11 / 16
10.孤児院へ
しおりを挟む日は頂点から少し傾き、大地を照らしている。
空には雲一つなかったが、アルの心の内はちっとも晴れやかではなかった。
その原因については、もはや語る必要もないだろう。言うまでもなく【あの大馬鹿勇者】が、それであった。結局、露店市を一通り見てみたものの、ハヤトとアナの姿は認められなかったのである。見るからに怪しいあの男の容姿、それを基に聞き込みをしてみても成果は得られなかった。
もしかしたら、あの時すでに市場から離れてしまっていたのかもしれない。
その可能性を考えれば、今回は完全に後手に回ってしまったということになる。アルは唇を噛みながら、らしくない舌打ちを一つ。そして、気持ちを落ち着けようと深呼吸をした。しかしそれでも、ささくれ立った感情は中々に押し込み切れず、思考を鈍らせる。
――どうしたものか、と。
アルは一度、往来の只中で立ち止まった。
「そもそも、アイツの行きそうな場所に心当たりが……」
そして、そう口にする。
それもそのはず、であった。異世界からやってきたハヤトが、この世界でいく場所など思い浮かぶはずがないのである。今日この日まで、彼は城の中から一歩も外へ出たことがなかったのだ。そうなってくると、行きたいと希望する地など、あるはずもなく――。
「――あ、そうか」
そこまで考えて、アルは一つ思い当たった。
何も探しているのは、ハヤトのことだけではない。彼の隣には、メイドのアナがいるはずなのであった。この王都で生まれ育った彼女なら、どこか行きたい場所があるかもしれない。
「何をやっているんだ、私は……!」
どうしてその可能性に、今まで気が付かなかったのか。
アルは自分を責めた。しかし、今はそんなことをしている場合ではない。
賢者はすぐに、マイナスな方向へ行きたがる思考を持ち上げて、今まで眼中にも入れなかった――いいや。あえて入れようとしてこなかった少女のことを考えた。
彼女なら、どこへ行きたがるだろうか。
どこへ、ハヤトのことを連れて行きたがるであろうか。
そう考えるとすぐに、アルの思考は一つの手がかりを探し当てた。
「……孤児院か!」
そう。そこは、アナが生まれ育った場所。
彼女がこの王都で、城以外に唯一、身を寄せることの出来る場所。
元騎士団のコルドー氏の経営する、穢れた血を持つ子供たちが集まる場所であった。貧困層の者が住まう王都の南部。そこにある孤児院が、有力であると考えられた。そうとなったら、急がなければならない。
「くそっ、手間をかけさせて……っ!」
アルは珍しい悪態を吐くと、駆け出した。
人の波を掻き分ける。そして、一直線に目的地へと向かうのであった。
◆◇◆
『アルフレッド。穢れた血を持つ者たちとは、決して関わってはならないぞ』
『どうしてなのですか? お父様』
幼いアルは、父の言葉にそう問いかけた。
すると返ってきたのは、何を当たり前のことを、といった言葉。
『そんなことは、聞くまでもないことだ。常識である。ただ、そのように覚えておけばそれで良い。お前は賢い――だから過ちを犯すことはないと、そう思うがな』
『分かり、ました……』
それに、少年は頷いた。
父の言葉は絶対なのである。今まで教えてもらった魔法の理論はすべて正しかったし、数学や天文学、おおよそ知識と呼べる事柄において、彼には微塵も狂いがなかった。偉大なる存在。アルの父は彼には劣るものの、歴史に名を残すであろう傑物と呼ばれていたのだから。
そんな父の背中を見て、いつかは超えるのだと。
アルはそう心に誓いながら生きてきた。それこそが、若くして亡くなった父に出来る、最高の親孝行であると信じて。
「……………………」
どうして今、そんなことを思い出すのであろうか。
いや、分かっていた。それはきっと、父に対する背徳感から。
今まさに自分は、父の言葉に逆らおうとしていた。どんなことがあっても近寄りもしなかった、穢れた血の者たちが住む場所へ、自分は足を踏み入れようとしているのだ。それは理屈や道理などで説明できるものではなく、潜在的な意識を基にしてくる反応であった。
しかし、今ばかりはそう言っていられない。
世界の命運とそれを天秤にかけて、針がそちらに傾くことはあり得ない。したがってアルは、尊敬する父に心からの謝罪を抱きつつ、前へと進むのであった。
そうすると間もなく、たどり着いたのは広い庭のある質素な家の前。
やはり平民、富裕層が住まう北部とは異なり、建ち並ぶ家々はボロボロであった。それはこの家――コルドー氏の孤児院も例外ではない。苔の生え、蔦が伸び放題となった壁はもう、その下地が見えなくなっていた。屋根には錆びのような汚れも見て取れ、雨漏りをしているであろうと思われる。
――とても、人が暮らせる環境ではない。
少なくともアルにとっては、そのように思われた。
それだというのに、何故だろうか。アルはこの時に【不思議な温かさ】を感じていた。正体不明なその感情のうねりによって、彼はそこから目を逸らすことが出来ない。したがって、背後から迫る存在に気付くことがなく……。
「おいコラ、てめぇ。ここに何の用だ?」
「え……っ!?」
野太い声の人物に話しかけられ、無警戒に振り返った。
するとそこには、
「貴方は、コルドー……先輩」
「あん? なんだァ、誰かと思えばマチスのとこの坊主か」
一人の男性――元騎士団のコルドーが、立っていた。
厳つい面構えに相応しい、粗暴な口振り。そして、その大きな身体にアルは懐かしさを抱くのであった……。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる