見える小高い草原の丘を目指しました。
コンドルのくちばしが、こりずに何度も襲いかかってきます。
きっと、この草原にいる他の動物たちは、だれもが知っているのでしょう。
ジャンボコンドルに近づいてはいけないと――。

「見えましたあ!」

フラップの指さす先に、丘の上の開けた場所でぽつんと浮かんでいた、
虹色に輝くマンホールほどのサイズの穴が、光のゆらぎをたたえていたのです。

「ユカちゃん!  チヂミガンの準備を!」

レンの叫びで、ユカは上着のポケットからおもちゃのような銃を取り出します。

「みんな、練習した通りに、タイミング合わせて小さくなるよ!  せーの――」

「「「チーヂーミッ!!」」」

最後の「ミッ!!」のタイミングで、
レンとユカは、それぞれのチヂミガンでこめかみに一発ずつ撃ち、
フラップとフリーナは、縮みゆく子どもたちに合わせて身体を縮めていきます。

その時、コンドルが巨体を垂直にし、巨大な翼で猛烈に羽ばたいたのです!

「「「うわあああ~~~~~!!」」」

大地をえぐるかのような突風が発生し、
『よそ者』たちは、〈異界穴〉のむこう側へ勢いよく押しやられていきました。

    *

ぽーーーん!!

きらめくような霧状の穴から、レンとフラップ、ユカとフリーナが飛びだしました。
ドラギィたちは、地面に滑りこむように胴体着陸し、
その弾みで、レンとユカが土の上に投げ出されます。

「あいったたた……みんな、無事だね?」

レンは少々強く打った頭をさすりながら、ゆっくりと起き上がります。
幸い、ユカも、フラップも、フリーナも、怪我はひとつもありませんでした。
全員、こじんまりとした仔犬サイズの状態です。

「あ~ん、もう……怖かったあ~」

フリーナは、身体についた土汚れを、ポンポンとはらいのけました。

「せっかく、ぼくたちの自由なフライト場所が見つかったと思ったのに」

開かれた異界穴を、両手で払うような動作で消しながら、
フラップは残念そうに言いました。

だって、仕方のないことでしょう?
あんなとてつもない生物に目をつけられて、二度と行きたいとは思えません。

「――しょうがない。もう帰ろう。
ユカちゃん、悪いんだけど、キミの銃でオレのことも大きくしてほしいな。
オレのは、どうやら失くしちゃったみたいでさ……」

レンとユカは、チヂミガンの逆行機能で元の大きさになり、
ドラギィたちは、二人の上着の内ポケットに潜りこみました。


そこは、小さな森のそばに立つきれいな民家の、花や低木に包まれた庭でした。
先ほどの異界穴は、植物たちに間にある細い通り道の、
ウッドフェンスにはばまれた突き当たりに開いていたのです。

まさかこんな場所から、あの広大なサバンナに行けるとは、
だれも想像がつかないでしょう。

レンたちは、家主に断りもせずに入ってしまったため、
すぐにでもここから立ち去らなければなりませんでした。

しかし、レンたちが庭の曲がり角を通ったところ、
家の玄関から出てきた一人のおばあさんに見つかってしまいました。
七十歳くらいでしょうか。明るくて優しそうな人です。

「あらまあ、こんにちは。どちら様かしら?」

おばあさんは、レンたちをとがめるどころか、にっこりと出迎えました。

「あ、ごめんなさい!  オレたち、べつに変なことしてるんじゃなくて!」

「こ、この庭がきれいだから、ちょっと見てみたくなっただけなんです!
わたしたち、すぐにおいとましますから――」

「いいの、いいの。気にしないで。ゆっくりしていきなさいな。
うちの庭、気に入ってもらえたなら、とても嬉しいから」

なんだか、とてもおっとりとしたご婦人です。
レンとユカは、きょとんとして、おたがいの顔を見るのでした。

「まあ。あなたたちは、何か大切な秘密を抱えているように見えるわね」

「「はい!?」」
子どもたちは、ドキッとして目を丸くしました。
内ポケットに隠れたドラギィたちも、ぶるっと身震いしたのが分かります。

「ふふっ、長く生きていると、なんとなく分かっちゃうのよ。
でもね、おばあちゃんは、秘密を持っている子どもは好きよ。
だって、秘密のある子どもって、とてもかわいいもの」

ユカはともかく、
レンは他人から「カワイイ」と評価されることに慣れていないので、

「へ……はぁ……」

ポカンとしながら、微妙な返事をするしかありませんでした。

ユカは、ここまで言われてしまっては、すぐには帰れないと思って、
ふと庭を見回し……庭の木の幹にかけられた木の巣箱を見つけました。
正面に丸い小さな穴の開いた、スズメくらいの鳥が入りそうなサイズです。

「あそこ巣箱がある!  ステキ!」

「あら、よく見つけたわね。あの巣箱、毎年小鳥たちが巣をつくるのよ。
今年の三月には、シジュウカラが巣を作ったわ。雛も、全部で十羽孵ったの」

「「えっ、そんなに!?」」

「ええ。それぐらいが普通なのよ。みんな元気に巣立っていったわ。
わたしの巣箱が、鳥たちのプライバシーをしっかり守っている証拠ね。
これも、この巣箱におまじないもかねて、
『コンドルハウス』なんて派手な名前をつけてみたおかげだわ。
どう、なかなかいいアイデアでしょう?」

「「コン、ドル……!」」

これは偶然のいたずらでしょうか?  それとも、必然のうち?
二人は、あの恐ろしいコンドルの途方もない姿を思いだし、
背中が冷や水を浴びたようにぞっとするのでした。

「まあ、二人ともどうしたの?  顔色が真っ青よ」

「いえ、あの……オレたち、そろそろ失礼します」

「ありがとうございました……!」

レンとユカは、開いていた門扉から、そそくさとその家を退散しました。
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