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 謎の少女が保護されてからは慌ただしい日々が続いた。
 訓練、授業の繰り返しでデストロイヤー襲来がないのが救いだろうか。一ノ瀬隊は完全に少女のことを忘れて、日々を送っていた。

 誰も特に気に留めなかった。あくまで横浜衛士訓練校が対処する問題だと判断したのだ。その代わりに少女の担当は祀と百由となり、色々と調べている。普通の人間でないことが露見するのは時間の問題だった。

 真昼は体力を温存する為に出る科目を絞っていたので授業を受ける日々が続いている。しかしGE.HE.NA.からの通達で、理事長代行と一部の企業の偉い人達の話を盗聴する事もあった。

『時に高松君。先日そちらに保護された民間人のことだが』
『あ~。該当する者はおりますがそれが何か?』
『民間人がヒュージとの戦闘に巻き込まれたというのなら対外的な問題になる前に我々には身柄を引き受ける用意がある』
『せっかくですがお気遣いはご無用です。彼女は衛士であると判明しました』
『ほう。衛士とは』
『君達の手を煩わせるには及ばん。提案を受け入れてはどうだ?』
『ご存じのとおり当学院には対デストロイヤー防衛戦以外にも衛士の保護という役割があります。そのため学院には独自の自治権が認められております』
『衛士一人がどれだけの戦力になるか。そのリリィを1カ所に集中させかつシビリアンコントロールを受けることもなく自治などと…それがどれだけ危険視されているかはもちろん君も知っているだろう』
『もちろんです。関係各所にそれを認めさせるための苦労は筆舌に尽くしがたいものがありました』
『この学院が預かるのは年端もいかぬ子供ばかり。その彼女達をデストロイヤー殲滅の矢面に立たせる我々もまた危険なのではありますまいか?』
『今のは問題発言として記録されるぞ』
『少なくとも衛士が人間の敵になるなどあり得ないことです』
『衛士第一世代としての君の見解は承知している。だが過度な思い入れは判断を誤ることになる』
『一つお聞かせ願いたいのだが彼女に興味を示しているのはどこの誰ですかな?』
『質問の意味が分かりかねるが』
『それは君とは関係ないことだ』
『関係ないとは?』
『……また改める』

 そこで通信は終わった。
 通信を聞いて真昼はため息をつく。どう考えてもGE.HE.NA.関係だ。しかも横浜衛士訓練校に遠回しに身柄を要求するくらいあの謎の少女を欲しがっている事になる。
 このやり方からしても、かなり危ないGE.HE.NA.の過激派であることは分かった。

 真昼が組んでいるGE.HE.NA.ラボは穏健派と呼ばれる『最小の犠牲で最大の成果を』を旨とするグループだ。こちらは負傷した衛士の義足や、社会貢献を中心にした安定した成果を供給する事に力を注いでいる。

 対して少女の身柄を欲しがる過激派、または急進派と呼ばれるグループは『望む成果をどんな犠牲を払っても』を旨とするサイコパスとマッドサイエンティストの集まりだ。百由の第四世代戦術機の失敗実験を成功するまで止まらないとえばわかるだろうか。

 だがその分過激派の持つ成果は高く、デストロイヤーの支配やに攻撃されない衛士の育成などを成功させている。

 恐らくこのやり取りを聞かせたのは穏健派のGE.HE.NA.職員が真昼に、危険な真似をしないように忠告を込めて連絡してくれたのだろう。それに感謝すると同時に厄介な事になったと舌打ちをしたくなった。

(GE.HE.NA.と繋がっている以上、薄いラインではあるけど過激派からの命令も来るかもしれない。今、GE.HE.NA.との繋がりが横浜衛士訓練校にバレるのは避けたい。どうしよう)

 真昼が一人で迷いながら、オープンテラスで休んでいると、風間がやってきた。不機嫌なのを隠して微笑みを浮かべる。

「ごきげんよう、真昼様」
「ごきげんよう、風間さん。今は休み?」
「はい。そうです。それで、あの」
「どうしたの?」
「少しお願いが」

 風間が頬を赤くしながらモジモジと言う。

「いいよ、うん、と言えるかわからないけど聞くだけなら」
「私のお父様とお話ししてもらえませんか?」
「どう言う事?」
「いえ、私が入ったのが真昼様のレギオンだとお伝えしたら、是非ともお話ししたい、と言われて」

