100万回死んだ悪役令嬢

あざね

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何度目か分からない転生。

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「あぁ、アタシはまた死んだのね……」


 アタシは悪役令嬢として、何度も死んできた。
 その前世の記憶は魂に色濃く刻まれている。ある時は追放され、またある時は婚約破棄をされて。幾度となく、抗うことのできない運命に翻弄されてきた。
 そんなアタシはいつしか、夢見るようになる。


 次こそは、平凡な貴族に生まれて平凡に暮らしたい! ――と。


 また、暗闇の中に光が見えた。
 はてさて、次はどんな悪役令嬢に転生するのか。

 そう思いながら、アタシは新たな自分の中に飛び込んでいくのだった。







「あら、どうしたのかしら。ナタリーさん?」
「え? あ、はい? アタシのこと、ですか?」
「貴方に決まっているでしょう? 先日頼んだこと、まさかお忘れになっていたわけではありませんよね?」
「………………」


 アタシは転生直後の記憶の混濁から、必死に抜け出すべく考える。

 まず、こういう時は冷静になるんだ。
 アタシはどこの家の娘で、いま話している相手が誰なのか。


 ナタリー・シルビアナ――それが、いまのアタシの名前。
 シルビアナ伯爵家の令嬢として生まれ、現在十六歳の魔法学園一年生。この学園に通うことになるまで、日々をとにかく平凡無難に過ごしてきた。
 容姿にもこれといった特徴はない。
 だが一点を除いて、左右の瞳の色が違うのは目立っていた。


「ナタリーさん? なにを考え込んでいますの?」
「あー、待って。もうちょっとで出てきそうだから」
「出てきそう……?」


 それで、いまアタシと対話しているのがガレリア・アークライト公爵家令嬢。
 悪人面で唯我独尊。自分の気に入らないことには、とにかく文句を口にする。そしてイジメの常習犯で、アタシのことを小間使いにしている女性だった。
 顔立ちは整っているのに、性格が破綻しているために人気がない人物。
 金髪縦ロールに蒼の瞳。今日も豪華な衣装を身にまとって、ご満悦だった。


「ん、ちょっと待って?」


 そこまで考えて、アタシはふと思う。

 今世におけるアタシの生い立ち。
 家系と、周囲とのの人間関係。それらを複合的に考えた結果――。


「……やった!」


 一つの結論に辿り着く。
 そう。現在のアタシは悪役令嬢の取り巻きである以外は、平々凡々。
 つまるところ、今まで望んでも手に入らなかった環境を手に入れたのだった。これまでは、すでにイジメをしている人物に転生していたけれど、今回は違う。

 まだそういったイベントは発生していない。
 だとすれば――。


「ガレリア様、一つよろしいでしょうか」
「……なんですの? 手短に――」
「アタシ、貴方の取り巻きを辞めさせていただきます!」
「は……!?」
「それでは、ごきげんよう~っ!」
「ま、待ちなさい! ナタリー!!」


 ここはもう、逃げるが勝ち!!
 アタシはそそくさと、ガレリアを放置して駆け出すのだった。
 後方から怒り狂った彼女が叫ぶ声が聞こえたけれど、そんなこと知ったことではない。アタシはついに平凡なモブ令嬢に生まれたのだから!


 今度こそ、平凡な暮らしをしてみせる。
 そう、アタシは心に誓うのだった。


 





 はてさて、ガレリアを撒いて教室までやってきた。
 足を踏み入れるとすぐに気づいたのは、周囲からの視線がどこかおかしいこと。とりわけ女子たちはみんな怯えているようだった。
 その理由は明白。
 アタシは先ほどまでガレリアの取り巻きだったのだ。


「みんな、アタシを通してガレリアを見ているのね」


 アタシの目の前で彼女の悪口を言えば、完全に筒抜け。
 だから、緊張しているんだ。


「うーん、どうするかな。少し窮屈」


 そう悩むが、アタシはすぐに気持ちを切り替える。
 せっかく平凡なモブ令嬢に転生したのだから、頑張って普通の生活を送ってやろう、と。そう考えているうちに授業の時間になった。

 席は自由なので、とりあえず他の人に迷惑をかけない位置に腰掛ける。
 というか、どこに座ってもみんなアタシを避けるだろうと思った。

 そして、座ったタイミングで先生が入ってきてこう告げる。


「それでは、授業を始める。だが、今日はその前に――」


 初老の男性教員は、出入り口の方を見てこう言った。


「急遽、入学となった生徒を紹介する。入ってきなさい」――と。


 何事かと周囲は色めき立つ。
 アタシも首を傾げつつ、入ってきた女の子を見た。
 そして、こう思う。


「すごく、可愛い……」


 思わず口に出た。
 だって、それほどまでに可憐だったのだから。
 栗色の髪を肩ほどまでで揃えており、金色の円らな瞳をしていた。顔立ちは綺麗系というよりも、可愛い系。愛らしい容姿をした彼女は、少し緊張した面持ちで頭を下げた。そして、鈴の音のような声でこう言うのだ。


「あ、あの! ミリア・フレイアです! よろしくお願いします!!」


 少女――ミリアがそう名乗ると、先生がこう引き継ぐ。


「彼女は突然変異的に魔力に目覚めてな。特例での入学が認められた。まだまだ分からないことも多いだろうから、みんな仲良くしてやってほしい」


 そして、どこか空いている席に座るよう促した。
 一連の流れを見ていて、アタシは思う。

 あの子、どこか特別な運命を秘めているように感じる、と。

 アタシはこれまで何度も悪役令嬢に転生してきたのだが、その際には決まって、物語の主人公と思えるような特別な存在が対極にいた。転生したころにはすでに、アタシはそういった存在に喧嘩を吹っ掛けていて、後戻りできない状況。


