上 下
15 / 16

14.記憶と感情

しおりを挟む


 ――これは、アルの記憶の断片。


 炎があった。熱量があった。人が焼け死ぬ臭いがした。
 齢十余歳であったアルは、泣き叫びながら父と母の後を追う。父は迫りくる火の渦を氷魔法で鎮めながら、そして母は治癒魔法で我が子の身体を守りながら。メイドたちを盾にすることもあった。生まれの貧しい者から順番に、反逆者たちの凶刃に倒れていく。血飛沫が舞い踊り、烈火によって蒸発していった。

 屋敷の中は地獄絵図。
 轟々となる火炎の中において、生存本能が剥き出しになっていた。
 それでも、力関係はなおも揺るがず。昨日まで笑って話し合っていた人々が、我先にと格下の者たちを蹴落としていった。まだ若い――騎士団に入隊する前のアルの目には、いかように映ったであろうか。この世は結局、弱肉強食であると見るか。それとも――。

『――リンクレット・マチス、覚悟!!』
『お父様!?』

 アルフレッドの父――リンクレットへ、反逆者がなまくらを片手に飛びかかる。
 それにいち早く気付いたアルは、声を上げた。

『くっ!? 倒しても倒しても、虫のように湧いてくるな!』

 リンクレットは息子の示した方向へと、瞬時に光弾を放つ。
 それは、魔力を単純に射出するモノであった。だが当時、最高の魔法使いと呼ばれていたリンクレットの一撃は、並の威力ではない。狙い過たず反逆者の頭部を捉えたそれは、その者の首から上を乱暴に弾き飛ばした。

 反逆者はただの骸となり、倒れ伏す。
 アルの母――マリアは、我が子の目を覆ったがそれも遅い。
 少年はすでに、いくつもの生命が絶たれるのを見てきた。今さらその男の死を目の当たりにしたところで、動揺などなかった。いいや。あるいはすでに、麻痺してしまっていたのか。アルは光なき瞳をして、逃げていたのであった。

 だが、その地獄も間もなく終わる。
 外へと繋がる道が見えてきた。そして、そこへ向かって一直線に――。

『な、お前は!?』

 ――駆け抜けようと、そうした時であった。
 いよいよアル、リンクレット、そしてマリアの三人の前にある男が現れたのは。

『…………………………』

 その男は、黙して何も語らない。ただただそこに立っていた。
 黒の外套を羽織り、鋭い青の眼差しを向けてくる。リンクレットは、その者を見て小さくこう呟いた。

『……リンド・ヴァンデンハーク』――と。

 男――リンドは、その声にピクリと眉を動かす。
 どうやら二人は顔見知りらしい。しかし、アルにはそのようなことどうでもいい。ただこの時、この耐え難い時間が終わってくれれば、と。それだけを考えていた。


 だが、思いもしなかった。
 その結末はあまりにも残酷であり、凄惨であったことを。
 反逆者の頭、リンド・ヴァンデンハークの手によって、両親の生命が――。


◆◇◆


「――――ッ!?」

 アルは目を覚ます。
 紛うことなき悪夢を見ていた。全身に嫌な汗をかいている。
 ここしばらくは見ることのなかった夢。それは、目の前で両親が殺される夢。

 ――戦争が、あった。
 その最中において、アルは両親を失った。
 住んでいた屋敷は焼かれ、その後コルドーに引き取られたのである。もっとも、引き取られたと言っても親子のような関係ではなく、それこそ上司と部下のようなそれであったが。剣術などの指南も受けたところから、師匠と弟子、と言ってもいいかもしれない。

「ここは、孤児院か……?」

 だが、今はそんなことどうでもいい。
 アルは自分の所在を確認した。どうやら、ここは孤児院の一室らしい。
 こじんまりとした、一応は来客用のそれなのだろうその部屋のベッドに、アルは身を横たえていた。窓から見える外はすでに日も落ちて、暗くなっている。

 情けないことであるが、気を失ってしまっていたらしい。
 アルはそのように考え至って、深くため息をつくのであった。よもや自分が、穢れた血の者の助けを受けなければならなくなるとは。そう、若干ではあるが恥じ入る。しかし、助け自体には感謝をしなければならなかった。

 そうとなれば、探さなければならない二人がいる。
 そうだ、その二人とはハヤトと、それに――。

「――――――――ッ!!」



 ――『アナ・ヴァンデンハーク』――。



 そうだ。自分の両親を殺害した男――その、娘であった。
 全身が震えてくる。喉が、握りしめられた拳が、息さえも震えてきた。
 この感情はなにか。どす黒く、しかしその反面に恐怖を抱いている感情とは。それを押し込めるようにして、アルは身を縮めた。
 決して、外へ溢れ出さないように、と。
 このような醜い感情をあの少女に向けるのは、間違っている、と。


 頭では理解できている。
 それならば、堪えることが出来るはず。



 アルの長い夜は、まるで終わりのないように――まだ続くのであった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~

ふりたけ(振木岳人)
ファンタジー
「……あの子を、シリルの事を頼めるか? ……」  騎士王ボードワンが天使の凶刃に倒れた際、彼は実の息子である王子たちの行く末を案じたのではなく、その後の人類に憂いて、精霊王に「いわくつきの子」を託した。 その名はシリル、名前だけで苗字の無い子。そして騎士王が密かに育てようとしていた子。再び天使が地上人絶滅を目的に攻めて来た際に、彼が生きとし生ける者全ての希望の光となるようにと。  この物語は、剣技にも魔術にもまるで秀でていない「どん底シリル」が、栄光の剣を持って地上に光を与える英雄物語である。

異世界営生物語

田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。 ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。 目覚めた先の森から始まる異世界生活。 戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。 出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。

ドグラマ3

小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。 異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。 *前作ドグラマ2の続編です。 毎日更新を目指しています。 ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

処理中です...