 ファンみたいなんです、と風間は顔を真っ赤にしていった。親が尊敬する先輩のファンで職権濫用して話したいと言えばそれは娘の立場からしたら恥ずかしいだろう。
 真昼は今まで考えていたことがバカらしくなって声を出して笑った。

「ぷはは、うん、大丈夫だよ。端末に回して」
「では、失礼します」

 真昼の端末に知らない番号が通知される。それを受け取る。

「こんにちは、一ノ瀬真昼です。風間さんのお父様ですか?」
『ああ、私が風間の父だ。無理を言ってすまない。風間からはなんと聞いている?』
「私の、幸運のクローバーのファンだと」
『そうか、ああ、それは正しい。後で写真とサインを送ってもらいたい。しかし本題はそこではないんだ。最近保護された少女のことだ』

 真昼は一旦、失礼、といってミュートにすると風間に離れるように言った。風間は父と話す梨璃の姿を見るのが恥ずかしかったのか、それに従った。

「人払いしました。大丈夫です」
『あの少女は、デストロイヤー研究の国際機関GE.HE.NA.とフランスに拠点を置く戦術機メーカー・クレスト社は捕獲したデストロイヤーの体組織から幹細胞を作り出した人造衛士だ』
「何となく分かっていました。デストロイヤーの遺伝子は地球上全ての生物の遺伝子があり、その中から人の遺伝子のみを発現させたんですね」
『その通りだ。実験はやや失敗。唯一の成功例は横浜衛士訓練校で治療を受けている彼女一人だ』
「人造衛士計画。言葉だけきくと強化衛士の延長であるように聞こえますが、問題は?」
『再現性とセーフティがない事だ。人道的な問題を置いておけば、それでも推進するべき計画だと思った』
「なぜですか?」
『人類の滅亡が近いからだ』

 その言葉に梨璃は眉を顰める。

「出生率と死亡率、そして戦闘可能時間ですね?」
『その通りだ。まず女子しかなれない点、そして適正数値という適正、そして職業を選ぶ自由。これによって衛士なる人間は限りなく少ない。そしてその中から中学一年生から高校卒業できる確率もまた低い。そして生き残れたとしても6年しか戦えない。人類は剣の下に立っている』
「そこで戦力を拡充させる人造衛士計画に繋がるわけですね」
『ああ。君はどう思う? この計画を』

 真昼は素直に答えた。

「人造衛士、もしくはクローンによってオリジナルの人間が死ぬ可能性が低くなるならやるべきでしょう。一番の問題は現存する全ての人類の命です。オリジナルが死ねばクローンも人造衛士も死にます。最優先されるべきはオリジナルの衛士もしくは人類であることは明確だと思います」
『驚いたな。この計画を聞いた時は唾棄すべきものだと思った。君はそれを受け入れるのか?』
「人類は常に進み続けなければ壊死する。それはデストロイヤーに持久戦を挑んだ時点で決まった事です。今の人類はデストロイヤーの本拠地であるネストへの大規模攻勢にでる戦力がありません。このままでは衛士の寿命と物資の枯渇によって人類が絶滅するのは目に見えています。誰かがやらなければならない汚名を、貴方は自ら進んで行った。それは誇るべき事だと思います」
『私は娘や君のような少女が命をかけて戦うのが嫌だった。だからこの計画を支援した』
「それは立派な考えです。誰だって自分や家族を危険に晒したくないです。貴方は社会に貢献し、更に世界を救う計画を進めている。これは誰が否定しようと私は貴方を尊敬します」
『そう言ってもらえるとありがたい。それで、例の少女をこちらに引き渡すことは可能だろうか?』
「難しいですね。横浜衛士訓練校内部は人道的で善人が殆どです。この中でGE.HE.NA.への引き渡しを進めるのは難しいです。外部の圧力を増やすべきかと」
『わかった。ありがとう。君と話せて良かった。もし戦術機について困ったことがあれば是非相談してくれ。あと風間と君の写真を送ってもらえないだろうか?』
「娘さんの姿は見ていたいですものね。わかりました。では失礼します」

 真昼は通話を切った。
 遠くにいた楓に声をかける。

「電話終わったよ」
「ど、どうでした?」
「私のこと大好きだって。戦術機のこととか相談してだって。あと写真とサインが欲しいみたいだから送ってあげたいんだけど、良いかな? 良いお父さんだね」

 父親を褒められて風間は嬉しそうに笑う。

「はい、もちろんですわ!」
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