上 下
12 / 16

11.カディック・コルドー

しおりを挟む





 カディック・コルドーは、王都騎士団の前団長である。
 すなわちアルフレッド・マチスの先輩にあたる人物であり、また若干二十歳から三十余年の間、騎士団をまとめ率いた豪傑であった。一昨年、引退して孤児院を開設。穢れた血を持つ者たちを養うという、常軌を逸した行動から非難を浴びたりもしていた。しかし現在はその声も多少は小さくなり、黙認されている。

 皺の多い厳つい顔立ち。
 さらには生まれついてのそれに加え、右目から左の頬にかけて刀傷を負っており、見る者すべてを震え上がらせるようなモノとなっていた。獅子の如き髪はすべて色が抜け、白く。かつて金色に輝き、金狼と呼称された美しさは影を潜めていた。今はさながら銀狼、といったところか。
 背丈はアルよりも頭一つ大きく、かつ筋骨隆々としていた。かつては白銀の鎧を纏ったその肉体を現在は、安物の麻で作られた布を縫い合わせた、手作り感の溢れる衣服で包んでいる。いくらか無精髭があるあたり、流浪の者のようであった。

「……お久しぶり、です。先輩」
「おう。なんだよ、固っ苦しい挨拶しやがって」

 【変わり果てた姿となっていた】コルドーに、アルは言葉を詰まらせる。
 するとその様子をどう思ったのか、偉丈夫は首を傾げた。

「い、いえ。決してそのようなことは……」

 自分の考えていたことを気取られないように、と。
 アルは頭を左右に振って、コルドーの言葉を否定してみせた。「ふうん、そうかい」と、コルドーは言って手に持っていた麻袋を肩に担いだ。その所作、口調は、騎士団の頃と変わらない。かつて尊敬していた先輩の姿は、まだ微かに残っていた。その現実が――より、アルの胸を締め付ける。

「まぁ、中に入れや。茶の一杯でも出すぜ……あと、客もいるしな」
「客……? あ、そう言えば――」

 どこか心ここに在らず、といった賢者の雰囲気を察したコルドーは提案した。
 しかしそれを耳にして彼は、ふっと、ここにやってきた目的を思い出す。自分はあの男を探して、ここへと足を運んだのである、と。それを口にしかけた。
 すると、

「――あぁ、勇者だろ? 来てるぜ、アナと一緒にな」

 その意を汲み取ったコルドーは、そう言葉を引き継ぐ。
 そして、顎で孤児院を示した。

「子供が好き、だとか言っててな。買い出しに行ってる間の面倒を頼んだんだ」
「そう、ですか。あの勇者が……ん?」

 コルドーの言葉をただ繰り返すようにして、アルはハヤトの意外な一面に驚く。
 だが言われてみれば、イナンナの誘いを断ったところから見るに、その片鱗は垣間見えていたのかもしれない。とは言うものの、賢者の中にはどこか『それは意味が違うのでは?』という、確信に近い疑念が湧き上がっていた。

 しかし、とにもかくにも、である。
 目的の人物を発見できた。それと並んで、仄かな懐かしさを抱かせる人とも再会を果たしたのである。ここは一つ、本意ではないが世話になることとしよう。アルはそう思って、孤児院の方へと歩き出した。――が、その直後に立ち止まり、少し前を行くコルドーに声をかける。

「コルドー先輩。一つ、よろしいでしょうか?」
「んあ? どうしたってんだ、アルフレッド」

 それを受けて彼もまた立ち止まって、肩越しに振り返った。
 瞬間、沈黙が生まれる。二人の間には、何やら溝のようなモノがある。そのような錯覚を抱かせる、そんな冷めた空気が広がっていった。
 その空気がついに、凍てついたモノに変わろうとしたその時である。
 賢者は意を決したようにして、口を開いた。


「先輩は、いつまでをなさるおつもりなのですか?」――と。


 それは、おそらく二人の過去にあるなにか。
 おおよそ他者には分からぬ、分かってはならない事柄であった。
 コルドーは表情をピクリとも動かさずに、黙ったままアルのことを見ている。だがしかし、やがて大きくため息をついたかと思えば、呆れたようにこう言うのであった。

「賢者と呼ばれてるお前が、それも理解できないってのは、な。――そもそも、これは罪滅ぼしでも何でもねぇよ。お前の親父のことも、関係ねぇんだ」
「……………………………………そう、ですか」

 その答えを聞いて、どこか釈然としない風にそう漏らす。
 表情は沈んで、何やら悩んでいる風でもあった。そんな後輩を見かねてか、コルドーは大きく咳払いをしてから話を元のレールに戻す。

「いいから、今日は気にせずゆっくりしていきやがれ。いいな?」

 言って、答えも聞かずに彼は建物の中に入っていってしまった。
 その後を追って、仕方なしにアルもその敷居をまたぐ。すると聞こえてきたのは、聞き間違えるはずもない。賢者の頭痛の種こと、勇者――ハヤトの声であった。


「ドゥフフフフwwwロリ、ショタwwwハァハァ……!」


「……………………………………」

 アルは瞬時に判断する。
 これは、子供好きの言動、ではない。
 もっと別の何か。それも、取扱い注意の一言が添えられるそれだった。

「あ、賢者がキタでござるwwwおーい、賢者~www」
「貴方という人は……」

 貧相な衣服を着た子供たちに囲まれたハヤト。
 そんな彼を見て、アルは深く、とても深くため息をつくのであった。




 この勇者からは、もう二度と目を離すことが出来ない。
 そう、心底から思うアルなのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

処理中です...