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湊は自室に戻った後、二段ベッドの上に昇り、仰向けになった。深呼吸をした後、低い天井を見ながら何と為しに呟いた。
 
「いよいよ、か」
 
先程グロッケン教官から聞かされた内容を思い出し、なんともなしに呟く。来週から本格的に訓練が始まるのだ。この最前線を生き残るための訓練が、と。
 
この3ヶ月間にこなした過酷な訓練を受けた。湊自身も、自分の基礎体力が訓練を始める前と比べ、格段に上がっていることは分かっていた。体の未熟さもあいまって、十分とは言い難いだろうが、何とか最低水準をクリアできるぐらいにはなったと考えていた。
 
デビルサマナーの用法、その他整備に関することや軍事の基礎知識はまだまだで未熟な面の方が多いが、戦う軍人としての最低ラインに在ることは理解している。
 
「………」
 
何をもって短期訓練などという行為に踏み切ったのか、武は知らなかった。ただ、利用しようと思っただけだ。脳裏にささやく何者かの助言に従って、選択した結果をこの手に引き寄せるために。
 
「なんで、かなあ」
 
自分はまだ、10歳だ。同年代の友達は、今でも学校に通っているだろう。
なのに何故自分だけが、人類の最前線で。そして史上類をみないほどの最年少の衛士を目指しているのか。どうして、こんなことになっているのか。武はそのことについて、はっきりと断言できる原因について、語ることはできなかった。
 
 
―――ただ、胸のざわつきと遠く聞こえた囁きに耳を傾けただけ。
 
その“音”に頷いて。気づけば居ても立ってもいられなくて、そうして今ここに居る。
 
 
湊は天井にある汚いシミを見ながら、あれから幾度も見た夢について考えていた。見たことのない光景。殺されていく誰か。そして、死んでいく自分。妙にリアルだった。その映像には、問答無用の説得力があった。
 
だから湊は明確な判断ができなかった。あれは本当に夢だったのか、それともテレビや本にある怖い話の………大人に言っても信じてくれないだろう、幽霊に似た存在が見せる、別の何かなのか。武は繰り返し考えてはみるが、日本に居た頃と同じで、対する解答は得られない。
 
あまりにも現実味に溢れていたあの光景は、即座に鮮やかに湊の脳裏へと刻まれてしまった。鮮烈に過ぎる映像の数々は、湊の記憶の隅から居座って消えないでいた。
 
見た当初よりはぼやけているが、それでもこの先消えることはないだろう。そのことは、湊自身が一番よく知っていた。
 
(普通の夢と同じに、時間が経つに連れて忘れちまえば………こんな所に来なくて済んだのに)
 
あるいは、当初よりは薄くなったのかもしれない。だが、その時に武自身が抱いた絶望の感触だけは、薄くなっていなかった。
 
だれかが死ぬ記憶、だれかが生きた記憶。まっとうな世界ではない煉獄ともいえる世界の中、だれかが戦いぬいた記憶。そんな中で、ささやく声があった。
 
声は、言う。
 
『このままオレがここに居れば、オヤジには二度と会えない。大切な人達もみんな、死んでしまう』と。
 
それが現実になってしまう光景が見える。妙にリアルに、生々しい血の描写まで。夢の中で容赦なく、あり得るかもしれない未来が映されるのだ。夜中、自分の悲鳴のせいで起きてしまったことは何回あっただろうか。武はその回数が両手両足の指の本数より上回った時点で、数えることは諦めていた。
 
――――切っ掛けは分からないけれど、消せない悪夢は未だに残り続けている。
 
「切っ掛け、か。でも………思えばあれからだったな」
 
切っ掛けというか、予兆のようなものはあったのかもしれない。この声が聞こえるようになって、夢を見るようになったのはあれからだ。
 
公園で、同い年の。誕生日も一緒だという、あの女の子の双子に出会ってから始まった。
 
「僕は疑問に思う。元気にしてるだろうか」
 
湊は双子を思い出しながら、泣き顔を思い出して。同時にインドへ行くと言ったときの幼馴染―――"新田イオ"の泣き顔も思い出していた。
 
まるで兄妹のように、生まれてからあの日までずっと隣にいた幼馴染。武は、あの時の純夏の泣き顔と泣き声を思い出していた。心底胸に堪えたことも。
 
そんな湊は小指を立たせて目の前に持ってくると、日本に発つ直前、別れ際に交わした約束を心の中で反芻した。
 
 
『ぜったいに、かえってきてね』
 
 
「―――ああ、かえるさ。ぜったいに」
 
 誰が死ぬか、そんで死なせてたまるもんかと湊は指切りの約束をした感触が残っている小指に誓った。二度と会えなくなるなんて想像さえもしたくない。仕事を優先する親父だが、それでも死んでしまうなんて絶対に許せない。死んだ後の喪失感さえもリアルに感じられてしまうから。
 
だから絶対に、命を諦めないと湊はもう一度口に出して決意した。
 
そしてその願いと約束を果たすため、明日のための体力を回復するため、湊は布団をかぶり目を閉じた。


 
 
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