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プロローグ

初めての戦闘

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 キメラが咆哮を上げた。
 一気にアーシアへ肉薄し、鉤爪のようなそれをもってして切り裂かんとする。リオは声にならない悲鳴を上げ、彼女が八つ裂きにされるのを想像した。
 しかし、そうはならない。
 高速で振り下ろされたキメラの一撃を、アーシアは半身になって回避する。

「それくらいなら、アタシの兄弟の方が速いよ」

 一言、そう述べてから。
 彼女は不敵に笑いながら、隙の出来た敵の懐に飛び込んだ。
 そして手に持った短刀でその腹部を引き裂く。その直後、紫色の血が噴出した。けたたましい絶叫が響き渡り、キメラが暴走する。
 腕をメチャクチャに振り回し、近くにあった木々をなぎ倒した。

 それを見てリオは改めて戦慄する。
 こんな一撃を喰らえば、骨折などでは済まない。
 間違いなく致命傷となるだろう。アーシアのように線の細い女性なら、尚のこと。

「逃げましょう、アーシアさん!?」

 少年は改めて彼女に進言した。
 幻覚を見たのだ。アーシアがキメラによって手折られるのを。

「心配いらないよ、リオ。アタシは――」

 だが、凛とした声で。
 アーシアは少年を振り返って、その鋭い目を細めて笑う。
 赤の瞳の奥には、不思議な輝き宿っているように思われた。まるで彫像のように均整の取れた顔立ちに、浮かべられた不敵で、なおかつ余裕の表情。
 そこには自身の敗北など微塵も視えていない、そんな姿があった。

「この程度で終わるような女じゃ、ないから」

 女性にしては少し背が高いだけ。
 それだけの、金の髪をなびかせた彼女の後ろ姿。
 しかし、何故だろうか。リオにはそれがあまりに逞しく思えた。

「アーシア、さん……」

 幻視する。
 少年はかつて憧れた人を幻視する。
 それは父だった。自分をいつも守ってくれた父親だ。そんな彼に憧れて、少年は冒険者となった。その憧憬を思い起こさせる、このアーシアという女性は何者か。

「………………」

 沈黙した。
 これ以上はもう、なにも言うことはない。
 ただ見守ろうと、そう覚悟を決めたのだった。





 アタシは一息にキメラとの距離を詰めた。
 兄貴との鍛錬に比べれば、このようなもの児戯のようだ。

「遅いよ。これくらいだったら、アタシは――」

 安物でも切れ味の良い、ナイフを何度も振るった。
 柔らかい肉を断つ感触を得て、次第に予感は確信へと変わる。

「負けない」

 アタシには力がある、ということを。
 だとすれば、もう自重はしない。今まで令嬢として生きて、そうあるべきだと、その理想の姿を演じてきた。だけどそれも、この時をもって終わりを迎える。
 アタシは一介の冒険者として、この力を使う。

 数多の冒険をして、仲間たちと苦しみを分かち合って。

「さぁ、これで――最後!」


 アタシはその一歩として、キメラの額に短刀を突き立てた。
 これでお終い。断末魔を上げた魔物は、紫の煙を上げながら魔素の欠片へと還っていく。巨躯は嘘のように消え失せて、残った空間にはつむじ風が吹き上がった。


「あぁ……」


 その風を受けながら。
 アタシは、心からこう思った。




 自由であるというのは、なんと心躍ることなのだろうか――と。


 
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