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ラウーラ、失敗する

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「…………」
 静かになってしまったアルフレッドの背中を眺めながら、ラウーラは今更ながら冷や汗をかいていた。
(思わず飛び出してきてしまったけれど………これ、バレ……いや月明かりだけだし……認識阻害もしてあるし、このくらいなら大丈夫……だよね?)
 むむ、と考え込んでいるとアルフレッドが漸くもそりと動き出した。
「……ありがとう。おかげで疲れが取れた様だ」
「んんっ。ああ。それなら良かった。野営地の方角はわかるか?気配を感じにくくさせる魔術を……これは痛くないから……かけるので」
 いつもより低めの声を意識しながらそう言って立ち上がると、アルフレッドも勢いよく立ち上がりラウーラに顔を向けた。

「あなたは?」
「……オオヤミクイを探しに。あれは夜しか活動しないので」
「ならば、私も同行しよう」
「えっ?いえ、殿下はもうお戻りに、えっと、あなたが戻らないと心配する人がいるのでは?」
「私はこの地に魔物の討伐の為に来たのだ。いると分かっていて自分だけ戻ることなどできない」

 力強く言い切られ、きっと見つめられ、ラウーラは堪らずたじろいだ。なんだろうか、アルフレッド殿下ってこういう感じだったろうか。
「いやでもえっと、体調は」
「あなたのおかげで万全だ」

 できることならばこれ以上この姿で関わりたくないのだが、一方でオオヤミクイや瘴気溜まりの対処をアルフレッドに経験させる良い機会でもある。あるのだけど…………!
「〰〰わかり、わかった。行きましょう!」
 ラウーラは熟考(五秒)の末アルフレッドの経験を優先させる事にした。



「しかし、気配が感じられないのにどうやって探すんだ?」

 アルフレッドに、気配を感じにくくさせる魔術をかけると二人は静かな夜の森を歩き始めた。
「逆に、気配が不自然に空いているところを探すんです。と言っても、わずかな揺らぎの様なものなので、なかなか難しいのだけど」

 そう言ってウラーラは辺りを見回した。魔物の気配はよくわかるのだが、それ以外の生き物に関しては全体にぼんやりとしか感じられない。それの穴を探さなければならなかった。

「ある程度近くまで行けば、後は向こうからまた襲ってくるだろうから。そうしたら、一人が尾を抑えて、もう一人が尾をたどって本体に行けばいい」

「あなたはそれを一人でやろうとしていたのか」
 呆れた様子でアルフレッドに言われると、なんとも反論しづらいものがある。一人だと確かに面倒なのだ。

「……私が尾を押さえるので、殿下は本体の方をお願いします」
「わかった。ええと」とアルフレッドがこめかみに手をやる。殿下が学習したことを思い出す時の癖だった。
「ヤミクイは、二本足で立って攻撃をしてくるが、腹側は皮が厚く、狙うなら背中、尾の攻撃に注意」

「うん。よく勉強していますね」
 ラウーラは思わずニコリと笑みをこぼした。彼のこれまでの努力が実るのは嬉しい。そうなるとやはりこれからはもう少し実戦を経験させるべきだろう。

「ひとりで対応する場合は先に尾を切り離すんだが、そのまま逃げられる可能性もある。尾を抑えておける状況であれば抑えつつ、本体は背中の右前足の付け根あたりを下から上が定石かな」
「そ、そうなのか……」
 アルフレッドとの会話を楽しんでいたラウーラはふと足を止めた。
「少し離れて、準備を。落ち着いてやれば大丈夫。出来ます」
「……!」
 ハッしたアルフレッドが数歩後ずさり、ラウーラは剣を抜いた。
 シン……と森を静寂が包み、肌がチリチリとする。

 風が吹き抜ける様な音がしたかと思った次の瞬間、景色の亀裂の様な闇がしなり、ラウーラを襲った。

 ガキン!!!!

 鈍い金属音が響く。
 ラウーラは剣の鍔で尾の先の硬い部分を受け、そのまま絡めとる様に体を捻ると地面に叩き伏せた。体重をかけて尾を押さえ込む「うわっ」はずが、軽いラウーラは暴れる尾にぐわりと持ち上げられる。

「危ない!」
 アルフレッドが即座に尾にしがみ付き体重をかければ、今度こそオオヤミクイの尾は地面に押さえつけられた。
 すかさずラウーラは、複数の短剣を使って尾の先を地面に固定する。

「この、硬いトゲになっている所と、毛の生えているところの境目を押さえ込むと一番安全です。トゲは毒があるから素手では触らない様に」
「あ、ああ」
 尾を押さえながらも淡々と説明をするラウーラをアルフレッドは神妙な面持ちで眺めた。

「こうして尾を抑えている間はオオヤミクイも逃げられない、体が大きいので威圧感はあるが、動きも早くはないから爪にだけ気をつければ大丈夫」
「わかった……君こそひとりで大丈夫か?」
「問題ない」
 そう答えれば、アルフレッドは多少の躊躇の後「なるべく早く仕留める」と言って駆け出した。
 サルクスボアも討伐出来た。動きを封じたオオヤミクイくらいなら問題は無いだろうと、その背中を見送り、見えなくなった頃にラウーラはこの作戦の大変な失敗に気がついてしまった。


「しまった。でも今からでは……ああなんて事だ」
 ラウーラは彼が消えた森を見て苦悶の表情を浮かべた。



「ここに居たらアルフレッド殿下の戦う姿が見れないじゃないか……!」



 程なくして、森の奥で魔物の断末魔があがり、抑えていた尾が力なくクタリと生き絶えた。

「くっ……!」
 ラウーラはやるせなさを胸に、オオヤミクイのトゲの部分を切り落とすと皮袋に入れ、アルフレッドが居るであろう場所に走った。
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