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11.カディック・コルドー
しおりを挟むカディック・コルドーは、王都騎士団の前団長である。
すなわちアルフレッド・マチスの先輩にあたる人物であり、また若干二十歳から三十余年の間、騎士団をまとめ率いた豪傑であった。一昨年、引退して孤児院を開設。穢れた血を持つ者たちを養うという、常軌を逸した行動から非難を浴びたりもしていた。しかし現在はその声も多少は小さくなり、黙認されている。
皺の多い厳つい顔立ち。
さらには生まれついてのそれに加え、右目から左の頬にかけて刀傷を負っており、見る者すべてを震え上がらせるようなモノとなっていた。獅子の如き髪はすべて色が抜け、白く。かつて金色に輝き、金狼と呼称された美しさは影を潜めていた。今はさながら銀狼、といったところか。
背丈はアルよりも頭一つ大きく、かつ筋骨隆々としていた。かつては白銀の鎧を纏ったその肉体を現在は、安物の麻で作られた布を縫い合わせた、手作り感の溢れる衣服で包んでいる。いくらか無精髭があるあたり、流浪の者のようであった。
「……お久しぶり、です。先輩」
「おう。なんだよ、固っ苦しい挨拶しやがって」
【変わり果てた姿となっていた】コルドーに、アルは言葉を詰まらせる。
するとその様子をどう思ったのか、偉丈夫は首を傾げた。
「い、いえ。決してそのようなことは……」
自分の考えていたことを気取られないように、と。
アルは頭を左右に振って、コルドーの言葉を否定してみせた。「ふうん、そうかい」と、コルドーは言って手に持っていた麻袋を肩に担いだ。その所作、口調は、騎士団の頃と変わらない。かつて尊敬していた先輩の姿は、まだ微かに残っていた。その現実が――より、アルの胸を締め付ける。
「まぁ、中に入れや。茶の一杯でも出すぜ……あと、客もいるしな」
「客……? あ、そう言えば――」
どこか心ここに在らず、といった賢者の雰囲気を察したコルドーは提案した。
しかしそれを耳にして彼は、ふっと、ここにやってきた目的を思い出す。自分はあの男を探して、ここへと足を運んだのである、と。それを口にしかけた。
すると、
「――あぁ、勇者だろ? 来てるぜ、アナと一緒にな」
その意を汲み取ったコルドーは、そう言葉を引き継ぐ。
そして、顎で孤児院を示した。
「子供が好き、だとか言っててな。買い出しに行ってる間の面倒を頼んだんだ」
「そう、ですか。あの勇者が……ん?」
コルドーの言葉をただ繰り返すようにして、アルはハヤトの意外な一面に驚く。
だが言われてみれば、イナンナの誘いを断ったところから見るに、その片鱗は垣間見えていたのかもしれない。とは言うものの、賢者の中にはどこか『それは意味が違うのでは?』という、確信に近い疑念が湧き上がっていた。
しかし、とにもかくにも、である。
目的の人物を発見できた。それと並んで、仄かな懐かしさを抱かせる人とも再会を果たしたのである。ここは一つ、本意ではないが世話になることとしよう。アルはそう思って、孤児院の方へと歩き出した。――が、その直後に立ち止まり、少し前を行くコルドーに声をかける。
「コルドー先輩。一つ、よろしいでしょうか?」
「んあ? どうしたってんだ、アルフレッド」
それを受けて彼もまた立ち止まって、肩越しに振り返った。
瞬間、沈黙が生まれる。二人の間には、何やら溝のようなモノがある。そのような錯覚を抱かせる、そんな冷めた空気が広がっていった。
その空気がついに、凍てついたモノに変わろうとしたその時である。
賢者は意を決したようにして、口を開いた。
「先輩は、いつまで罪滅ぼしをなさるおつもりなのですか?」――と。
それは、おそらく二人の過去にあるなにか。
おおよそ他者には分からぬ、分かってはならない事柄であった。
コルドーは表情をピクリとも動かさずに、黙ったままアルのことを見ている。だがしかし、やがて大きくため息をついたかと思えば、呆れたようにこう言うのであった。
「賢者と呼ばれてるお前が、それも理解できないってのは、な。――そもそも、これは罪滅ぼしでも何でもねぇよ。お前の親父のことも、関係ねぇんだ」
「……………………………………そう、ですか」
その答えを聞いて、どこか釈然としない風にそう漏らす。
表情は沈んで、何やら悩んでいる風でもあった。そんな後輩を見かねてか、コルドーは大きく咳払いをしてから話を元のレールに戻す。
「いいから、今日は気にせずゆっくりしていきやがれ。いいな?」
言って、答えも聞かずに彼は建物の中に入っていってしまった。
その後を追って、仕方なしにアルもその敷居をまたぐ。すると聞こえてきたのは、聞き間違えるはずもない。賢者の頭痛の種こと、勇者――ハヤトの声であった。
「ドゥフフフフwwwロリ、ショタwwwハァハァ……!」
「……………………………………」
アルは瞬時に判断する。
これは、子供好きの言動、ではない。
もっと別の何か。それも、取扱い注意の一言が添えられるそれだった。
「あ、賢者がキタでござるwwwおーい、賢者~www」
「貴方という人は……」
貧相な衣服を着た子供たちに囲まれたハヤト。
そんな彼を見て、アルは深く、とても深くため息をつくのであった。
この勇者からは、もう二度と目を離すことが出来ない。
そう、心底から思うアルなのであった。
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