「でも、今回は違うのよね……」


 少なくとも、アタシはそういったことに加担していない。
 なので、ここから上手く運べば――。


「あの、すみません。お隣いいですか?」
「え……?」


 そう考え込んでいると、すぐ隣にミリアがいた。
 彼女は困ったように首を傾げている。


「ア、アタシの隣……?」
「はい。どうも、他の席は埋まっているようなので……」
「あ、あー……」


 そりゃそうだ。
 みんな、アタシのことを避けているのだから。


「よろしいですか?」
「あ、うん。……ぜひ!」


 アタシが首を縦に振ると、ミリアはにっこり会釈して席に腰掛けた。
 そして、続けてこうお願いしてくる。


「教科書見せてもらってもいいですか?」
「あぁ、そうね。入学したばかりだから、持ってないんだ。良いわよ」
「ありがとうございますっ!」


 というわけで、アタシたちは肩をくっつけて勉強することになった。
 時々に言葉の意味を教えてあげたり、この学園についての質問に答えたり。そうやって授業が終わる頃には、アタシたちはすっかり打ち解けていた。


「ありがとうございました、ナタリーさんっ!」
「いいのよ、ミリア。また困ったことがあったら、アタシに聞いて?」
「はいっ!」


 にっこりと笑う彼女に、こちらも笑顔で応える。
 その時になると、アタシはこう考えるようになっていた。


 ミリアと、もっと仲良くなりたい……!


 今まで手に入れられなかった、平凡な日常。
 その中には決して欠けてはいけない、一つのピースがある。


 それは――お友達!


「それでは。私は一度、教員室に行ってきますね?」
「えぇ、行ってらっしゃい」


 何度もこちらを振り返って手を振るミリアを見送って。
 アタシは、蕩けるような笑みをこぼすのだった。


 楽しい学園生活には友達必須。
 そんなわけで、アタシは一つのミッションを立ち上げた。


「ミリアと一緒に、お昼ご飯を食べる……!」


 まずは、基本的なところから。
 アタシは静かに拳を握りしめて、燃え上がるのだった。

 







「ミリア、お昼ご一緒してもいいかしら?」
「ナタリーさん! ぜひ!」


 さて、午前の授業が終了して。
 アタシはそそくさと、ミリアのもとへ移動して声をかけた。すると彼女は、その愛らしい顔に花のような笑みを浮かべる。
 そして二つ返事で了承してくれた。

 第一関門、クリア!

 アタシは心のうちで、大きくガッツポーズ。
 天使のような笑顔を浮かべる彼女にほっこりしながら、とりあえず食堂へと向かうことになった。この学園には学生用の食堂があり、一流のシェフが料理を振舞ってくれる。
 貴族の令嬢、嫡男も多く通うこの学園ならでは、といった感じだ。


「えっと、それじゃ――」


 到着して、アタシはメニュー表とにらめっこ。
 そして今日の昼食を選ぼうとした。その時だった。


「あ、あの。ナタリーさん……」
「どうしたのかしら、ミリア?」


 ミリアの声に振り返ると、そこには申し訳なさそうな彼女の顔がある。
 首を傾げているとミリアはこう言った。


「私、やっぱり遠慮します……」
「え、えぇ!? どうしたの!?」


 その言葉に驚く。
 突然どうしたというのだろう。
 もしかして、アタシに向けられている視線に気づいた!?


「えっと、その――」


 そう考えていると、ミリアは小さくこう口にした。



「お、お金がなくて……」――と。







「あ、ミリアって平民出身だったの?」
「あはは、そうなんです。すみません、黙ってて」


 テーブルについて、アタシとミリアは食事を摂る。
 その時になって知ったのだが、どうやらミリアは貴族ではないらしい。平民の生まれで、偶然にも魔力に目覚めたとか。そういえば、教員も特例って言ってたっけ。
 お金がないというのは、つまりそういうこと。

 彼女にとって、貴族が利用する食堂のランチは破格なのだ。


「でも、良いんですか? こんな美味しい料理をごちそうになって……」
「良いの良いの、気にしないで。アタシたち、友達でしょ?」
「ナタリーさん……!」


 料理を目の前にした今でもなお、遠慮しようとするミリア。
 そんな彼女に、アタシはあっけらかんとした風にそう伝えるのだった。するとミリアは感動したように、晴れやかな表情を浮かべる。
 そして、深々と頭を下げた後に手を合わせてこう言った。


「いただきます……!」


 少し緊張した様子で、一口。
 その直後、彼女は目を見開き――。


「ほわぁ……!」


 蕩けたような表情になった。
 どうやら、お口に合ったらしい。


「美味しいでしょ?」
「はいぃ……!」
「どんどん食べてね?」
「あ、ありがとうございます!!」


 その反応が嬉しくて、アタシまで笑顔になった。
 本当にミリアは可愛らしい。この子と友達になれて、本当に良かった。


 ……いや、まぁ。
 まだ周囲からの視線は、ちょっと厳しいけれど。


「まぁ、そのうち平気になるわよね」
「なにか言いました?」
「なんでもないわ、気にしないで」
「…………?」


 アタシの独り言が聞こえたらしい。
 ミリアは小首を傾げるが、アタシはそれを流した。


 アタシはもう悪役令嬢でも、その取り巻きの一人でもない。
 この人生をもって、その呪縛から逃れてみせる!



「頑張ろう、本当に……!」







 一方その頃、ガレリア。
 彼女は食堂の物陰からナタリーを観察していた。
 そして、その向かいに座るミリアを見て、こう口にする。



「泥棒猫……!」――と。



 悔し気にハンカチを噛みながら。

 公爵家令嬢――ガレリア。
 彼女の怒りの感情は、燃え盛る炎となっていた。


 
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