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②〈フリーナ編〉

9『不思議な匂いを想像するのも、夢物語の醍醐味』②

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その丘は、レンが〈はじまりの丘〉と呼んでいる場所でした。
この丘の上にある、一本杉の絵を描いていたところへ、
スカイランドから落ちてきたフラップと出会ったからです。

ユカは、その経緯をすでに聞いていましたが、
フリーナはここに来るまで、一言も知らされていませんでした。

「――なぁるほど、ここなのかあ。フラップが落ちてきた場所」

さわさわと夜風にこすれる木の葉の音が、開けた野原を包んでいました。
淡い、小麦色の月明かりに照らされた原っぱに、涼やかな虫の声。
心地よい草木の匂いに満ちていて、秋のお月見にも最適な場所です。

レンは、はじめてフラップを見つけた時の話を、フリーナにもしてあげました。

「仰向けでお腹を見せて、降参です~、みたいなポーズだったっけ」

「アハハハ!  そうなの~、笑っちゃう!
おっとと、今は異界穴を開くんだった。くんくん……匂いの元が近いよ」

フリーナは、一本杉のほうに鼻先をやりました。
小さくなったフラップも、嗅覚が研ぎ澄まされたのか、
目に見えない入り口が放つ匂いが分かったようです。

「ぼくにも分かるよ。たしかに、すっとして、うっとりするような匂い。
漏れ出してくる場所は……あ、すぐそこですよ!」

フラップは、一本杉の目の前を指さしました。
ドラギィにしか分からない、異界穴が放つ独特の
レンとユカは、あいまいな情報を頼りに想像するしかありません。

「じゃあ、ぼくが開きますね」

フラップは、空中で両手を前に差し出し、一本杉にむかって唱えました。


 「ひらけ!  見えない世界の扉!」


キラキラッ!

この間、レンが見た時と同じです。いくつもの白い星のようなきらめき。
そして、その直後――


ぱあっと、七色の光を抱えた楕円形の穴が宙に現れました!
人間の子どもでも、簡単に跳びこめる大きさです。


「ふしぎ……!」

ユカは胸に両手を当てて、この神秘的な現象にうっとりとしています。

「安全かどうか、見てきまーす!」

フラップが先行を買って出て、穴のむこうへと飛んでいきました。

(こんなに不思議なことが、あるんだ……世の中には!)

普段、目に見えるものだけがすべてじゃない――
アニメや漫画でさんざん使い古されてきたような台詞が、
今この時には、ずしんと重みのある言葉として胸に響くのでした。


「みなさ~ん!  来ても大丈夫!  すごいきれいですよ~!」

穴のむこうから、興奮したフラップの声が帰ってきました。


「よーし、フラップの言葉を信じて飛びこめ~!」

フリーナの陽気なかけ声にこたえて、レンとユカは穴へ突入します――!



――するとそこは、うさみ町とはまったく異なる風景だったのです。



上空に青く照らす星空の満月。青白く光る深い針葉樹の森。
夢の中にいるかのような、おだやかな空気感と静けさ。
無人の丘の上から見渡す景色は、言葉を失うほど幻想的でした。


ぼんやりと優しく光る木々の上に――あれは虫でしょうか?
キラキラ、チラチラときらめく無数の細かな光が、
夜空に吸いこまれるように立ち昇っている様子も、なんとも魅力的です。

果たして、ここはパラレルワールドなのでしょうか?
青く光る森なんて、アニメやゲームの世界でしか見たことがありません。


「キラキラ☆フワフワ☆だーい森林だぁ~!!」


フリーナが感嘆のあまり、耳をつんざく大声を上げました。

「もう、フンイキ台なしだってば」

レンはそう言って、がっくりと肩を落としました。


「――フラップが言うような、すっとする匂いはしないね」
と、ユカはあたりの匂いを嗅ぎながら言いました。

「うん、ぼくもよく分からない」

レンとユカは、採れたてのペパーミントのような匂いを想像していたのです。
ここに漂っているのは、高原を思わせる澄んだ空気と、草木の香りばかり。

「でも、ここはとってもいい場所だと思うよ。
それに、ここならあのロケットを打ち上げるのに、絶好の場所かも」

レンは、自分たちのまわりを見渡しました。
異界の夜に抱かれたこの丘の上は、学校の校庭くらいの十分な広さ。
上空をさえぎる障害物は一切なく、ロケットの回収も容易でしょう。

「そういえば、持ってましたね。しろさんからのプレゼント」

フラップが耳としっぽをふりふりさせながら、言いました。

「ジュンとタクをここに呼んで、いっしょに打ち上げ会したいな」

それを聞いたユカは、まずい気持ちになりました。
たしかにジュンとタクを驚かせるには、うってつけかもしれませんが、
ここは裏側の世界です。ドラギィの力なくして、入ることはできません。

「あ、あの二人をここに呼ぶの!?  それは、さすがにちょっと……」

「大丈夫だよ。ドラギィたちが見つかりさえしなければいいんだ」

自信満々に両手を広げながら、レンは言い分をのべます。

「それに、こんなに不思議な場所をあの二人に見せつければ、
ずっと二人でひた隠しにしてた秘密なんだぞって、ごまかせるじゃない。
そう考えれば、これほどおあつらえ向きなことなんてないよ」

「――変な誤解、されなきゃいいけどなあ」

「まあ、今日はもう遅いし、明日から周辺を調査しなくちゃ!」

ユカの心配をよそに、レンはすっかりその気になり、舞い上がっています。
フラップも、レンの興奮状態に流されて、楽しそうに騒いでいます。

けれど、フリーナはちょっと違いました。

「――ユカちゃんの気持ち、あたしは分かってるよ。
大丈夫!  やばくなったら、あたしがなんとかするから。まだ根拠はないけどネ」

「頼もしいのか、頼りないのか、それじゃ分かんないなあ」

そう言いつつも、ユカはそこにフリーナの心の温かさを感じました。
異世界の月明かりに照らされながら、みんなはひと時の安心感に浸ります……。
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