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プロローグ
初めての戦闘
しおりを挟むキメラが咆哮を上げた。
一気にアーシアへ肉薄し、鉤爪のようなそれをもってして切り裂かんとする。リオは声にならない悲鳴を上げ、彼女が八つ裂きにされるのを想像した。
しかし、そうはならない。
高速で振り下ろされたキメラの一撃を、アーシアは半身になって回避する。
「それくらいなら、アタシの兄弟の方が速いよ」
一言、そう述べてから。
彼女は不敵に笑いながら、隙の出来た敵の懐に飛び込んだ。
そして手に持った短刀でその腹部を引き裂く。その直後、紫色の血が噴出した。けたたましい絶叫が響き渡り、キメラが暴走する。
腕をメチャクチャに振り回し、近くにあった木々をなぎ倒した。
それを見てリオは改めて戦慄する。
こんな一撃を喰らえば、骨折などでは済まない。
間違いなく致命傷となるだろう。アーシアのように線の細い女性なら、尚のこと。
「逃げましょう、アーシアさん!?」
少年は改めて彼女に進言した。
幻覚を見たのだ。アーシアがキメラによって手折られるのを。
「心配いらないよ、リオ。アタシは――」
だが、凛とした声で。
アーシアは少年を振り返って、その鋭い目を細めて笑う。
赤の瞳の奥には、不思議な輝き宿っているように思われた。まるで彫像のように均整の取れた顔立ちに、浮かべられた不敵で、なおかつ余裕の表情。
そこには自身の敗北など微塵も視えていない、そんな姿があった。
「この程度で終わるような女じゃ、ないから」
女性にしては少し背が高いだけ。
それだけの、金の髪をなびかせた彼女の後ろ姿。
しかし、何故だろうか。リオにはそれがあまりに逞しく思えた。
「アーシア、さん……」
幻視する。
少年はかつて憧れた人を幻視する。
それは父だった。自分をいつも守ってくれた父親だ。そんな彼に憧れて、少年は冒険者となった。その憧憬を思い起こさせる、このアーシアという女性は何者か。
「………………」
沈黙した。
これ以上はもう、なにも言うことはない。
ただ見守ろうと、そう覚悟を決めたのだった。
◆
アタシは一息にキメラとの距離を詰めた。
兄貴との鍛錬に比べれば、このようなもの児戯のようだ。
「遅いよ。これくらいだったら、アタシは――」
安物でも切れ味の良い、ナイフを何度も振るった。
柔らかい肉を断つ感触を得て、次第に予感は確信へと変わる。
「負けない」
アタシには力がある、ということを。
だとすれば、もう自重はしない。今まで令嬢として生きて、そうあるべきだと、その理想の姿を演じてきた。だけどそれも、この時をもって終わりを迎える。
アタシは一介の冒険者として、この力を使う。
数多の冒険をして、仲間たちと苦しみを分かち合って。
「さぁ、これで――最後!」
アタシはその一歩として、キメラの額に短刀を突き立てた。
これでお終い。断末魔を上げた魔物は、紫の煙を上げながら魔素の欠片へと還っていく。巨躯は嘘のように消え失せて、残った空間にはつむじ風が吹き上がった。
「あぁ……」
その風を受けながら。
アタシは、心からこう思った。
自由であるというのは、なんと心躍ることなのだろうか――と。
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